北北西に進路を取れ
『北北西に進路を取れ』(ほくほくせいにしんろをとれ、原題: North by Northwest)は、1959年製作のアメリカ合衆国の映画。監督はアルフレッド・ヒッチコック、脚本はアーネスト・レーマン、主演はケーリー・グラント。タイトル・シーケンスはソール・バスによるもので、キネティック・タイポグラフィを本格的に使用した最初の作品であるとみなされている[2]。製作会社はメトロ・ゴールドウィン・メイヤー。テクニカラー、ビスタビジョン作品。
北北西に進路を取れ | |
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North by Northwest | |
![]() ポスター(1959) | |
監督 | アルフレッド・ヒッチコック |
脚本 | アーネスト・レーマン |
製作 | アルフレッド・ヒッチコック |
出演者 |
ケーリー・グラント エヴァ・マリー・セイント ジェームズ・メイソン マーティン・ランドー |
音楽 | バーナード・ハーマン |
撮影 | ロバート・バークス |
編集 | ジョージ・トマシーニ |
配給 | メトロ・ゴールドウィン・メイヤー |
公開 |
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上映時間 | 136分 |
製作国 |
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言語 | 英語 |
製作費 | $4,000,000 |
興行収入 | $13,275,000 |
配給収入 |
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題名編集
- North by NorthWest という方位は現実には存在しない。全周を32方位に分割した時の方位の呼び方[3][4]では、北北西(北からの角度・中間値337.5°)は、North-NorthWest(NNW) である。北西微西(同303.75°)は NorthWest by West(NWbW)、北西微北(同326.25°)は NorthWest by North(NWbN)、北微西(同348.75°)は North by West(NbW)である。
ヒッチコック自身もピーター・ボグダノヴィッチによるインタビューの中で「『三十九夜』のアメリカ版を撮ろうとずっと考えていた。一種のファンタジーだ。タイトルがこの映画の全体を象徴している …コンパスには“north by northwest” などというものは存在しない。自由な抽象芸術に近いことを映画製作でやろうとすると、思うままにファンタジーを用いることになる。それこそ私が扱っている分野だ。私は現実の一面を扱うようなことはしない。」と語っている[5]。
あらすじ編集
広告会社の重役ロジャー・ソーンヒルは、ホテルのロビーでの会合の最中、偶然別の人物に間違えられ、広壮な邸宅に連れていかれてしまう。そこで待っていたタウンゼントという男は、彼をスパイのキャプランと決めつけ、どこまで情報を嗅ぎつけたのかを教えろと迫る。人違いだと訴えても、キャプランの行動はすべて把握していると言って受け付けない。ソーンヒルがあくまで否定すると、男の手下たちが強引に酒を飲ませて車に乗せ、崖から転落させて殺そうとする。彼は辛くも逃れるが、パトロール中の警官に逮捕されてしまう。
罰金を払って釈放されたソーンヒルは、拉致された現場のホテルに戻ってキャプランの正体を確かめようとする。しかしホテルの客室にキャプランが宿泊している形跡はあっても、キャプラン当人を見た者は誰もいない。そのうち男の手下たちが迫ってきたのを知ってホテルから逃走し、タウンゼントが国連で演説する予定と聞いたのを思い出すと、今度はタウンゼントを追って国連本部へ向かう。ところが国連のロビーで会ったタウンゼントは、邸宅にいた男とは別の人物だった。2人が噛み合わない会話をしていると、そのタウンゼントの背中に手下の一人が投げた刃物が突き刺さる。ソーンヒルは殺人容疑者として写真入りで大きく報道されてしまう。
政府のスパイ機関の会議室では、教授と呼ばれるボスを中心に、予想外の事態への対応を協議している。タウンゼントに成りすました男は、実はヴァンダムという敵のスパイ一味の親玉で、教授たちは彼らヴァンダム一味の中に自分たちの側のスパイを送り込んでいた。キャプランは教授たちが創造した架空のスパイで、ヴァンダムの注意をキャプランに向けさせることで、味方のスパイを守ろうという作戦だった。教授たちはスパイ合戦に巻き込まれたソーンヒルに同情しつつも、味方のスパイの安全のため、あえて何もしないことに決める。
