千賀滉大

日本のプロ野球選手

千賀 滉大(せんが こうだい、1993年1月30日 - )は、愛知県蒲郡市出身[2]プロ野球選手投手)。右投左打。福岡ソフトバンクホークス所属。

千賀 滉大
福岡ソフトバンクホークス #41
千賀滉大20120330.jpg
2012年3月30日、雁の巣球場にて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 愛知県蒲郡市
生年月日 (1993-01-30) 1993年1月30日(28歳)
身長
体重
187 cm
90 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 投手
プロ入り 2010年 育成選手ドラフト4位
初出場 2012年4月30日
年俸 4億円(2021年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム 日本の旗 日本
WBC 2017年
獲得メダル
日本の旗 日本
ワールド・ベースボール・クラシック
2017 野球

シーズン奪三振率(11.33)のNPB記録保持者[3]令和初および育成選手出身者初のノーヒットノーラン投手三冠王を達成している[4][5]

日本シリーズの開幕投手を務めた史上初の育成出身選手であり、育成出身選手最多の通算勝利数記録を持つ[6]

経歴編集

プロ入り前編集

実父が岩城滉一のファンであることから、出生時に「大」と命名[7]。小学校2年生から少年野球チーム「三谷東若葉」に、4年生からは「北部サニーボーイズ」に所属した[8]蒲郡市立中部中学校時代には、軟式野球部三塁手としてプレー[2]愛知県立蒲郡高等学校への進学後に投手へ転向した。

蒲郡高校では、1年時から公式戦に登板すると、2年春からはエースとしてチームを牽引。2年秋と3年春は故障などで公式戦に登板しなかったが[2]、3年夏に全国高等学校野球選手権愛知大会に出場。2回戦ではプロ3,4球団のスカウトが見守る中、愛知商業高校に7-5で勝利するも[9]、3回戦岡崎商業高校に1-7で敗退した[10]

2010年の育成ドラフト会議で、福岡ソフトバンクホークスからの4巡目指名を受けて入団[11]。「アマ球界に詳しい」という愛知県名古屋市のスポーツショップ「西正(にしまさ)ベースボールショップ」の経営者・西川正二(にしかわ まさじ)からの薦め[2][12]で、当時のスカウト・小川一夫が千賀の獲得を決めたという[13]背番号128

ソフトバンク時代編集

2010年代編集

2011年、この年から二軍監督に就任した小川の下で、もっぱら三軍戦に登板[14]ウエスタン・リーグ公式戦への登板機会はなかった[13]が、シーズン終了後のみやざきフェニックスリーグで二軍戦デビューを果たすと、4試合の登板で通算3回1/3を無失点に抑えた。

2012年は、若手選手主体のB組に参加した春季キャンプの紅白戦で好成績を残したことから、キャンプ終盤に一軍へ抜擢[15][16]。しかし、3月9日の読売ジャイアンツオープン戦)の登板中に左足首をひねって緊急降板を余儀なくされた[17]ため、開幕を二軍で迎えた。ウエスタン・リーグ公式戦で開幕から先発ローテーションに入るほど好調だったことを受けて、4月23日に支配下選手契約へ移行するとともに、背番号を「21[注 1]に変更した[18][19]。同月30日にプロ入り後初の出場選手登録を果たすと、同日の対千葉ロッテマリーンズ戦(QVCマリンフィールド)に先発投手として一軍デビュー[20][21][22]。しかし、レギュラーシーズン全体では、一軍公式戦2試合の登板(オール先発)で0勝1敗という成績に終わった[23]。その一方で、ウエスタン・リーグでは、9月20日の対オリックス・バファローズ戦で9回1死まで無安打無得点と好投。シーズン通算では、18試合の先発登板でリーグ最多の108イニングを投げるとともに、最優秀防御率(1.33)のタイトルを獲得した[24][25]。また、7勝(リーグ2位タイ)、勝率.700(同3位)、83奪三振(同2位)という成績[26]で、チームのリーグ優勝に貢献した。その一方で、シーズン終了後に右肩痛を発症した[27]ため、秋季キャンプに参加しなかった[28]

