友永翔太

日本の元プロ野球選手

友永 翔太(ともなが しょうた、1991年4月1日 - )は、神奈川県秦野市出身[1]の元プロ野球選手外野手)、起業家ラジオパーソナリティ。右投左打。

友永 翔太
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中日選手時代の2016年8月12日 阪神鳴尾浜球場にて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 神奈川県秦野市
生年月日 (1991-04-01) 1991年4月1日(29歳)
身長
体重
170 cm
76 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 外野手
プロ入り 2014年 ドラフト3位
初出場 2015年4月24日
最終出場 2019年8月14日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

実父は俳優内田潤一郎で、自身も東海大相模高校への在学中まで内田姓を名乗っていたが、両親の離婚を機に苗字を母方の友永姓へ変更した。

経歴編集

プロ入り前編集

秦野市立本町小学校から本町中学校へ進学[2]。中学生時代には、「秦野リトルシニア」に所属していた[3]

東海大相模高校では、硬式野球部の1学年先輩に菅野智之田中広輔、同期に大田泰示角晃多がいた。2年時の夏には全国高等学校野球選手権神奈川大会、3年時の夏には第90回全国高等学校野球選手権北神奈川大会で決勝まで進出したが、甲子園球場の全国大会と無縁[1]のまま国際武道大学へ進学した。

国際武道大学野球部には遊撃手として入部した[4]が、2年時の途中から外野手に転向[1]千葉県大学野球のリーグ戦では、2年時と3年時の秋季に、外野手としてベストナインに選ばれた[4]。チームが春秋連覇を達成した4年時には、明治神宮野球大会全日本大学野球選手権大会にも出場したが、いずれも初戦で敗退した。野球部での同期に、西野真弘がいる。

大学卒業後の2013年日本通運へ入社すると、背番号0を着用しながら[4]、1年目から「1番・中堅手」としてレギュラーに定着。2年目の2014年には、JABA東北大会で敢闘賞を受賞する[5]と、かずさマジックの補強選手として第85回都市対抗野球大会に出場した。

2014年10月23日に開催されたNPBドラフト会議で、中日ドラゴンズから3巡目で指名[6]。契約金5,500万円、年俸1,000万円(金額は推定)という条件で入団する[1][7]と、中日の新人選手では1998年福留孝介以来16年振りに、背番号1を与えられた[8]

なお、ドラフト会議直後(2014年10月29日)の時点では、社会人野球の公式戦で通算打率.300(110打数33安打)をマーク[4]。日本通運の外野手として出場した11月の第40回社会人野球日本選手権大会では、バイタルネットとの初戦で、5打数5安打4打点を記録した[9]。さらに、この年の社会人野球ベストナインに外野手として選ばれている[10][11]

中日時代編集

2015年には、開幕一軍入りを逃したものの、4月24日の対横浜DeNAベイスターズ戦(横浜スタジアム)4回表に代打で一軍公式戦にデビュー。7月5日の対読売ジャイアンツ戦(ナゴヤドーム)に「2番・中堅手」としてスタメンに起用されると、1回裏に菅野から一軍公式戦初安打を放ったほか、初盗塁を記録した[12]。また、二軍のウエスタン・リーグ公式戦には、112試合の出場で最終規定打席に到達。リーグ12位の打率.231、1本塁打、リーグ3位タイの12盗塁を記録した[13]ほか、7月に倉敷マスカットスタジアムで開催予定のフレッシュオールスターゲームでは、同リーグ選抜の「1番・中堅手」としてスタメンに起用されることが発表されていた[14](実際には悪天候のため中止)。一軍公式戦では前述の1安打だけに終わったため、シーズン終了後の契約交渉では、野球協約で定められた減俸率の上限(25%)を翌2016年の年俸へ適用することを球団側から提示。この提示を受け入れた末に、推定年俸750万円という条件で契約を更改した[15]

2016年には、前年に出場を予定していたフレッシュオールスターゲーム(倉敷マスカットスタジアム)に、ウエスタン・リーグ選抜の「3番・中堅手」としてフル出場[16]。同リーグの公式戦では、5月度の月間MVPを受賞した[17]ほか、2年連続の最終規定打席到達(88試合出場)でリーグ9位の打率.266を記録した[18]。しかし、一軍公式戦では12試合の出場で2安打を放っただけで、シーズン終了後に現状維持(推定年俸750万円)という条件で契約を更改した[19]

2017年には、ウエスタン・リーグ公式戦で、チーム最多の106試合に出場。3年連続でリーグの最終規定打席へ到達するとともに、リーグ8位の打率.269を記録した[20]。一軍公式戦では、10月1日の対東京ヤクルトスワローズ戦(明治神宮野球場)に「9番・左翼手」としてスタメンに起用。3回表の打席で適時二塁打を放ったことによって、一軍公式戦での初打点を挙げた[21]。シーズン終了後に、推定年俸700万円(前年から50万円減)という条件で契約を更改。

2018年には、ウエスタン・リーグ公式戦89試合で打率.184をマーク。入団後初めて最終規定打席に到達しなかったほか、一軍公式戦への出場機会もなかったため、シーズン終了後に背番号を62へ変更した[22]

2019年には、ウエスタン・リーグ公式戦89試合で打率.259、3本塁打、7盗塁をマーク。5月中旬からは2年振りに一軍へ昇格した[23]が、一軍公式戦では10試合の出場で1本の安打も放てないまま、10月1日に球団から戦力外通告[24]

