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劇団扉座

扉座(とびらざ)は、日本劇団。当初の名称は「善人会議」。

目次

概要編集

  • 1982年、高校演劇界の寵児だった神奈川県立厚木高等学校演劇部の横内謙介と、岡森諦六角精児杉山良一らが中心となり「善人会議」という名称で旗揚げ。小劇場第三世代、若しくは第四世代に位置付けられる。1993年、「小劇団ブーム」の終焉が叫ばれる中、敢えて劇団にこだわり、再スタートとしようという決意のもと、「扉座」に改称。以来、主に横内のオリジナル作品を上演している。
  • 「小劇団ブーム」であった旗揚げ当時、他の多くの小劇団と同じく、下北沢ザ・スズナリを活動拠点としていたが、横内の物語性に富む独特な作風と、キャラクター豊かなキャスト陣で作り出す「観やすい!楽しい!分かりやすい!」作品で観客動員を伸ばし、87年紀伊國屋ホールに進出。以後、紀伊國屋ホール紀伊國屋サザンシアターなどの中劇場での公演を精力的に行っている。
  • 全国公演にも意欲的に取り組み、『ジプシー』『新羅生門』の上演回数は200ステージを超える。横内は92年、『愚者には見えないラマンチャの王様の裸』で、第36回岸田国士戯曲賞を受賞。99年には『新・三国志』(スーパー歌舞伎)で、第28回大谷賞を史上最年少で受賞。
  • 2013年には『つか版・忠臣蔵~スカイツリー篇』で、第13回バッカーズ演劇奨励賞を受賞。   
  • 2001年に演出家、栗田芳宏を招聘、2002年には作家、大森寿美男(第19回向田邦子賞受賞)の書き下ろし作品を上演、その作品で劇団員の茅野イサムが演出家として中劇場デビューするなど劇団の可能性を広げている。今後も劇団内にとどまらず、様々なアーティストとのコラボレーションを積極的に行っていく予定。
  • また、1999年に扉座・厚木市文化会館・厚木市民(応援団)の三者が一体となって厚木シアタープロジェクトを結成。厚木市文化会館での上演のほか、小学生や中高年のためのワークショップなど様々な活動を展開している。

劇団員編集

かつて所属した俳優編集

主な公演編集

  • 『優しいと言えば、僕らはいつもわかりあえた。』1982年初演
  • 『冬のコンサート -優しさを持て余した、僕たちは-』1983年初演
  • 『たとえばオアシスに降る雪のように』1984年初演
  • 『ノータリンベイビーズ・ノーリターン -1984年のイージーライダー遁走記-』1984年初演
  • 『家庭の悲劇』1985年初演
  • 『四谷怪談 -鶴屋南北より-』1985年初演(脚色作品)
  • 『夜曲 -放火魔ツトムの優しい夜-』1986年初演
  • 『まほうつかいのでし』1986年初演
  • 『父帰る』1987年初演
  • 『鸚鵡とカナリア』1987年初演
  • 『曲がり角の悲劇』1987年初演
  • 『新羅生門』1988年初演
  • 『ヨークシャーたちの空飛ぶ会議』1989年初演
  • 『ジプシー -千の輪の切り株の上の物語-』1989年初演
  • 『フォーティンブラス』1990年初演
  • 『愚者には見えないラ・マンチャの王様の裸』1991年初演
  • 『怪談・贋皿屋敷』1992年初演
  • 『女殺桜地獄』1992年初演
  • 『うたかたの城』1993年初演
  • 『お伽の棺』1994年初演
  • 『アインシュタインの子供たち』1994年初演
  • 『夢の海賊』1996年初演
  • 『三好家の引っ越し』1996年初演
  • 『ドラキュラ白書』1997年初演
  • 『ホテルカリフォルニア -私戯曲・県立厚木高校物語-』1997年初演
  • 『無邪鬼』1998年初演
  • 『アゲイン -怪人二十面相の優しい夜-』1999年初演
  • 『いとしの儚 -100DaysLove-』2000年初演
  • 『TSUTOMU』2001年初演
  • 『いちご畑よ永遠に』2002年初演
  • 『紺屋高尾』2011年
  • 『つか版・忠臣蔵』2012年

外部リンク編集