原一樹

日本のサッカー選手

原 一樹(はら かずき、1985年1月5日 - )は千葉県松戸市出身の元サッカー選手。ポジションはフォワード

原 一樹
名前
愛称 かずき、フェルナンド
カタカナ ハラ カズキ
ラテン文字 HARA Kazuki
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1985-01-05) 1985年1月5日(39歳)
出身地 千葉県松戸市
身長 177cm
体重 75kg
選手情報
ポジション FW
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2007-2010 清水エスパルス 62 (11)
2011-2012 浦和レッズ 10 (00)
2012-2013 京都サンガF.C. 53 (18)
2014-2016 ギラヴァンツ北九州 116 (36)
2017-2018 カマタマーレ讃岐 66 (15)
2019 ロアッソ熊本 20 (7)
2020-2021 おこしやす京都AC 11 (3)
代表歴
2003,2005 ユニバーシアード日本
獲得メダル
ユニバーシアード
2003 大邱 サッカー
2005 イズミル サッカー
1. 国内リーグ戦に限る。2022年3月11日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

来歴 編集

小学3年生でサッカーを始め、同6年時に、自宅の近所にあった船橋市立船橋高等学校第75回全国高等学校サッカー選手権大会で優勝したのを期に「自分も市立船橋高で10番をつける!」という夢を持つが、受験の際はサッカー推薦、一般推薦ともに受からず、一般入試で合格する。サッカー部では1年生2年生時には全く公式戦に出られなかったが、3年生になり徐々に頭角を現し、第81回全国高等学校サッカー選手権大会では、前記の夢の通り背番号10番をつけ優勝を経験[1]、同大会の優秀選手にも選ばれた。当時のチームメイトに青木良太大久保裕樹小宮山尊信小川佳純、1学年後輩に増嶋竜也カレン・ロバート鈴木修人佐藤優也がいる。同年、千葉県選抜として国体に出場し、近藤祐介との2トップで[2] 優勝。

卒業後、駒澤大学へ進学し体育会サッカー部に入部。同期には2010年までチームメイトだった廣井友信と元名古屋グランパス巻佑樹などがいた。2003年2004年総理大臣杯全日本大学サッカートーナメントを連覇した他、2003年(大邱)、2005年イズミル)の二度、ユニバーシアードで優勝、2004年、2005年、2006年全日本大学サッカー選手権大会を三連覇、2005年の関東大学リーグ優勝など数々の実績を持つ。特に2005年の全日本大学サッカー選手権ではMVP、ベストFW賞を受賞している 。

2007年清水エスパルスへ入団。5月9日のナビスコ杯大宮アルディージャ戦で公式戦初出場し、12月8日に行われた天皇杯5回戦、横浜F・マリノス戦で初得点と初アシストを決めた。2008年5月3日のジュビロ磐田戦でリーグ戦初得点、5月25日のナビスコ杯磐田戦でカップ戦初得点を決めた。9月29日に母が死去した直後の10月4日に行われたFC東京戦で先発しゴールを決めた[3]。2008年はリーグ戦27試合に出場し、チーム3位となる6得点を挙げた。長友佑都(FC東京)や小川佳純(名古屋)と共に優秀新人賞を受賞した[4]。2009年は背番号を11に変更した。

2011年、浦和レッズへ完全移籍[5] するも出場機会にあまり恵まれず、翌2012年に京都サンガF.C.へ期限付き移籍。2013年には完全移籍[6] となり、12得点を挙げチーム得点王。

しかしシーズン終了後、契約満了となり京都を退団[7] となり、かつて京都にも関わった柱谷幸一に誘われギラヴァンツ北九州へ移籍[8]。3年間の在籍期間中当時J2にあったチームの得点源として活躍し、2015年には自己最高記録となる年間13ゴールを挙げ、翌2016年には、第36節対カマタマーレ讃岐戦において、プロ入り後公式戦初のハットトリックを達成、同時に前年の年間ゴール数記録を上回る自己最高記録となった[9]

だがチーム自体はJ3へ降格し柱谷も監督を辞任。2016年12月14日、讃岐への完全移籍が発表された。クラブを通じたコメントの中で京都退団の際には現役引退も覚悟したことを初めて明かし、退団理由として前述の降格と柱谷退団を挙げた上で、北九州での3年間があったから移籍オファーがあったとして北九州へ感謝の意を示している[10]

