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原沢 久喜(はらさわ ひさよし、1992年7月3日 - )は、山口県下関市出身の日本柔道選手。階級は100kg超級。身長191cm。体重122kg。組み手は右組み。血液型はA型。段位は五段。得意技は内股大外刈[1]。弟に俳優の原沢侑高がいる[2]

獲得メダル

原沢久喜
日本の旗 日本
柔道
オリンピック
2016 リオデジャネイロ 100kg超級
世界柔道選手権
2019 東京 100kg超級
2018 バクー 100kg超級
世界団体
2017 ブダペスト 90kg超級
2018 バクー 90kg超級
ワールドマスターズ
2016 グアダラハラ 100kg超級
グランドスラム
2015 チュメニ 100kg超級
2015 パリ 100kg超級
2015 東京 100kg超級
2016 パリ 100kg超級
2019 デュッセルドルフ 100kg超級
2018 デュッセルドルフ 100kg超級
2019 パリ 100kg超級
2013 東京 100kg超級
2014 チュメニ 100kg超級
ユニバーシアード
2015 光州 100kg超級

経歴編集

高校まで編集

柔道は6歳の時に大西道場で始めた[1]下関市立日新中学校から早鞆高校へ進学した当初は66kg級の選手で、身長も177cmほどだった。しかしその後成長を続けると、3年の時には身長190cmを超えて、階級も100kg超級まで上がった。なお、体重も90kgくらいまでは自然に増えたが、そこから先はウェイトトレーニングプロテインを大量に摂取して増やしていった[3]。中国大会に優勝してインターハイの100kg超級に出場すると、準決勝で東海大相模高校王子谷剛志上四方固で敗れたものの3位となった。続く全日本ジュニアでは決勝まで進むも、王子谷に開始早々の大外落で敗れて2位だった[1]。当初柔道は高校を卒業したら辞めるつもりだったが、成績を残し始めたことで楽しく感じるようになり、続けることに決めた[3]

大学時代編集

2011年には日本大学に進学した[4]。2年の時には学生優勝大会の決勝で東海大学と対戦すると、先鋒で出場して一本勝ちするなど、チームは3-0で大きくリードしながらも、その後3連敗して内容で並ばれて代表戦になり自ら出場するが、王子谷に内股返で有効を取られて敗れ、チームも2位にとどまった[5]。9月の学生体重別では王子谷が出場していなかったものの優勝を飾った[6]。11月の講道館杯では決勝で旭化成百瀬優を2-1の微妙な判定ながら破って、シニアの全国大会初優勝を飾った[7]。2013年3月の全日本選手権東京予選では優勝を飾った[1]。3年の時には4月29日の全日本選手権準々決勝で警視庁棟田康幸を指導3で破ると、準決勝では81kg級の選手である旭化成垣田恭兵内股すかしで技ありを先取されるも終盤に内股で逆転勝ちした。決勝では天理大学職員の穴井隆将に指導2を取られ、指導1つ差で敗れて初出場初優勝はならなかった[8][9]。5月の体重別初戦では王子谷の大外刈を防ごうとした際に右肘の関節を脱臼して棄権負けとなった[10]。6月の学生優勝大会でも昨年に続いて2位に終わった。11月の講道館杯では準々決勝で新日鐵住金高橋和彦横四方固で敗れたが、その後の3位決定戦では今まで一度も勝てなかった同期のライバルである王子谷を指導1で破って3位になった[1]グランドスラム・東京では準々決勝で世界2位であるブラジルのラファエル・シルバに指導2で敗れたが、3位決定戦では九州電力七戸龍を反則勝ちで破って3位となった[1]。 4年の時には4月の全日本選手権準々決勝で王子谷に大外刈で敗れて5位にとどまった[11]。11月の講道館杯では初戦で筑波大学3年の橋高海人に有効で敗れたものの、グランプリ・青島ではオール一本勝ちしてIJFワールド柔道ツアー初優勝を飾った[12]。2015年2月のヨーロッパオープン・ローマでは優勝を果たした[13]。3月の東京都選手権では決勝で高橋を内股で破って2年ぶり2度目の優勝を飾った[14]