架空の人物とも知らず、なおもキャプランを追い求めるソーンヒルは、彼がシカゴに向かったと知ると駅から特急寝台列車「20世紀特急」に乗る。その車内でイヴ・ケンドールという女性と親しくなる。彼女はソーンヒルがお尋ね者であることを承知していて、彼を自室に招き入れてかくまう。ところが同じ列車にヴァンダム一味も乗っていて、実はケンドールは彼らと通じていた。シカゴに着くと、彼女はキャプランと連絡をとったと言って、ソーンヒルを郊外の広大な平原に向かわせる。しかし彼がその平原で待っていても、いつまでもキャプランは現れず、そのかわり農薬を散布していたはずの軽飛行機が襲いかかってきた。平原を縦横に逃げるソーンヒルを追い回すうち、軽飛行機は通りかかったタンクローリーに衝突して炎上してしまう。
町に戻ったソーンヒルは、キャプランが宿泊しているはずのホテルでケンドールを見つける。すでに彼女の素性を怪しんでいたソーンヒルは、客室をこっそりと出て行った彼女の後を追う。向かった先は骨董品のオークション会場だった。彼が会場に乗り込むと、はたして彼女がヴァンダムと手下に囲まれて客席に座っていた。ヴァンダムは彼の出現に驚くが、出展品の人形を落札すると、ケンドールを連れて会場を出ていく。ソーンヒルは手下たちに見張られて動けなくなるが、とっさにオークションの客に扮して、出展品にでたらめな値を付けて会場を混乱させ、警官に連れ出される形で脱出に成功する。
彼を乗せたパトカーが向かった先は空港だった。その場で教授が初めてソーンヒルに接触して、すべての事情を説明する。ケンドールこそは教授たちがヴァンダム側に送り込んだスパイだった。ヴァンダムは、彼女が敵側のスパイのキャプラン(実はソーンヒル)と懇意であることを知り、彼女を疑い始めていた。教授はソーンヒルに彼女を助けるために協力するよう要請する。教授とソーンヒルは飛行機でヴァンダムのアジトがあるラシュモア山まで飛び、ヴァンダム一味を待ち構える。そこのカフェテラスに彼らを呼び寄せ、彼らの目前でケンドールが拳銃でキャプラン(実はソーンヒル)を撃ったように見せかけることで、彼女に対するヴァンダムの疑念を晴らすという作戦だった。
作戦は首尾よくいったが、その後でソーンヒルは、ケンドールがヴァンダムに連れられて出国することを知らされた。憤激したソーンヒルは、彼女をヴァンダムから奪う行動に出る。彼らのアジトに潜入して様子をうかがうと、すでにケンドールの正体は見破られていて彼女を殺害する予定になっていること、そして彼らが盗み出したものは人形の中にあることを知った。それらの情報をひそかにケンドールに伝えるが、近くで待機している飛行機の離陸は間近に迫っていた。ケンドールは、機内に乗せられる寸前にヴァンダムの手から人形を奪って逃げ出す。ソーンヒルと合流して2人で逃走するが、ヴァンダムの手下たちに歴代大統領の顔が岩に刻まれた巨大なモニュメントまで追い詰められる。2人が崖下に転落させられそうになった所で、教授が要請した保安官の銃に助けられる。画面が切り替わって、寝台車のベッドの上でソーンヒルとケンドールが抱き合うシーンで幕となる。
キャスト編集
役名 | 俳優 | 日本語吹き替え | |
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テレビ東京版 | 日本テレビ版 | ||
ロジャー・ソーンヒル | ケーリー・グラント | 中村正 | 井上孝雄 |
イヴ・ケンドール | エヴァ・マリー・セイント | 北浜晴子 | 吉野佳子 |
フィリップ・ヴァンダム | ジェームズ・メイソン | 横森久 | 川合伸旺 |
クララ・ソーンヒル(ロジャーの母) | ジェシー・ロイス・ランディス | ||
教授 | レオ・G・キャロル | 真木恭介 | 大木民夫 |
ジャンケット警部 | エドワード・ビンズ | 村越伊知郎 | |
(偽の)タウンゼント夫人 | ジョセフィン・ハッチンソン | ||
レスター・タウンゼント | フィリップ・オバー | ||
レナード(ヴァンダムの手下) | マーティン・ランドー | 納谷六朗 | 西沢利明 |
ヴァレリアン(ヴァンダムの手下) | アダム・ウィリアムズ | ||
リクト(ヴァンダムの手下) | ロバート・エレンシュタイン |
スタッフ編集
- 製作・監督 - アルフレッド・ヒッチコック
- 脚本 - アーネスト・レーマン
- 撮影 - ロバート・バークス
- 音楽 - バーナード・ハーマン
受賞歴編集
第32回アカデミー賞(1959年)において3部門にノミネートされた。
- 脚本賞:アーネスト・レーマン
- 美術賞 (カラー部門):ウィリアム・A・ホーニング、ロバート・ボイル、メリル・パイ、ヘンリー・グレース、フランク・マクケルビー
- 編集賞:ジョージ・トマシーニ
1960年エドガー賞の映画脚本部門でアーネスト・レーマンが最優秀賞を受賞した。
トリビア編集
- 恒例のヒッチコック監督のカメオ出演、本作では冒頭のクレジットタイトルの最後、発車直前のバスに乗ろうとした男性がドアを閉められてしまうシーンに登場する。