2013年、先発からセットアッパーに転向した岩嵜翔と交換する形で、背番号を「21」から「41」に変更[29]。1月の自主トレーニング中から投球フォームの改良へ積極的に取り組んだ[13]末に、中継ぎ要員として自身初の開幕一軍入りを果たした[30]。3月31日の対東北楽天ゴールデンイーグルス戦で一軍初救援を経験すると、4月3日の対北海道日本ハムファイターズ戦(福岡ヤフオク!ドーム)から6月21日の対楽天戦(郡山総合運動場開成山野球場)まで、セットアッパーとして27登板試合連続無失点を達成。この間には、4月11日の対オリックス戦(福岡ヤフオク!ドーム)で一軍初ホールド、5月12日の対埼玉西武ライオンズ戦(熊本県藤崎台県営野球場)で一軍初勝利を挙げている[31]。初めてクローザーに起用された6月26日対日本ハム戦(東京ドーム)では、延長10回裏に一塁手中村晃のタイムリーエラーで自責点0ながらサヨナラ負けを喫した[32]一方で、救援投手による公式戦連続無失点イニング(34回3分の1)パシフィック・リーグタイ記録を樹立[33][34]。この試合から4登板試合連続で敗戦投手になった[35]ことから[36][37]、7月4日に出場選手登録を抹消されたが、同月14日にセットアッパーとして一軍へ復帰した。パシフィック・リーグの監督推薦選手として初めて出場したオールスターゲーム[38]では、第2戦(明治神宮野球場)の4回裏から2番手として初登板。2イニングを無失点・(クリーンナップから4者連続を含む)5奪三振と好投した[39]ことから、敢闘選手賞を受賞した[40][41]。リーグ戦の再開後は、7月26日の対日本ハム戦(福岡ヤフオク!ドーム)でクローザーとして一軍初セーブを挙げたものの、8月以降の登板では救援失敗が相次いだ。さらに、9月4日の日本ハム戦(東京ドーム)では、5回裏に7球を投げたところで左脇腹に痛みを訴えて緊急降板[42]。翌5日の診察で左腹斜筋の肉離れが判明した[43]ため、同日に出場選手登録を再び抹消されると、そのままシーズンを終えた。シーズン終了後の12月9日には、推定年俸3,300万円(408パーセント増)で契約を更改する一方で、球団フロントに対して先発への再転向を訴えている[44]

2014年は、春季キャンプのスタートを主力選手中心のA組で迎えた[45]が、調整不足で早々にB組へと降格[46]。オープン戦では、6試合の登板で2セーブ、防御率1.50(6イニング1失点)という好成績を残した。一軍でのロングリリーフを求める首脳陣の判断で2年連続の開幕一軍を逸した[47]が、4月4日にシーズン初の出場選手登録。登録後は、点差とは無関係の局面での救援登板が続いた。5月23日のセ・パ交流戦、対阪神タイガース戦(福岡ヤフオク!ドーム)で自身1年ぶりの勝利を挙げた[48]が、右肩に違和感が生じたことから、6月15日に登録を抹消。抹消後の検査では「疲労」と診断された[49]ものの、結果としてシーズン中の実戦復帰には至らず、投球練習の再開は12月下旬にまで持ち越された[50]

2015年、前年発症した右肩痛のリハビリを経て、春季キャンプ前の自主トレーニングから、先発への再転向を視野に調整[51]。ウエスタン・リーグ公式戦でも開幕から先発で好投を続けていたが、一軍先発陣の層が厚いことなどから、シーズン初の一軍昇格は8月18日にまで持ち越された。同日の対オリックス戦(京セラドーム大阪)で一軍公式戦3年ぶりの先発登板を果たすと、7回を被安打4の無失点と好投。一軍公式戦では自身約1年3か月ぶり、一軍の先発では自身初の勝利を挙げた[7]。また、ウエスタン・リーグでは、公式戦16試合に登板。規定投球回に達しなかったものの、9勝2敗、2完投、96奪三振、防御率2.00という好成績で、リーグ史上初の4連覇に貢献した。一軍公式戦では4試合の登板(先発3試合)で2勝1敗という成績を残したが、チームのリーグ連覇で迎えたポストシーズンでは、ロングリリーフ要員として起用[52]千葉ロッテマリーンズとのクライマックスシリーズ ファイナルステージでは、第1戦(10月15日)[53]および第3戦(同月17日、いずれも福岡ヤフオク!ドーム)[54]の救援でピンチを完璧に凌いだことによって、チームを日本シリーズ進出に導いた。東京ヤクルトスワローズとの日本シリーズでは、10月27日の第3戦で、1点リードの5回裏2死1塁から2番手投手としてシリーズデビュー。山田哲人から逆転の2点本塁打(シリーズ史上初の3打席連続本塁打)を浴びて敗戦投手になった[55]が、翌28日の第4戦(いずれも神宮)では、2点リードの7回裏からの登板で2イニングを完璧に抑えた[56]。シーズン終了後の12月26日には、自身と同じ年齢の一般女性と結婚したことを発表している[57]