2019年より、ロアッソ熊本へ完全移籍[11]。加入の理由については「憧れだった北嶋秀朗さんがコーチを務めていたことが大きかった」と語っている[12]。途中出場が多いながらも7得点を記録したが、12月6日にロアッソ熊本より契約満了が発表された。

2020年より、関西サッカーリーグ1部のおこしやす京都ACへ完全移籍[13]

2021年9月29日、現役引退を表明[14]

特徴・評価 編集

スピードを活かして前線へ突破するタイプ[15]。 フリーキックも得意としている。

所属クラブ 編集

個人成績 編集

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2007 清水 19 J1 1 0 1 0 2 1 4 1
2008 26 6 9 1 3 1 38 8
2009 11 25 3 8 2 3 2 36 7
2010 10 2 9 2 3 2 22 6
2011 浦和 21 10 0 1 0 4 4 15 4
2012 京都 11 J2 26 6 - 1 0 27 6
2013 27 12 - 0 0 27 12
2014 北九州 9 42 7 - 4 2 46 9
2015 41 13 - 2 1 43 14
2016 33 16 - 2 0 35 16
2017 讃岐 20 31 7 - 0 0 31 7
2018 35 8 - 1 0 36 8
2019 熊本 9 J3 20 7 - 0 0 20 7
2020 お京都 関西1部 5 1 - 0 0 5 1
2021 10 6 2 - 2 0 8 2
通算 日本 J1 72 11 28 5 15 10 151 34
日本 J2 235 69 - 10 3 209 64
日本 J3 20 7 - 0 0 20 7
日本 関西1部 11 3 - 2 0 13 3
総通算 338 90 28 5 27 13 373 108

その他の公式戦

タイトル 編集

クラブ 編集

市立船橋高校
駒澤大学

代表 編集

ユニバーシアード日本代表

個人 編集

  • 全国高等学校サッカー選手権大会 優秀選手:1回(2002年)

脚注 編集

  1. ^ スクール☆ギラヴァンツ in 高見小学校”. ギラヴァンツ北九州 (2016年11月15日). 2016年11月18日閲覧。
  2. ^ 『Jリーグ選手名鑑2015 J1・J2・J3 (エルゴラッソ特別編集)』三栄書房、2015年、235頁。 
  3. ^ 清水・原が天国にささげるゴール/J1 - 日刊スポーツ(2008年10月5日)
  4. ^ 清水FW原が天皇杯で「成長」見せる - 日刊スポーツ(2008年12月19日)
  5. ^ 原 一樹 選手、加入のお知らせ”. 2011年1月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年1月12日閲覧。 - 浦和レッドダイヤモンズ公式サイト(2011年1月12日)
  6. ^ 原一樹選手 完全移籍加入のお知らせ - 京都サンガF.C.オフィシャルサイト(2012年12月16日)
  7. ^ 契約満了選手のお知らせ(12/10) - 京都サンガF.C.オフィシャルサイト(2013年12月10日)
  8. ^ 原 一樹選手 京都サンガF.C.より完全移籍加入のお知らせ - ギラヴァンツ北九州 公式サイト(2013年12月26日)
  9. ^ “今年もキャリアハイ更新!31歳原一樹が“プロ初”ハット!!最下位北九州が讃岐下し残留に望み”. ゲキサカ (講談社). (2016年10月16日). http://web.gekisaka.jp/news/detail/?201059-201059-fl 2016年10月18日閲覧。 
  10. ^ 原 一樹 選手 カマタマーレ讃岐へ完全移籍のお知らせ”. ギラヴァンツ北九州 (2016年12月14日). 2016年12月14日閲覧。
  11. ^ 原 一樹選手、カマタマーレ讃岐より完全移籍加入のお知らせ”. ロアッソ熊本 (2018年12月14日). 2018年12月14日閲覧。
  12. ^ 原一樹は「昇格したくて現役引退を表明」した。おこしやす京都ACで“最後の大勝負””. Qoly.jp (2021年10月22日). 2022年6月28日閲覧。
  13. ^ 原 一樹選手、移籍先決定のお知らせ”. ロアッソ熊本 (2020年1月6日). 2020年1月7日閲覧。
  14. ^ 原一樹 [@kazuki_hara10] (2021年9月29日). "この度私事ではございますが、今シーズンをもちまして現役を引退する決断をしましたのでご報告をさせていただきます。". X(旧Twitter)より2021年9月29日閲覧
  15. ^ 清水FW原、自らにゴール厳命 日刊スポーツ 2009.5.30付記事

関連項目 編集

外部リンク 編集