社会人時代編集

4月からはJRAの労務厚生課所属となった。体重別では準決勝で王子谷に有効で敗れたが、続く全日本選手権では準決勝で苦手にしていた同期のライバルである王子谷を指導3で破ると、決勝では七戸を有効で破り、今大会初優勝を飾ることになった。しかしながら、今大会で優勝してなおかつ国際大会でも一定の結果を残しながら、世界選手権代表には選出されなかった。なお、全日本代表チーム監督の井上康生から体重別と全日本選手権の両方を制しておかないと代表にはなれないとあらかじめ言われていたという[3][15][16]。6月には世界チャンピオンであるフランスのテディ・リネールが来日して乱取りを行ったが、うまく捌かれてほとんどいい組み手になることができなかったものの、今後の研究次第では全く太刀打ちできない相手でもないとの感触は得た[3]。7月のユニバーシアードでは他競技の選手や外国選手と一緒に過ごすオリンピックの予行演習の一環として出場すると、順当に優勝を飾った[17][18]。続くグランドスラム・チュメニ では、決勝で地元ロシアの選手に内股で一本勝ちするなどして優勝を飾った[19]。10月のグランドスラム・パリでは準々決勝で王子谷を指導2で破るなどして決勝まで進むと、ブラジルのダビド・モウラを内股で破って優勝を果たした[20][21]。12月のグランドスラム・東京では準決勝で京葉ガス上川大樹を指導3で破ると、決勝では世界選手権2大会連続銀メダリストになった七戸と対戦してお互い指導3が与えられたものの、GSに入ってから反則勝ちを収めて今年3度目のグランドスラム大会優勝を成し遂げ、これで国際大会6連勝となった。原沢を大学時代に指導していた日大柔道部監督の金野潤はこの一戦に関して、「勇気を持って近い間合いに飛び込んだ原沢に対し、その距離を嫌がる七戸が下がったことが、最後の「指導」に結びついた」と分析した。試合後のインタビューで原沢は、「今大会で七戸選手に勝って優勝したことで、オリンピックの代表争いの土俵に上がれたのではないかと思っています。」と述べると、七戸との差は「今は1馬身ぐらいですね。冬にまた勝てば追いつけます」と語った。一方で井上監督は、「直接対決で勝って並んだ。ここから彼らの戦いが始まる」との認識を示した[22][23][24][25][26]

2016年2月のグランドスラム・パリでは決勝でイスラエルのオル・サッソンを指導3で破って今大会2連覇、国際大会7連勝を成し遂げた[27]。4月の選抜体重別では準決勝で上川を隅落で破ると、決勝ではオリンピック代表争いのライバルとなる七戸を内股の有効で破って今大会初優勝を飾って、2016年リオデジャネイロオリンピック代表が有力となった[28][29]。続く全日本選手権では準決勝で上川に0-3の判定で敗れて3位にとどまり2連覇はならなかった。また、昨年の今大会から続いていた公式戦での連勝記録も37でストップした[30]。しかし、国際大会で7連勝していたことや、ライバルの七戸に4戦全勝していたことなどが評価されて、リオデジャネイロオリンピック代表に選出された[31][32]。この際に日本代表チーム監督の井上は、原沢の最大のライバルとなるリネールを攻略するためには「普通のことをやっていては勝てない。どうやって異常なことをやっていくか」との見方を示した[33]。5月にはウェイトトレーニングスクワットをしていた際に、半年に一回の割合で起こるという持病のぎっくり腰が再発して、一週間ほど安静にしていた[34]。それから間もなくして世界ランク上位選手が集まるワールドマスターズに出場するも、準々決勝でルーマニアのダニエル・ナテアから内股を返されて技ありを取られた後に裏投げで一本負けを喫するなどして3位に終わった。これにより、国際大会での連続優勝記録が7、対外国選手の連勝記録も31連勝で途切れた[35][36]。6月には実業団体に出場して2勝1分でチームの優勝に貢献した。団体で日本一になるのは今回が初めてのこととなった[37]。7月には日大主催の壮行会において、「日本柔道の再建を託されている。必ず金メダルを取って帰ってきたいと思います」とオリンピックへ向けた決意を語った[38]