2016年、一軍の先発ローテーションの一角を担うべく、公式戦開幕直後の3月30日にシーズン初の出場選手登録を果たすと、当日の対西武戦(ヤフオクドーム)でシーズン初勝利[58]。この試合以降も、4月14日の対西武戦(埼玉県営大宮公園野球場)で一軍初の完投勝利を挙げる[59]など、オール先発で8連勝を記録した。8月6日の対日本ハム戦(ヤフオクドーム)でシーズン初黒星を喫した[60]ものの、同月20日の対日本ハム戦(札幌ドーム)でシーズン10勝目に到達。NPB育成ドラフト出身投手のオール先発によるシーズン10勝と、パ・リーグの育成ドラフト出身投手によるシーズン10勝は、いずれも初めてであった[61]。9月3日の対楽天戦(コボスタ宮城)では、自身2度目の完投でシーズン12勝目を挙げたことによって、NPBの育成ドラフト出身投手による一軍公式戦でのシーズン最多勝利記録を達成している[62]。勝率は.800だったものの、規定の13勝にあと1勝届かず、勝率第一位投手のタイトルを逃した。自身初の規定投球回到達となる169イニングで防御率2.61(リーグ3位)・181奪三振(同2位)を記録。その一方で、ポストシーズン中の10月18日には、野球日本代表に初めて選出。シーズン終了後の11月中旬には、東京ドームで開かれた「侍ジャパン 野球オランダ代表 野球メキシコ代表 強化試合」2試合で救援登板を果たした[63]

2017年、レギュラーシーズン開幕前の3月に開かれた2017 ワールド・ベースボール・クラシックで、日本代表の第2先発要員として、1次ラウンドから通算4試合に登板。準決勝のアメリカ戦で敗戦投手になったものの、4試合を通じて防御率0.82を記録した。また、通算の奪三振数は16で、本大会に登板した投手としては最も多かった[64]。このような活躍が高く評価されたことから、大会終了後の3月22日には、日本代表選手からただ1人「オールスターチーム」(主催者が出場選手の中から選ぶ表彰選手)に選出。「投手部門(3人)の1人」という扱いながら、大会の最優秀投手になった[65][66]。上記の活躍が評価され、5月22日に蒲郡市スポーツ栄誉賞を受賞する[67]。シーズンは、主に育成選手として同期入団の甲斐拓也とバッテリーを組み、4月4日に行われた対楽天戦で今季初先発を迎える。4月11日の対日本ハム戦では、8回無失点の好投で、プロ野球史上初の育成選手出身の先発バッテリーとして勝利を飾る[68]。5月上旬まで6戦の先発で5勝を挙げていたが、5月16日の対オリックス戦において、背中の張りを訴えて僅か9球で降板し、出場選手登録を抹消された。中12日で5月28日に行われた対日本ハム戦に登板し、8回1失点の好投で6勝目を挙げるが、翌6月4日の対横浜DeNAベイスターズ戦登板後に、背中の張りの症状が再発し、再び出場選手登録を抹消される[69]。7月1日の対楽天戦で約1か月ぶりの復帰登板。その後は、先発ローテーションの一角を担い、自己最多の13勝を挙げ、最高勝率のタイトルに輝き、チームの2年ぶりのリーグ優勝に貢献した[70]。ポストシーズンは、楽天とのクライマックスシリーズファイナルステージおいて、第2戦に先発登板して敗戦投手となったが、横浜との日本シリーズでは、10月28日の第1戦に先発登板し、7回、被安打4、失点1の好投で、日本シリーズ史上初の育成選手出身開幕投手として、自身初めてのポストシーズンにおいての勝利投手となり[71]、チームの2年ぶりの日本一奪還に貢献した。シーズンオフの12月21日、契約更改交渉に臨み、6,000万円アップの年俸1億2,500万円(金額は推定)でサインした[72]

