南魚沼郡

日本の新潟県の郡
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南魚沼郡(みなみうおぬまぐん)は、新潟県

新潟県南魚沼郡の範囲(緑:湯沢町 薄黄:後に他郡に編入された区域)

人口7,890人、面積357.29km²、人口密度22.1人/km²。(2024年1月1日、推計人口

以下の1町を含む。

郡域 編集

1879年明治12年)に行政区画として発足した当時の郡域は、上記1町のほか、以下の区域にあたる。

  • 南魚沼市
  • 魚沼市の一部(虫野・干溝・板木・原虫野・大浦・大浦新田・十日町・伊勢島・岡新田)

歴史 編集

郡発足までの沿革 編集

『倭名類聚抄』の国郡部に、「越後国魚沼」と記されている。

『兵範記』に、保元の乱の後で平正弘の所領だった「魚野郡殖田村」が没収されて後白河天皇領となったことが記されている。

吾妻鏡』では「於田庄」の名で記されている。

鎌倉時代には新田氏の配下の里見氏などが拠点とした。『太平記』に「上田山」「栽田山」の地名が見える。

上杉氏の頃は主に上田庄と呼ばれた。江戸時代の頃は魚沼郡と呼ばれた。

慶長3年(1598)年に上杉氏が会津に移封となり、代わって堀氏の入った高田藩(福嶋藩)の一部として扱われる。

堀氏が改易された後、いずれも短い期間で松平氏、牧野氏、福島正則、直轄領になった後、再び松平氏が入るなど頻繁に領主が変わった。

寛永の頃にいくつかの村をまとめて大肝煎(大庄屋、大割元)が置かれ、当郡域では浦佐組54ヶ村、六日町組66ヶ村、塩沢組58ヶ村に分けられた。

越後騒動の後、延宝9年(天和元年・1681年)から享保9年(1724年)までの43年間と、宝暦5年(1755年)から宝暦13年(1763年)までの8年間は天領

享保9年(1724年)から宝暦5年(1755年)までの23年間と、宝暦13年(1763年)から文久元年(1861年)までの99年間は会津藩の預り領であった。この頃は小千谷に陣屋があった。また必要に応じて塩沢と十日町にも出張陣屋が置かれた。

