加藤 大樹(かとう だいき、1950年10月21日[2] - )は、日本の元俳優スタントマン。本名および旧芸名、加藤 寿(かとう ひさし)[2]

かとう だいき
加藤 大樹
本名 加藤 寿
生年月日 (1950-10-21) 1950年10月21日(70歳)
出生地 日本の旗 日本 秋田県
身長 179 cm[1]
職業 俳優
ジャンル テレビドラマ映画
主な作品
テレビドラマ
スーパーロボット レッドバロン
スーパーロボット マッハバロン
あぶない刑事
映画
皮ジャン反抗族
『涅槃の人』
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秋田県出身[2]秋田県立米内沢高等学校卒業[1]。富士オフィス[3]東映俳優センターに所属していた[1]

来歴・人物編集

高倉英二に師事し、若駒冒険グループに入団。スーツアクターなどのスタントマンとして、特撮ヒーロー物を中心に活動する。 『トリプルファイター』(TBS)のケリー岩崎役で俳優としてもデビューを果たし、『スーパーロボット レッドバロン』(日本テレビ)ではレギュラーである坂井哲也隊員役に抜擢された。

スタントマン仕込みの高度なアクションと、長身で精悍せいかんなマスクから人気が出てシリーズ続編の『スーパーロボット マッハバロン』でも白坂譲司隊員役で引き続きレギュラー出演する。これらを機会に役者としても活躍するようになり、刑事ドラマを中心に出演した。

1978年公開の映画『皮ジャン反抗族』(東映)から、芸名を本名の「加藤 寿」から「加藤 大樹」に改名した。松田優作と共演することが多く、『探偵物語』の最終回で松田演じる工藤俊作に地下道で復讐され殺害されるスローモーションシーンは印象深い。

1979年放映開始の『仮面ライダー (スカイライダー)』(毎日放送)では主役オーディションを受けたものの、合格に至らなかった[4]講談社の『仮面ライダー大全集』には、その際の写真が掲載されている[5]

日本を活躍の舞台とした香港製作のブルース・リー作品『死亡の塔』(1981年)に出演した。しかしながら1981年当時既にブルース・リーは故人であり、本作では「ブルース・リーのそっくりさん」との共演を果たしている。

あぶない刑事』シリーズには、港署交通課・若原巡査役でレギュラー出演したが、ロケ中に実際の警官と間違われ、通行人に道を尋ねられたことが幾度かあったという[6]

特技は、乗馬アクション[2]

1990年代初頭に芸能界を引退し、NPO法人森吉山ネイチャー協会理事長や、秋田県トライアスロン連合理事などを務めている。また、北秋田市の実家に帰り農業を営んでおり、主食用のあきたこまちや加工用のゆめおばこといった水稲の栽培の他、県の補助事業を活用したハウス栽培の菌床しいたけの生産をしている[7]

出演編集

テレビドラマ編集

映画編集

オリジナルビデオ編集

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ 『スーパーロボット マッハバロン』を基に台湾で制作された作品。

出典編集

  1. ^ a b c 日本タレント名鑑'86』VIPタイムズ社、1986年、62頁。
  2. ^ a b c d 『日本タレント名鑑'76』VIPタイムズ社、1976年、41頁。
  3. ^ 『日本タレント名鑑'81』VIPタイムズ社、1980年、51頁。
  4. ^ 「主役募集オーディション」『仮面ライダー1971-1984 秘蔵写真と初公開資料で蘇る昭和ライダー10人』講談社 編、講談社、2014年11月20日、379頁。ISBN 978-4-06-218566-0
  5. ^ 『仮面ライダー大全集』講談社、1986年、128頁。ISBN 4-06-178401-3
  6. ^ 「出演者インタビュー 加藤大樹」『メモリー あぶない刑事』日本テレビ、1989年、262頁。ISBN 4-8203-8917-3
  7. ^ 2017年7月21日付 秋田魁新報4面「地域と作り手」

外部リンク編集