2018年、3月30日の対オリックス戦において、自身初めての開幕投手として登板[73]。8月17日のオリックス戦(京セラドーム大阪)でプロ入り初完封勝利を挙げた[74]。9月15日の西武戦で先発し、自身2度目の1イニング4奪三振を記録。1イニング4奪三振はこれでプロ野球史上24度目だが、同一選手が2度達成するのは史上初[75]。最終的に2年連続となる13勝を挙げたものの、2度の故障をはじめ防御率やWHIPで自己ワーストを更新するなど、シーズンを通して苦しむ1年となった。ポストシーズンのクライマックスシリーズにおいては、日本ハムとのファーストステージ第2戦、西武とのファイナルステージで第3戦に登板。西武との第3戦でクライマックスシリーズ初勝利を挙げる。広島東洋カープとの日本シリーズにおいても、第1戦と第5戦に登板し、チームの日本一連覇に貢献する。シーズンオフの12月28日、契約更改交渉に臨み、3,500万円アップの1億6,000万円プラス出来高(金額は推定)でサインした[76]

映像外部リンク
  【快挙】H千賀 育成出身初・令和初のノーヒットノーラン 《THE FEATURE PLAYER》 - YouTube
パーソル パ・リーグTV 2019年9月6日公開

2019年、前年に続いて3月29日の対西武戦に開幕投手として登板。自己最速の161km/hを記録する[77]。5月に自身2回目の月間MVPに選出された[78]。9月6日の対ロッテ戦(福岡ヤフオク!ドーム)にて史上80人目のノーヒットノーランを達成[4]育成選手出身者によるノーヒットノーラン達成は初で、令和に入ってからは初のノーヒットノーランでもある[4]。また、ソフトバンクホークスとしても、ノーヒットノーランを達成したのは前身である南海軍時代の1943年5月26日に対大和軍戦にて別所昭が達成して以来76年ぶり2人目で2リーグ制以降は球団初、また毎回奪三振での達成は日本プロ野球史上初であった[79]。最終的にはリーグ最多227奪三振を記録して令和初の奪三振王のタイトルを獲得する。シーズン227奪三振は平成生まれでは歴代最多(2020年シーズン終了時点)、シーズン奪三振率11.33(180回1/3 227奪三振)は規定投球回到達を果たした中で歴代最高である。シーズン途中までは日本ハムの有原航平と最多勝争いも繰り広げた。ポストシーズンでは、読売ジャイアンツとの日本シリーズにて3年連続日本シリーズ開幕投手として白星を挙げ、日本シリーズ3連覇に貢献した。シーズン終了後には、1年間バッテリーを組んだ甲斐拓也とともに自身初のゴールデングラブ賞を受賞した。また、育成出身投手としては初となるベストナインも受賞した。

2020年代編集

2020年、キャンプ途中からの右上腕部の張りなどで開幕をファームで迎えた。7月7日一軍昇格し、同日の対楽天戦(福岡PayPayドーム)でシーズン初登板・初先発、自己最速タイの161km/hをマークするなど5回4安打3失点で初勝利を挙げた[80]。9月15日の対日本ハム戦で、札幌ドームではここまでプロ入り9戦負けなし(7勝)を続けていたが、初めて敗戦投手となった[81]。9月29日の対楽天戦(楽天生命パーク)の2回からレギュラーシーズン終了まで39イニング連続自責点0を続けた[82]。圧巻は、最終登板となった11月4日の対ロッテ戦(ZOZOマリンスタジアム)で、この試合の前まで「あと1勝で最多勝に並ぶ」「あと9奪三振で奪三振数がトップに並ぶ」「7回以上を投げ規定投球回数に到達し、かつ自責点0ならば防御率トップになる」状態[83]で先発し、すべての条件をクリアした。また、この試合の3回にパ・リーグ最速(NPB史上では藤川球児に次ぐ2番目)で通算1,000奪三振を記録した[84]。最終的には、防御率は2.14、勝利数は涌井秀章石川柊太と並ぶ11勝、奪三振数は山本由伸と並ぶ149となり、2018年の菅野智之以来となるNPB史上20人目、パ・リーグでは2006年の斉藤和巳以来の「投手三冠王」を達成した[85]。また育成選手としては史上初の投手三冠となった。ロッテとのクライマックスシリーズでは、第1戦に先発し7回8安打3失点で同点の状態で降板した(試合はソフトバンクの勝利)。巨人との日本シリーズでは、1969〜1972年の堀内恒夫以来となる4年連続第1戦に先発し、4回に無死一二塁のピンチを背負うという場面もあったが、7回3安打無失点で投げ切り勝利投手となった[86]