文久元年に幕府によって組替が行われ、代官支配の村と預り領の村、会津藩領の村にそれぞれ分割され、桑名藩の飛び地も存在するなどした。

隣の小出島には会津藩の陣屋が置かれ、当地域は国境付近の天領も含めて会津藩士が警備を担当していた。この事が戊辰戦争で戦地になる要因となった。

幕末の知行
知行 村数 村名
幕府領 幕府領(出雲崎代官所) 54村 浅貝村、二居村、三俣村、○神立村、湯沢村、○土樽村、○下一日市村、上一日市村、関村、○関山村、○上野村、宮野下村、君沢村、大窪村、大沢村、田中村(現・南魚沼市南田中)、大木六新田、○中子新田、五郎丸村、丸池新田、万条新田、姥島新田、仙石村、○舞子村、徳田新田、○塩沢村、中村、天野沢村、○大月村、○大木六村、○吉山新田、滝谷村、○田崎村、○新堀村、下原新田、野際村、新堀新田、○岩崎村、二日町村、津久野村、中川村、中川新田、○長森村、○下原村、○法音寺村、○上原村、○藤原村、上原新田、長森新田、宮村、宮村下新田、○今町村、○芹田村、○九日町村
幕府領(会津藩預地 34村 片田村、竹俣新田、○思川村、思川新田、○吉里村、泉盛寺村、栃窪新田、○目来田村、樺野沢新田、○樺野沢村、○島新田、○上十日町村、○六日町村、●八幡村、川窪村、○美佐島村、小栗山本新田、小栗山今新田、君帰村、○小栗山村、○余川村、○欠ノ上村、○野田村、○五日町村、○四十日村、○寺尾村、田中村(現・南魚沼市北田中)、名木沢村、奥村新田、蓑和島村、青木新田、城山新田、大杉新田、宇津野新田
幕府領(桑名藩預地) 6村 ○干溝村、干溝新田、○板木村、○大浦村、山崎新田、山崎村
幕府領(脇野町代官所) 11村 ●浦佐村、今町新田、水尾新田、○水尾村、○大崎村、黒土新田、黒土村、大倉村、大倉新田、川棚新田、○虫野村
藩領 陸奥会津藩 72村 中野村、中野新田、○竹俣村、茗荷沢村、○雲洞村、○東泉田村、三郎丸村、○八竜新田、大里村、小木六村、小杉新田、姥沢新田、蟹沢新田、○長崎村、枝吉村、早川村、○高倉村、○坂戸村、京岡村、泉新田、山口村、○永松村、蛭窪村、○小川村、津久野上新田、○麓村、○上薬師堂村、津久野下新田、泉孫新田、京岡新田、岡村、畔地新田、野中村、清水瀬村、土沢村、原村、舞台村、山谷村、畔地村、明川新田、○妙音寺村、上出浦村、下出浦村、○泉村、深沢村、○下薬師堂村、市野江村、○一村尾村、鰕島新田、海士ヶ島新田、柳古新田、○穴地村、穴地新田、船ヶ沢新田、○五箇村、原虫野新田、○伊勢島新田、○大浦新田、十日町村、岡新田、雷土村、湯谷村、芋川村、赤羽村、○門前村、雷土新田、大桑原村、茗荷沢新田、荒金村、桐沢村、堂島新田、荒山村
幕府領・藩領 幕府領(会津藩預地)・会津藩 1村 ○西泉田村
  • 慶応4年
    • 5月 - 郷村からも兵が召集された閏4月21日から24日の三国峠の戦い、同27日の小出島の戦いの後、新政府軍の統治下に置かれる。小千谷民政府が治安維持に当たった。
    • 7月27日1868年9月13日) - 幕府領が柏崎県(第1次)の管轄となる。
  • 明治元年
  • 明治2年
  • 明治初年 - 大倉新田・川棚新田が大倉村に合併。(176村)
  • 明治4年
    • 11月20日1871年12月31日) - 第1次府県統合により全域が柏崎県の管轄となる。当郡域には第四大区が置かれ21の小区に分けられる。
    • 奥村新田・蓑和島村が合併して奥村となる。(175村)
  • 明治6年(1873年6月10日 - 全域が新潟県の管轄となる。当郡域には第十三大区が置かれ九つの小区に分けられた。
  • 明治5年(1872年) - 小栗山本新田・小栗山今新田が小栗山村に合併。(173村)
  • 明治8年(1875年) - 干溝新田が干溝村に、明川新田が山口村にそれぞれ合併。(171村)
  • 明治9年(1876年) - 泉孫新田が泉村に合併。(170村)
  • 明治10年(1878年) - 思川新田が思川村に、中野新田が中野村にそれぞれ合併。(168村)

