原市町 (埼玉県)

日本の埼玉県北足立郡にあった町

原市町(はらいちまち)は、埼玉県北足立郡にあった。現在の上尾市南東部にあたり、1955年に上尾町・平方町大石村上平村大谷村と合併して上尾町となり消滅した。

原市町
安藤乗合馬車
安藤乗合馬車
廃止日 1955年1月1日
廃止理由 新設合併
上尾町、平方町原市町大石村
上平村大谷村 → 上尾町
現在の自治体 上尾市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 埼玉県
北足立郡
面積 5.6km2.
総人口 3,897
(住民登録人口、1954年7月1日)
隣接自治体 大宮市、北足立郡上尾町、上平村、伊奈村
春岡村、南埼玉郡蓮田町
原市町役場
所在地 埼玉県北足立郡原市町大字原市[1]
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地理編集

隣接していた自治体編集

(括弧内は現在の自治体・行政区)

歴史編集

  • 1869年明治2年)
    • 1月 - 町域は廃藩置県により、大宮県に所属。
    • 9月 - 大宮県が浦和県に改称。
  • 1871年(明治4年)11月14日 - 浦和県が忍県岩槻県と合併し、埼玉県が誕生。
  • 1872年(明治5年)3月 - 大区小区制施行により第19区に属す[2]
  • 時期不明(明治初期) - 原市村が原市町となる[1]
  • 1874年(明治7年) - 上瓦葺村・本瓦葺村・下瓦葺村が合併し、瓦葺村となる[3]
  • 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い、北足立郡原市町[1]・瓦葺村が発足、2町村で原市町外1ヶ村組合を構成する。
  • 1913年大正2年)4月2日 - 原市町外1ヶ村組合を解消、瓦葺村を原市町に編入し、改めて原市町となる[4]。旧町村は原市町の大字原市および大字瓦葺となる。
  • 1940年昭和15年)11月 - 原市町区民会が発足する[5]。区民会は産業部、警防部、教学部の三部で構成されている。
  • 1948年(昭和23年)
    • 2月5日 - 大宮地区警察署(自治体警察)原市巡査部長派出所が設置される。監督区域は原市町・上平村であった[6]
    • 4月20日 - 原市町役場職員組合が結成される[7]
    • 7月29日 - 原市農業協同組合が原市3320の場所に設立される[8]
  • 1954年(昭和29年)5月20日 - 町長や議長らが大宮市役所へ出向き、大宮市への合併を正式に申し入れた[9]
  • 1955年(昭和30年)1月1日 - 町村合併促進法の施行に伴い、上尾町・平方町上平村大石村大谷村と合併し、上尾町となる[4]。原市町消滅。大字は上尾町へ継承された。以降、旧原市町に属した地域は原市地区と区分けされる。
  • 1956年(昭和31年)1月1日 - 岩槻市の一部(馬込の一部)が蓮田町に編入され、上尾町大字瓦葺と隣接しなくなる[10]
  • 1958年(昭和33年)7月15日 - 上尾町が市制施行して上尾市となる[4]

歴代町長編集

氏名 就任年月日 退任年月日 備考
初代町長 宮島幸蔵 在任期間不明
二代町長 家里周蔵 在任期間不明
三代町長 矢部基一 在任期間不明
四代町長 石井好太郎 在任期間不明
五代町長 酒巻庄吉 在任期間不明
六代町長 黒須亀太郎 在任期間不明
七代町長 岩崎一三 在任期間不明
八代町長 石川徳右ヱ門 在任期間不明
九代町長 黒須太郎 在任期間不明
十代町長 黒須正輔 在任期間不明
十一代町長 八木賢一 在任期間不明
十二代町長 松島福次郎 1947年(昭和22年)4月7日 1948年(昭和23年)5月3日 地方自治法施行後初の町長。
十三代町長 斎藤甲子男 1948年(昭和23年)6月29日 1954年(昭和29年)12月31日

※ 以上出典は『上尾百年史』172頁および186頁。

脚注編集

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参考文献編集

  • 「角川日本地名大辞典」編纂委員会『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』角川書店、1980年7月8日。ISBN 4040011104
  • 上尾市教育委員会・編『上尾市史 第五巻 資料編5、近代・現代2』上尾市、1998年3月31日。
  • 上尾市教育委員会・編『上尾市史 第七巻 通史編(下)』上尾市、2001年3月30日。
  • 上尾百年史編集委員会・編『上尾百年史』上尾市役所、1972年2月10日。

関連項目編集