8月のリオデジャネイロオリンピックでは初戦でジョージアのアダム・オクルアシビリを指導3で破ると、2回戦でアゼルバイジャンのウシャンギ・コカウリを大内刈で一本勝ち、3回戦ではキューバのアレックス・ガルシア・メンドーサを反則勝ちで破った。準決勝ではアブドゥロ・タングリエフから大内刈で有効を取った後も攻め続けると反則勝ちを収めた。決勝ではオリンピック2連覇を狙っていたリネールとの対戦になるが、開始僅か8秒で首抜きの指導を受けると、1分過ぎには極端な防御姿勢を取ったとして指導2まで与えられた。その後原沢は組みに行こうとするものの、リネールにまともに組ませてもらえず時間が推移していった。それでも終盤になって消極的なリネールに指導が与えられるも、その直後に原沢にも指導3が与えられた。この不可解な指導3はすぐに取り消されたが、相手の指導2に追いつくことができず試合終了となり銀メダルにとどまった。指導でリードして以降守りを固めて積極的に攻めて来ず、組み手争いに徹するリネールに観客からはブーイングが吹き荒れたものの、結局そのリネールを最後まで切り崩すことはできなかった。原沢は決勝について次のように振り返った。「後半で勝負をしようと思っていた。何回か組んで(技に)入れるかなというチャンスがあったし、組み際に狙おうかと思ったが、組み手も厳しかった。もつれ際に(相手の技を)返すとか、自分が帯を持って大内刈りとか、奇襲というか組み際の技を狙っていたけれど、うまくさばかれた」[39][40][41]。なお、今大会で審判を務めた大迫明伸によれば、事前の審判ミーティングにおいて今回は特別な大会であるオリンピックなので、選手に柔道をやる時間を今まで以上に与えるようにとの指示があったという。そのため、全体的には指導をいつもより遅く取るなどそれが守られていた。しかしながら、この決勝に限っては原沢に指導を与えるのが早すぎて、リネールが柔道で勝負しなくても良い状況を審判が作ってしまった。結論的に言えば、この試合は審判によるコントロールミスであったとの見解を示した。ジュリーも指導を取り消す権限があったのに敢えてそれを行使することはなかったことに疑問を覚えたともいう[42]。12月にはグランドスラム・東京に出場予定だったが、左腓腹筋内側頭筋損傷により出場を取りやめた[43]

オリンピック以来半年振りの試合となった2017年2月のグランプリ・デュッセルドルフでは準決勝まですべて一本勝ちするも、決勝では東海大学3年の影浦心に開始早々の大内刈を返されて技ありを取られると、その後ポイントを取り返せず2位に終わった[44][45]。4月の体重別では準決勝で影浦に技あり2つを取られて3位に終わった[46]。全日本選手権では3回戦で百瀬に開始30秒過ぎの送襟絞で敗れた。大会後、「試合で落とされた(意識を失った)のは初めて。(五輪後、負けが続いて)落ちるところまで落ちたので、来年、必ず強くなって帰ってきたい」とコメントした[47]。過去の実績により今大会で優勝した王子谷とともに世界選手権代表には選出された[48][49]。5月29日付けの世界ランキングではこの階級の日本選手として初めてとなる1位になった[50]。6月の実業団体では決勝で旭化成と対戦すると、代表戦で王子谷を大外返で破ってチームの優勝に貢献した[51]。9月の世界選手権では初戦で世界ランキング53位の伏兵であるオーストリアのステファン・ヘギにGSに入ってから指導2を取られて敗れた[52]世界団体では初戦のみの出場だったが勝利すると、その後チームも優勝を飾った[53]。なお、11月の世界選手権(無差別)に出場予定だったが、心身が慢性疲労となる「オーバートレーニング症候群」に陥った可能性があることから、出場を辞退した[54][55]。12月のグランドスラム・東京も同様の理由で出場を回避したが、大会後の国際合宿である東京キャンプには参加した[56]