郡発足以降の沿革 編集

  • 明治12年(1879年
    • 4月9日 - 郡区町村編制法の新潟県での施行により、魚沼郡のうち168村に行政区画としての南魚沼郡が発足。郡役所が六日町村に設置。同日大区小区制廃止。
    • 2ヶ所ずつ存在した田中村が南田中村、北田中村にそれぞれ改称(それぞれ現行の大字に継承)。
  • 明治14年(1882年) - 早川村より清水村が分村。(169村)
  • 明治16年(1884年) - 祖師村が上野村に合併。(168村)
  • 明治18年(1886年) - 早川村より一ノ沢村が分村。(169村)
  • 明治20年(1888年) - 鰕島新田が鰕島村に改称。
  • 明治22年(1889年4月1日 - 町村制の施行により以下の町村が発足。特記以外は現・南魚沼市。(47村)
町村制施行時の47村
  • 浅貝村二居村三俣村神立村土樽村湯沢村(それぞれ単独村制、現・湯沢町)
  • 上関村 ← 関村、関山村、上野村
  • 大沼村 ← 上一日市村、下一日市村、宮野下村
  • 大君田村 ← 君沢村、大沢村、大窪村、南田中村
  • 塩沢村(単独村制)
  • 中目来田村 ← 中村、目来田村
  • 富実村 ← 天野沢村、樺野沢村、樺野沢新田、泉盛寺村
  • 吉里村(単独村制)
  • 上島村 ← 上十日町村、島新田
  • 栃窪新田(単独で自治体を形成)
  • 大富村 ← 竹俣村、竹俣新田、片田村、思川村、西泉田村
  • 西中島村 ← 舞子村、万条新田、姥島新田、中子新田、丸池新田
  • 東中島村 ← 仙石村、徳田新田、五郎丸村、大木六新田、中野村
  • 大木六村 ← 大木六村、吉山新田、小杉新田
  • 大和村(第1次) ← 大里村、八竜新田、小木六村
  • 南旭村 ← 滝谷村、蟹沢新田、清水村、姥沢新田、一ノ沢村
  • 長崎村(単独村制)
  • 旭村 ← 三郎丸村、早川村、枝吉村
  • 三和村 ← 雲洞村、大月村、東泉田村
  • 小栗山村(単独村制)
  • 六日町村 ← 六日町村、坂戸村
  • 余川村君帰村欠ノ上村川窪村八幡村美佐島村(それぞれ単独村制)
  • 西五十沢村 ← 津久野村、津久野上新田、津久野下新田、二日町村、岩崎村、宮村、宮村下新田、深沢村
  • 東五十沢村 ← 蛭窪村、原村、畔地新田、畦地村、舞台村、野中村、清水瀬村、土沢村、小川村
  • 南五十沢村 ← 山谷村、中川村、中川新田、京岡村、京岡新田、永松村
  • 南城内村 ← 上出浦村、下出浦村、上薬師堂村、野際村、妙音寺村、岡村、下薬師堂村、山口村、田崎村、法音寺村、藤原村、新堀新田、新堀村
  • 北城内村 ← 麓村、長森村、長森新田、上原村、上原新田、下原村、下原新田、泉村、泉新田
  • 大巻村 ← 奥村、寺尾村、大杉新田、四十日村、北田中村、宇津野新田、青木新田、野田村
  • 南藪神村 ← 五日町村、城山新田、名木沢村、今町村、九日町村
  • 北藪神村 ← 市野江村、一村尾村、芹田村
  • 浦佐村 ← 浦佐村、五箇村、鰕島村
  • 水尾村 ← 水尾村、水尾新田
  • 大崎村 ← 大崎村、柳古新田、今町新田、海士ヶ島新田、穴地村、穴地新田
  • 水無村 ← 茗荷沢村、茗荷沢新田、荒金村、堂島新田、桐沢村、荒山村
  • 坂本村 ← 黒土村、黒土新田、大倉村、船ヶ沢新田
  • 三用村 ← 山崎村、大桑原村、門前村、赤羽村、芋川村、湯谷村、雷土村、雷土新田、山崎新田
  • 伊米ヶ崎村 ← 虫野村、十日町村、岡新田、大浦新田、大浦村、干溝村、板木村、原虫野新田、伊勢島新田(現・魚沼市)
明治34年の合併
  • 三国村 ← 浅貝村、二居村
  • 中之島村 ← 西中島村、東中島村、大木六村、大和村
  • 五十沢村 ← 西五十沢村、東五十沢村、南五十沢村
  • 城内村 ← 南城内村、北城内村
  • 大巻村 ← 大巻村、南藪神村[五日町]
  • 藪神村 ← 北藪神村、南藪神村[九日町・名木沢・城山新田・今町]
  • 大崎村 ← 水尾村、大崎村
  • 東村 ← 赤石村、三用村
  • 明治39年(1906年)4月1日(2町16村)
    • 上関村・大沼村・大君田村が合併して石打村が発足。
    • 中目来田村・富実村・吉里村・上島村・栃窪村および大富村の一部(竹俣・竹俣新田・片田村・思川)が塩沢町に編入。
    • 南旭村・長崎村・旭村および三和村の一部(雲桐)が合併して上田村が発足。
    • 小栗山村・余川村・君帰村・欠ノ上村・川窪村・八幡村・美佐島村および大富村の残部(西泉田)・三和村の残部(東泉田・大月)が六日町に編入。
  • 大正12年(1923年3月31日 - 郡会が廃止。郡役所は存続。
  • 大正15年(1926年6月30日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
  • 昭和25年(1950年)4月1日 - 伊米ヶ崎村の一部(干溝)が北魚沼郡小出町に編入。
  • 昭和29年(1954年5月1日 - 伊米ヶ崎村が北魚沼郡小出町に編入。(2町15村)
  • 昭和30年(1955年)3月31日 - 湯沢村・三国村・三俣村・神立村・土樽村が合併して湯沢町が発足。(3町10村)
  • 昭和31年(1956年
    • 4月1日 - 藪神村・浦佐村・大崎村・東村が合併して大和村(第2次)が発足。(3町7村)
    • 9月1日 - 五十沢村・城内村・大巻村が六日町に編入。(3町4村)
  • 昭和32年(1957年2月1日 - 石打村・上田村が塩沢町に編入。(3町2村)
  • 昭和34年(1959年)11月1日 - 中之島村が塩沢町に編入。(3町1村)
  • 昭和37年(1962年)4月1日 - 大和村が町制施行して大和町となる。(4町)
  • 平成16年(2004年)11月1日 - 六日町・大和町が合併し南魚沼市が発足し、郡より離脱。(2町)
  • 平成17年(2005年10月1日 - 塩沢町が南魚沼市に編入。(1町)

