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北極狐作戦(ほっきょくきつねさくせん、ドイツ語: Unternehmen Polarfuchs)とは、第二次世界大戦中の1941年7月に始まった、ムルマンスク鉄道が通るカンダラクシャとルウキを攻略し、ムルマンスク鉄道の遮断を計ったドイツ軍とフィンランド軍の作戦。ドイツ軍の戦力不足、フィンランド軍の政治的理由による消極姿勢から、どちらの目標も攻略できず、作戦は11月に打ち切られた。

北極狐作戦
継続戦争第二次世界大戦
Silberfuchs-plan.png
銀狐作戦計画
1941年7月1日 - 11月17日
場所フィンランド中部
結果 ソ連軍の防衛成功
衝突した勢力
ナチス・ドイツの旗 ナチス・ドイツ
フィンランドの旗 フィンランド
ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦
指揮官
ナチス・ドイツの旗ニコラウス・フォン・ファルケンホルスト上級大将
ナチス・ドイツの旗 ハンス・ファイゲ騎兵大将
フィンランドの旗 フィンランドヤルマル・シーラスヴォ少将
ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦
部隊
IIIVI軍団
フィンランドIII軍団
第14軍
独ソ戦

継続戦争

背景編集

第一次大戦中に、ムルマンスクとレニングラード(当時、ペテルブルグ)の間に、ムルマンスク鉄道が建設された。ムルマンスクは、高緯度にもかかわらず暖流のおかげで、1年を通して港が氷結しない不凍港で、伝統的にロシアにとって重要な西側との交易拠点であった。その後、ムルマンスク鉄道は、ベロモルスクからアルハンゲリスク方面へ分岐する支線が建設され、レニングラードを経由せずにアルハンゲリスク、モスクワ方面とつながった。この為、ムルマンスク鉄道のモスクワ方面への接続を断つためには、ムルマンスクからベロモルスクの間を占領する必要があった。

1940年3月のモスクワ講和条約で、ムルマンスク鉄道に近いサッラ地区は、ソ連に割譲され、カンダラクシャとサッラの間には、ソ連によって鉄道が曳かれていた。モスクワ講和条約により、ケミヤルヴィとサッラの間の鉄道建設がフィンランドに課されていて、1941年当時は建設中であった。フィンランド側では、ケミヤルヴィまでは鉄道があり、ケミヤルヴィとカンダラクシャの間には、比較的良好な道路があった。サッラ地区は、北極圏に属し、真夏は白夜で、日が沈まない。11月以降は、大量の積雪と日照時間の短縮で、作戦行動には適さない。あたりは、針葉樹の森林の中に丘陵と多数の湖が散在する人口希薄地帯である。ケミヤルヴィからカンダラクシャまでは、直線距離で約190kmほどである。

1940年12月に、ヒトラーが総統指令21号で1941年春の対ソ開戦を決意すると、1941年1月より、ドイツ軍とフィンランド軍の間で、対ソ作戦の協同立案がなされ、銀狐作戦として纏められた。本作戦は、銀狐作戦の支作戦でムルマンスク鉄道の遮断を狙うもので、攻略目標は、カンダラクシャとルウキであった。作戦は、ノルウェー駐留軍のもとで行われることになり、フィンランド軍部隊も指揮下に置かれた。

作戦計画編集

両軍の戦闘序列編集

ドイツ軍編集

  • ノルウェー駐留軍(ニコラウス・フォン・ファルケンホルスト上級大将)
    • IIIVI軍団(ハンス・ファイゲ騎兵大将) ケミヤルヴィ→サッラ→カンダラクシャ→ムルマンスク
      • 第169歩兵師団
      • SS師団ノッド
      • フィンランド第6師団 1個連隊欠
    • フィンランドIII軍団(ヤルマル・シーラスヴォ少将)
      • フィンランド第3師団 1個連隊追加
  • 第5航空艦隊
    • 作戦機 約60.[1]

ソ連軍編集

  • 第14軍

戦いの推移編集

結果編集

脚注編集

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  1. ^ 銀狐作戦全域に対して

参考文献編集

  • Ziemke, Earl F. (1960). The German northern theater of operations, 1940-1945. Washington: Headquarters, Department of the US Army. 
  • Lunde. Henrik O. (2011). Finland's War of Choice. Havertown PA,USA: Casemate Publishers. ISBN 978-1-61200-037-4. 

関連項目編集