2021年、キャンプ中から右ふくらはぎに張りがあったため、調整が遅れ開幕一軍を逃した。4月6日に一軍昇格すると、同日の日本ハム戦(札幌ドーム)で先発し、5回2/3無失点で勝利投手となりチームの連敗を5でストップさせた。しかし、この試合の6回1死に渡邉諒のピッチャーライナーを捕球した際に倒れ、左足を痛めて緊急降板し[87]、翌7日に一軍登録を抹消された。同月10日には、左足首の靱帯損傷で復帰までに2~3か月かかる見込みと球団から発表があった[88]。6月17日の三軍戦(対火の国サラマンダーズタマスタ筑後)に実戦復帰登板を果たし、最速158キロを記録した[89]

選手としての特徴編集

2020年の投球データ[91]
球種 配分
%
平均球速
km/h
フォーシーム 46 153
カットボール 21 143
フォーク 18 135
スライダー 12 129
カーブ 2 125
ツーシーム 1 151

スリークォーター[92]から平均約153km/h[90]・最速161km/h[93]フォーシームツーシーム、落差の大きいフォーク[94]、最速150km/hのカットボール[95]、縦のスライダーを投げ分け空振りを奪うスタイル[2]。特に驚異的な落差を誇るフォークボールは「お化けフォーク」と呼ばれ、千賀の代名詞として定着している[96]

高校時代に最速144km/hを記録し、その後プロ1年目に基礎体力の養成を優先した結果、1年間で最速記録を152km/hにまで伸ばした[13]。2年目には、当時の先輩投手・近田怜王の勧めで、スポーツトレーナーの鴻江寿治が主宰する合同自主トレーニングへ近田、チェン・ウェイン吉見一起上野由岐子などと共に参加。鴻江から身体の使い方を学んだことをきっかけに、低めへのストレートの伸びを大幅に向上させた[13]。地元球団である中日ドラゴンズのスカウトは、ソフトバンク入団後に二軍での千賀の投球を視察した際に「愛知にこんな選手がいたなんて…」と悔しがった[7]

高校時代には浅めに握るスプリットフィンガード・ファストボール(スプリット)を投げていたが、スライダー回転していたため人差し指を縫い目にかける工夫をした。制球難に苦しんでいた千賀は2012年1月の自主トレで球界屈指のコントロールを誇る吉見に積極的にアドバイスを求め[97]、親指の使い方を教わり「20球に1球しかまともに落ちなかったフォーク」が毎回真下に落ちる完成度の高いフォークへ変わり[98]、お化けフォークとまで呼ばれるようになる[94]

救援投手として起用され始めた2013年のレギュラーシーズンでは、一軍公式戦でチームトップの51試合に登板。同点の局面で登板した7試合のうち、5度救援に失敗した。その一方で、僅差でのリードを背負って登板した18試合では、17試合を無失点で凌いでいた。当時は直球とフォークを主体に投球を組み立てていたが、2015年の先発再転向後は、スライダーを配球に加えることで投球の幅と安定感を増している[7]

普段はDH制のあるパ・リーグに在籍していることから、打席に立つことはないが、2019年シーズンが終わった段階で、交流戦で打席に立った6試合のうち4試合で安打を放っており、通算16打数4安打と好成績を残している。

人物編集

詳細情報編集

年度別投手成績編集





















































W
H
I
P
2012 ソフトバンク 2 2 0 0 0 0 1 0 0 .000 29 4.2 7 0 8 0 0 1 0 0 7 5 9.64 3.21
2013 51 0 0 0 0 1 4 1 17 .200 232 56.1 32 1 26 0 1 85 10 1 16 15 2.40 1.03
2014 19 0 0 0 0 1 1 0 3 .500 90 22.2 17 0 5 0 1 28 1 0 5 5 1.99 0.97
2015 4 3 0 0 0 2 1 0 0 .667 85 22.1 9 0 10 0 0 21 0 0 2 1 0.40 0.85
2016 25 25 3 0 0 12 3 0 0 .800 681 169.0 125 16 53 0 6 181 7 1 52 49 2.61 1.05
2017 22 22 0 0 0 13 4 0 0 .765 572 143.0 107 15 46 0 2 151 6 0 47 42 2.64 1.07
2018 22 22 1 1 1 13 7 0 0 .650 584 141.0 116 21 58 0 5 163 5 0 57 55 3.51 1.23
2019 26 26 2 2 0 13 8 0 0 .619 752 180.1 134 19 75 1 8 227 4 1 60 56 2.79 1.16
2020 18 18 1 0 0 11 6 0 0 .647 503 121.0 90 4 57 0 2 149 5 0 37 29 2.16 1.21
通算:9年 189 118 7 3 1 66 35 1 20 .653 3528 860.1 637 76 338 1 25 1006 38 3 283 257 2.69 1.13
  • 2020年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