2018年2月のグランドスラム・デュッセルドルフでは3回戦の技あり優勢勝ち以外全て一本勝ちして決勝まで進むが、王子谷との対戦では組み手争いが続く消極的な試合展開でお互いに指導3が与えられたことにより、両者反則負けを喫して2位にとどまった。2018年から新規導入されたIJFルールによる両者反則負けの適用第1号となった。この試合に関してIJFは、「両柔道家は闘う意図がなかった。最近、改定したルールにより、今回のような形で両者を処分できる」とコメントした[57][58][59]。3月には全日本選手権の東京予選に出場すると、準々決勝でそれまで2連敗していた影浦を反則勝ちで破るなど7試合オール一本勝ちで今大会3年ぶり3度目の優勝を飾った[60]。4月の体重別では準決勝で影浦を破るが、決勝では明治大学4年の小川雄勢にGSに入ってから反則負けを喫して2位だった[61]。続く全日本選手権では最初の2戦を一本勝ち、準々決勝で七戸に反則勝ち、準決勝では千葉県警加藤博剛を内股で破ると、決勝では王子谷をGS含めて9分16秒の戦いの末に反則勝ちするなど5試合オール一本勝ちして、今大会3年ぶり2度目の優勝を飾った。反則勝ち2試合が含まれるものの、今大会をオール一本勝ちで制したのは、1979年に優勝した山下泰裕以来39年ぶりのこととなった[62][63]。これにより、世界選手権代表にも選出された[64]。なお、4月いっぱいでJRAを退社して、5月からはフリーの身で2020年東京オリンピックを目指すことになった。普段の練習は日大で行うことになるという[65]。9月の世界選手権では最初の3試合を一本勝ちするも、準々決勝でウルジバヤル・ドゥレンバヤルに一本背負投で敗れた。その後の3位決定戦でウズベキスタンのベクムロド・オルティボエフを大外刈で破って3位になった。試合後には、「優勝を狙っていたので悔しいが、切り替えてメダルを獲れたのは次につながる」とコメントした[66][67]。続く世界団体では準決勝の韓国と北朝鮮の南北合同チーム戦で、個人戦でも破っているキム・ミンジョンに反則勝ちすると、決勝のフランス戦ではリオデジャネイロオリンピック100kg級3位のシリル・マレを技ありで破ってチームの優勝に貢献した[68][69]。11月のグランドスラム・大阪では2回戦でモンゴルのナイダン・ツブシンバヤルに技ありで敗れた[70]

2019年2月のグランドスラム・パリでは準々決勝でアゼルバイジャンのウシャンギ・コカウリを内股、準決勝でオランダのヘンク・フロルを横四方固で破るも、決勝で韓国の金成民隅落で敗れて2位にとどまった。この際に、「決勝は自分の形になり切れていないところで、技をかけ急いでしまった。(過去に)2回優勝している大会でいい結果を望んでいたが、そううまくはいかない」とコメントした[71]。続くグランドスラム・デュッセルドルフでは準々決勝で昨年の世界選手権で敗れたウルジバヤルを内股、準決勝でフロルを大内刈でそれぞれ破ると、決勝ではロシアのイナル・タソエフを内股で破って、3年ぶりとなる国際大会の優勝を飾った。試合後には、「何としてもこの大会は優勝したかった。良かった」とコメントした。同郷で1学年上の大野将平の手助けもあって、年明けから大野の拠点でもある天理大学で出稽古を積み、元世界チャンピオンの穴井隆将に大外刈を指導されるなど天理大学特有の正統派柔道を学んだ成果が今大会で現れたという[72][73][74][75]。JRAを退職後はフリーの身であったが、2019年4月から三重県津市に本店を置く百五銀行の所属に決まった。3年間の嘱託契約で、普段の練習拠点は日大となる。2021年に三重県で開催される国体要員を求めていた銀行側からのアプローチを受けた格好となった。なお、所属先を決めるにあたっては、株式会社スポーツビズのキャリア支援事業部門であるGAHER事業部のキャリアサポート業務を活用した[76][77]。4月の体重別では準決勝で王子谷に反則勝ち、決勝でも大学の3年後輩である日本製鉄佐藤和哉を10分21秒もの戦いの末に反則勝ちして、今大会3年ぶり2度目の優勝を飾った[78][79]。続く全日本選手権では最初の2戦を一本勝ちするも、準々決勝で東海大学4年の太田彪雅にGSに入ってから袖釣込腰の技ありで敗れた。しかし、国際大会などの実績により世界選手権代表に選出された[80][81]。7月のグランプリ・モントリオールでは準決勝でモウラを内股で破るなど全て一本勝ちして決勝まで進み、リオデジャネイロオリンピック以来3年ぶりにリネールと対戦すると、互いに指導2が与えられるも、GSに入ってから大外刈で技ありを取られて2位にとどまった[82]。続くグランプリ・ザグレブでは準決勝まで全て一本勝ちすると、決勝では世界ジュニアチャンピオンであるジョージアのゲラ・ザアリシビリをGSに入ってから小内刈の技ありで一旦は破ったかに思えたが、その判定を取り消された直後に帯取返で一本負けを喫して2位に終わった[83][84][85]。8月に東京で開催された世界選手権では3回戦でモンゴルのナイダン・ツブシンバヤルを小内刈、準々決勝でシルバに反則勝ちすると、準決勝では世界チャンピオンであるジョージアのグラム・ツシシビリも合技で破ったが、決勝ではリオデジャネイロオリンピック100㎏級金メダリストであるルカシュ・クルパレクに8分近い戦いの末に反則負けを喫して2位に終わった[86]。この際に、「ヤマ場だと思っていた準決勝を乗り越えて、勢いでいこうと思ったが、組んでからの具体的なプランがなかった」と語った。全柔連会長の山下泰裕も、「攻めることはリスクはあるが、リスクをとって勝負に出ないと勝利はつかめない」と指摘した[87][88]