行政 編集

歴代郡長
氏名 就任年月日 退任年月日 備考
1 岡村貢 明治12年(1879年)4月28日 明治15年(1882年)10月9日 (旧)第四大区、(旧)第十三大区長
2 関矢孫左衛門 明治15年(1882年)10月9日 明治16年(1883年)1月25日 北魚沼郡長と兼任
3 山口権三郎 明治16年(1883年)1月25日 明治16年(1883年)2月5日
4 槙眞一 明治17年(1884年)6月7日 明治25年(1892年)1月8日
5 山際操 明治25年(1892年)1月8日 明治32年(1899年)4月8日
6 木村定五郎 明治32年(1899年)4月27日 明治34年(1901年)3月30日
7 清水中四郎 明治34年(1901年)3月30日 明治35年(1902年)2月22日
8 吉田良治郎 明治35年(1902年)2月22日 明治37年(1904年)4月27日 新潟市長となる
9 齋藤文吾 明治37年(1904年)4月27日 明治40年(1907年)10月25日
10 石川赳夫 明治40年(1907年)10月25日 明治41年(1908年)6月29日
11 島田博 明治41年(1908年)6月29日 明治45年(1912年)2月28日
12 北見東一郎 明治45年(1912年)2月28日 明治45年(1912年)6月29日
13 澤田久三郎 明治45年(1912年)6月29日 大正2年(1913年)9月25日
14 高野定彌 大正2年(1913年)9月25日 大正4年(1915年)7月21日
15 市橋長治 大正4年(1915年)7月
大正15年(1926年)6月30日 郡役所廃止により、廃官

脚注 編集

  1. ^ 領主から年貢免除の特権を与えられた土地。

参考文献 編集

  • 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編『角川日本地名大辞典』 15 新潟県、角川書店、1989年9月1日。ISBN 4040011503 
  • 旧高旧領取調帳データベース

関連項目 編集

外部リンク 編集

『越佐地図教科書』(国立国会図書館デジタルコレクション)- 1896年(明治29年)1月出版。人口 55,943人、戸数9620との記述あり

『南魚沼郡志』(国立国会図書館デジタルコレクション) - 1920年(大正9年)出版。南魚沼郡教育会編・著

先代
魚沼郡
行政区の変遷
1879年 -
次代
(現存)