年度別投手(先発)成績所属リーグ内順位編集





















2012 20 パ・リーグ - - - - - - -
2013 21 - - - - - - -
2014 22 - - - - - - -
2015 23 - - - - - - -
2016 24 3位 - 3位 4位 5位 2位 3位
2017 25 - - 3位 1位 - 5位 3位
2018 26 5位 3位 3位 - 10位 2位 -
2019 27 1位 1位 2位 4位 1位 1位 3位
2020 28 4位 - 1位 4位 7位 1位 1位
  • - は10位未満。防御率・勝率における規定投球回数未満も - と表記。
  • 太字年度は規定投球回到達年度

WBCでの投手成績編集










































2017 日本 4 1 1 1 0 41 11.0 7 0 1 0 1 16 0 0 1 1 0.82

年度別守備成績編集



投手












2012 ソフトバンク 2 0 1 0 0 1.000
2013 51 0 14 0 1 1.000
2014 19 0 1 0 0 1.000
2015 4 0 3 0 0 1.000
2016 25 10 30 1 1 .976
2017 22 8 17 1 1 .962
2018 22 4 13 1 1 .944
2019 26 10 23 4 1 .892
2020 18 2 18 0 2 1.000
通算 189 34 120 7 7 .957

タイトル編集

※いずれも育成出身選手として史上初

表彰編集

NPB
国際大会
受賞
  • 蒲郡市スポーツ栄誉賞 (2017年) ※受賞者第1号[67]

記録編集

初記録
投手記録
節目の記録
  • 1000奪三振:2020年11月4日、対千葉ロッテマリーンズ23回戦(ZOZOマリンスタジアム)、3回裏に荻野貴司から空振り三振、史上151人目 ※855回1/3イニングで達成(パ・リーグ最速)
打撃記録
その他の記録

背番号編集

  • 128 (2011年 - 2012年4月22日)
  • 21 (2012年4月22日 - 同年終了)
  • 41 (2013年 - )

登場曲編集

[107]

代表歴編集

脚注編集

[脚注の使い方]

注釈編集

  1. ^ 先発投手として活躍していた和田毅が、前年末にFA権の行使ボルチモア・オリオールズへ移籍するまで着用した背番号。なお、和田は2016年のソフトバンク復帰を機に、この背番号を再び付けている。

出典編集

  1. ^ ソフトバンク - 契約更改 - プロ野球”. 日刊スポーツ. 2021年1月27日閲覧。
  2. ^ a b c d e ソフトB千賀連勝運ぶ 新セットアッパー”. 日刊スポーツ (2013年4月30日). 2021年4月9日閲覧。
  3. ^ 歴代最高の奪三振率「11.33」 鷹・千賀が語った“こだわり”と「足りないところ」” (日本語). Full-Count. 2020年2月16日閲覧。
  4. ^ a b c 安藤理「ソフトB・千賀、初尽くしノーヒットノーラン!令和初&育成出身初&毎回奪K初(1/3ページ)」『サンケイスポーツ産業経済新聞社、2019年9月7日、1面。2020年11月6日閲覧。
  5. ^ 投手三冠で沢村賞を逃したのは1人だけ。千賀滉大は2人目になる!? Yahoo!ニュース 2020年11月9日
  6. ^ “千賀が育成出身最多53勝、立て直して山口鉄也超え”. 日刊スポーツ. (2019年8月10日). https://www.nikkansports.com/baseball/news/201908100001261.html 2019年8月11日閲覧。 
  7. ^ a b c d 福岡吉央「ソフトバンク千賀3年ぶり3度目先発で通算3勝目」『日刊スポーツ日刊スポーツ新聞社、2015年8月19日。2020年11月6日閲覧。オリジナルの2020-11-06時点におけるアーカイブ。
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関連項目編集

外部リンク編集