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本来の表記は「劉禕」です。この記事に付けられた題名は技術的な制限または記事名の制約により不正確なものとなっています。
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劉 禕(りゅう い、生没年不詳)は、北魏から東魏にかけての学者・官僚。は彦英。本貫彭城郡彭城県叢亭里。

経歴編集

北魏の南兗州刺史劉世明の子として生まれた。学問を好み、とくに三礼に通じた。孝昌年間、太学博士となった。後に睢州刺史に転じた。任期を終えると、郷里に帰って父の病床に侍り、入朝しようとしなかった。父が死去すると、長いあいだ腰を下ろして動かなかったため、杖なしでは立ち上がれなくなった。高澄に招かれたが、病と称して応じなかった。

子女編集

  • 劉璇
  • 劉玘
  • 劉璞
  • 劉瑗
  • 劉瓚

伝記資料編集