世界ランキング編集

IJF世界ランキングは4940ポイント獲得で3位(19/8/2現在)[89]

  • 世界ランキングの年度別変遷
2013年 2014年 2015年 2016年 2017年 2018年
順位 50 21 4 2 28 19

(出典[1]JudoInside.com)。

戦績編集

(出典[1]JudoInside.com)。

有力選手との対戦成績編集

脚注編集

  1. ^ a b c d e f g h 「柔道全日本強化選手名鑑 2018」近代柔道 ベースボールマガジン社、2018年4月号
  2. ^ リオ柔道「銀」原沢の弟・原沢侑高、188センチ“大型新人”が俳優活動開始 スポーツ報知
  3. ^ a b c d 「スペシャルインタビュー 原沢久喜」近代柔道 ベースボールマガジン社、2015年8月号
  4. ^ 学生紹介|原沢 久喜選手情報|日本大学柔道部
  5. ^ 東海大が史上初の5連覇 全日本学生優勝大会 MSN産経ニュース 2012年6月24日
  6. ^ 新星原沢初V!知らぬ間に「強く」/柔道 日刊スポーツ 2012年9月30日
  7. ^ 伸び盛りの20歳が頂点=講道館杯柔道 時事通信 2012年11月11日
  8. ^ 初出場初優勝目前で敗れる 原沢 MSN産経ニュース 2013年4月29日
  9. ^ 原沢、初出場で健闘=全日本柔道 時事通信 2013年4月29日
  10. ^ 原沢が右肘脱臼=全日本選抜体重別柔道 時事通信 2013年5月12日
  11. ^ 21歳の王子谷が初優勝 決勝で上川に一本勝ち MSN産経ニュース 2014年4月6日
  12. ^ 原沢が優勝=柔道グランプリ 時事通信 2014年11月21日
  13. ^ 男子日本勢、4階級で優勝=柔道 時事通信 2015年2月16日
  14. ^ 原沢が2年ぶりV!決勝“得意技”で一本 柔道東京都選手権 スポーツニッポン 2015年3月9日
  15. ^ 原沢が初優勝=決勝で七戸に快勝-全日本柔道 時事通信 2015年4月29日
  16. ^ 原沢“馬力”発揮で初V!リオ五輪代表レースに名乗り スポーツニッポン 2015年4月30日
  17. ^ 柔道の原沢、朝比奈が金 ユニバーシアード 日刊スポーツ 2015年7月4日
  18. ^ リオ五輪へつなげる金=原沢、冷静な判断奏功-ユニバーシアード・柔道 時事通信 2015年7月4日
  19. ^ 原沢、田知本遥ら優勝/柔道 サンケイスポーツ 2015年7月20日
  20. ^ 原沢、田知本遥が優勝=柔道グランドスラム 時事通信 2015年10月19日
  21. ^ Paris Grand Slam 2015, France - DAY 2
  22. ^ 原沢、七戸龍破り初V…男子100キロ超級 読売新聞 2015年12月6日
  23. ^ 原沢久喜「目標はリオ」上川、七戸を破り優勝 日刊スポーツ 2015年12月6日
  24. ^ 原沢 ライバル七戸に3戦全勝で代表争い「並んだ」 スポーツニッポン 2015年12月7日
  25. ^ 【金野潤氏分析】飛び込んだ原沢「間合い」が勝負分けた スポーツニッポン、2015年12月7日
  26. ^ 優勝選手インタビュー 男子100kg超級 原沢久喜
  27. ^ 原沢、西山、田知本愛がV 柔道GSパリ大会最終日 産経新聞 2016年2月8日
  28. ^ 原沢久喜が七戸を撃破100キロ超級で初優勝 柔道 日刊スポーツ 2016年4月2日
  29. ^ 力、技、戦略で圧倒=リオへ視界良好の原沢-選抜体重別柔道 時事通信 2016年4月2日
  30. ^ 王子谷が2年ぶり優勝=原沢、七戸は準決勝敗退-全日本柔道 時事通信 2016年4月29日
  31. ^ 柔道男子100キロ超、原沢久喜が初の代表に 読売新聞 2016年4月29日
  32. ^ 柔道・男子100キロ超級 五輪代表は原沢 NHK 2016年4月29日
  33. ^ 日本柔道、最重量級の復権はあるか強豪が待つリオへ、原沢には変化が必要 2016年4月30日
  34. ^ 柔道・原沢 持病のぎっくり腰で調整に不安 東京スポーツ 2016年5月24日
  35. ^ 【柔道】原沢、国際大会連続優勝“7”で止まった スポーツ報知 2016年5月31日