- 食堂車のシーンで、ケンドールが “I never discuss love on an empty stomach”(私は空腹で愛を論じたことがない)と言っているが、もともとの台詞は “I never make love on an empty stomach”(私は空腹でセックスしたことがない)であり、彼女の唇の動きもそうなっている。過激すぎる台詞として声だけ差し替えられた[9]。
- ソーンヒルが農薬を散布する軽飛行機に襲われる有名なシーンは、カリフォルニア州ベーカーズフィールドで撮影された[10]。飛行機はボーイング・ステアマン モデル75でアメリカ軍が第二次世界大戦中に練習機として導入し、終戦後は民間に払い下げられたため、実際に農薬を散布する農業機として利用されていた。
- この映画の中のミスの一つがメイキングで明らかにされている。ラシュモア山のカフェテリアでケンドールがソーンヒルを拳銃で撃つ場面、ケンドールが発砲する「前」に、画面右手の奥にいる少年が両手で耳をふさいでしまっている。(1°45'30")何度もリハーサルを繰り返したのが原因のようで、進行役のエヴァ・マリー・セイントは「なぜこのテイクが残されたのかは謎です」と語っている[10]。
- ラストシーンで、ソーンヒルとケンドールが寝台車の中で抱き合った後、列車がトンネルの中に入っていく。ヒッチコックは「あれはこれまでわたしが撮った映画のなかでもいちばんわいせつなショットだ…列車は男根のシンボルだ」と語っている[11]。
- ジェームズ・ステュアートはソーンヒル役を熱望していたが、ヒッチコックは婉曲に断ったという[12]。ヒッチコックは、『めまい』がヒットしなかったのはジェームズ・ステュアートがラヴ・ストーリーを演じるには年を取りすぎていたからと考えていたようで、『北北西に進路を取れ』はスパイ・アクション映画ではあるが、ラヴ・ストーリーが大きな位置を占めているため、ジェームズ・ステュアートよりも若々しいケイリー・グラントを選んだのだろうとトリュフォーは推察している[13]。
参考文献編集
- フランソワ・トリュフォー『映画術 ヒッチコック/トリュフォー』山田宏一・蓮實重彦訳、晶文社、1981年。ISBN 4-7949-5641-X。
- フランソワ・トリュフォー『定本 映画術 ヒッチコック/トリュフォー』山田宏一・蓮實重彦訳、晶文社; 改訂版、1990年。ISBN 4-7949-58188。
- 筈見有広『ヒッチコックを読む やっぱりサスペンスの神様!』フィルムアート社〈ブック・シネマテーク2〉、1980年。ISBN 4-845-980320。
脚注編集
- ^ 『キネマ旬報ベスト・テン85回全史 1924-2011』(キネマ旬報社、2012年)159頁
- ^ Johnny C. Lee, Jodi Forlizzi, and Scott E. Hudson. “The Kinetic Typography Engine (PDF)”. Carnegie Mellon University. 2012年5月11日閲覧。
- ^ 羅針方位#羅針方位を参照
- ^ en:Points of the compass#32 cardinal pointsを参照
- ^ Peter Bogdanovich. “Peter Bogdanovich Interviews Alfred Hitchcock The legendary interview from 1963”. 2013年8月26日閲覧。 North By Northwest (1959)の項 "It's a fantasy. The whole film is epitomized in the title--there is no such thing as north-by-northwest on the compass."
- ^ トリュフォー『映画術』(1981年版)、265-266頁
- ^ Did Alfred Hitchcock make a secret cameo appearance in drag? The Telegraph (2008年8月15日) 2013年8月25日閲覧
- ^ IMDb Jesslyn Fax The Internet Movie Database 2014年1月14日閲覧
- ^ DVD/Blu-ray『北北西に進路を取れ』50周年記念版に収録の脚本家アーネスト・レーマンの解説
- ^ a b DVD/Blu-ray『北北西に進路を取れ』50周年記念版に収録の「メイキング」
- ^ 『映画術』(1981年版)、137頁
- ^ Irv Slifkin. “Winner by a Nose: Eva Marie Saint Remembers North by Northwest”. 2013年8月26日閲覧。
- ^ 『映画術』(1981年版)、265頁