  36. ^ World Judo Masters 2016 - Guadalajara, Mexico
  37. ^ 柔道・原沢リオへ復調団体V デイリースポーツ
  38. ^ 原沢「柔道の再建を託された、必ず金メダル」 読売新聞 2016年7月18日
  39. ^ 五輪柔道 異様な大ブーイング、銀メダル原沢久喜の妹「ちょっとうれしくて共感」 産経新聞 2016年8月13日
  40. ^ ニッポン柔道重量級、復活の狼煙  原沢・銀も絶対王者への挑戦は続く 2016年8月13日
  41. ^ 実況アナウンサーも感情的になった「技なき柔道」 2016年8月28日
  42. ^ 「審判員から見たリオ五輪」近代柔道 ベースボールマガジン社、2016年11月号 40-41頁
  43. ^ リオメダリストの大野、原沢らが負傷欠場/柔道 サンケイスポーツ 2016年11月29日
  44. ^ 男子100キロ超級、影浦が原沢破りV 柔道GP大会 日本経済新聞 2017年2月27日
  45. ^ 柔道国際大会 男子100キロ超 影浦が日本勢対決制し優勝 NHK 2017年2月27日
  46. ^ 平成29年全日本選抜柔道体重別選手権大会
  47. ^ 王子谷、世界選手権初切符!桂治以来12年ぶり流血連覇/柔道 サンケイスポーツ 2017年4月30日
  48. ^ 平成29年全日本柔道選手権大会[リンク切れ]
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  50. ^ World ranking list: 29 May 2017
  51. ^ リオ五輪銀の原沢が全日本優勝の王子谷に一本勝ち
  52. ^ リオ銀の原沢が初戦敗退「情けない。本当に何をやっているんだ、という感じ」/柔道 サンケイスポーツ 2017年9月2日
  53. ^ 日本が男女混合団体で金メダル 決勝でブラジルを圧倒 産経新聞
  54. ^ 日本代表に王子谷剛志、朝比奈沙羅らを選出 柔道 日刊スポーツ 2017年10月11日
  55. ^ 【柔道】原沢久喜は心身の慢性疲労、井上康生監督「オーバートレーニング症候群の一種」 サンケイスポーツ 2017年10月17日
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  58. ^ 【柔道】GS大会異例の幕切れ 両者反則負けの準優勝、当事者は「もやもやしている」 産経新聞 2018年2月26日
  59. ^ 26 countries finish with medals in Germany
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  61. ^ 平成30年全日本選抜柔道体重別選手権大会
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  64. ^ 柔道・小川ジュニア初の世界切符、世界選手権&アジア大会代表発表 デイリースポーツ 2018年4月29日
  65. ^ 原沢久喜がJRA退社へ、フリーで東京五輪目指す - 柔道 日刊スポーツ 2018年4月16日
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  70. ^ 世界選手権代表の小川雄勢、原沢久喜が2回戦敗退 小川は左太もも負傷「ブチッと音が鳴った」 時事通信 2018年11月25日
  71. ^ 大野陽子が金「すごく勝ちにこだわった」 柔道GS 日刊スポーツ 2019年2月11日
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  74. ^ 原沢久喜が帰国、GS優勝は天理大への出稽古の成果/柔道 サンケイスポーツ 2019年2月26日
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  86. ^ World Judo Championships 2019
  87. ^ 原沢久喜銀メダル「悔しい」 スタミナ切れで反則負け デイリースポーツ 2019年9月1日
  88. ^ 山下泰裕会長「リスクとって勝負を」100キロ超級V逸の原沢久喜に叱咤 デイリースポーツ 2019年9月1日
  89. ^ World ranking list

外部リンク編集