中日退団後編集

他球団での現役続行を希望したことから、2019年11月12日には12球団合同トライアウト大阪シティ信用金庫スタジアム)に参加した[25]が、4打席無安打に終わった[26]。後にどの球団からも獲得のオファーがなかったことから、現役からの引退を決断した。同月30日には、この年から始まったワールドトライアウト明治神宮野球場)に参加。「現役最後の試合」として臨んだ[27]にもかかわらず、1試合目に犠飛と右前適時打[28]、2試合目に適時三塁打で2打点ずつ挙げた[25]ほか、2試合目では二塁の守備にも就いた[25]12月2日に、NPBから自由契約選手として公示[29]

なお、中日から戦力外通告を受けてからは、『プロ野球戦力外通告・クビを宣告された男達』(TBSテレビ)のスタッフが友永に密着取材。2019年12月30日には、その模様が全国ネットで放送されるとともに、起業を視野に活動していることが伝えられた[27]

現役引退後編集

2020年1月末に、株式会社RESKA(レスカ)を設立。中日の本拠地である名古屋市内でブライダルサロンを運営しているほか、かねてから関心のあったアパレルブランドの立ち上げや、マンツーマン方式による野球教室の運営を計画している[30][31]。同年4月には、RESKAの経営と並行しながら、1ヶ月限定でウーバーイーツの配達員(名古屋市内を自転車で配達するアルバイトスタッフ)を務めたことで注目された[32]詳細後述)。その一方で、みらいくーる(芸能プロダクション)とマネジメント契約を締結。同年5月からは、『友永翔太のENJOY LIFE』(MID-FMで毎週火曜日に放送される冠番組)のパーソナリティも務めている[33]

選手としての特徴編集

身長は170cmで、中日へ入団した時点では、当時所属していた選手で最も低かった[1]

手動計測ながら50m走で最速5秒8を計測した[34]ほどの俊足の持ち主で、中日へ入団する際にも「足に自信があります」と語っていた[35]。また、高校時代までは主に内野手として起用されていたため、中日へ入団するまでにバッテリー以外の全ポジションを守った経験を持つ[4]

中日への入団後は、二軍でレギュラーに定着したものの、打撃面での勝負弱さを自認。首脳陣からは西川遥輝中島卓也のような左打者を目指すよう勧められていた[19]が、年俸の増額を勝ち取るほどの活躍に至らないまま、入団5年目に戦力外通告を受けた。現役からの引退を経て起業家に転身した後には、現役時代の自身について、「(球団の関係者などから)さまざまなアドバイスをいただけたのはありがたいですが、『これだけは変えない』という芯がなかったので、変な意味で『イエスマン』になってしまった。芯がないと、プロでは生きていけない(ことを実感した)」と述懐している[30]

人物編集

高校時代に両親が離婚してからは、実母に育てられたほか、祖父から学費の援助を受けていた。中日からの戦力外通告後に12球団合同トライアウトへ参加したのも、実母と祖父の後押しによる。トライアウトの直前に祖父が急逝したため、祖父の葬儀で「必ずいい結果を報告します」と霊前に約束したが、思うような結果を残せずに引退を決意。ワールドトライアウトの終了後に実母へ引退を報告すると、「プロ野球は終わりますけど、僕自身は終わらない」という心構えの下に、起業への準備を始めた[27]。起業に際しては、「中日時代の後年は、秋が近付くたびに戦力外通告の恐怖が頭をよぎって、野球に集中できなかった」という自身の経験から、「(同じような境遇にある現役選手に)セカンドキャリアの見本を身をもって示すことで、引退後の不安を少しでも無くしたい」との思いが込められている[30]

現役を引退してから最初に設立した会社に「RESKA(レスカ)」と名付けたのは、「SNSのユーザーネームを決める際に、目の前にレスカ(レモンスカッシュ)があった」という高校時代のエピソードに、"Restart Keen Attack"(「人生の再出発に勢いよく挑戦していきたい」という意味の英語)を重ねたことによるという[30]。もっとも、設立のタイミングが新型コロナウイルスへの感染拡大と重なった影響で開店休業状態に陥ったことから、ウーバーイーツに配達員として登録。1ヶ月限定ながら、週3 - 4日のペースで、1日当たり30 - 40kmの道程を自転車で配達していた[36]。「人生経験」を兼ねた1ヶ月限定のアルバイトであったため、勤務期間の終了後には、新型コロナウイルス感染拡大の影響で日本国内での供給量が不足していたマスク1000枚を配達報酬の全額で購入したうえで、名古屋養育院(中日の選手時代に訪問していた名古屋市内の児童養護施設)へ寄付。寄付を公表した直後に受けた取材では、「(今は)金銭感覚を(プロ野球選手から一般の社会人のレベルに)戻さなければいけないので、『100円を稼ぐことがどれだけ大変か』を知る必要があります。その(大変さを知りなから稼いだ)お金でマスクを買うことは他人のためです」と説明している[37]

詳細情報編集

年度別打撃成績編集

















































O
P
S
2015 中日 7 20 18 0 1 0 0 0 1 0 2 0 1 0 1 0 0 7 1 .056 .105 .056 .161
2016 12 10 9 2 2 0 0 0 2 0 0 0 1 0 0 0 0 4 0 .222 .222 .222 .444
2017 5 17 16 0 4 2 0 0 6 2 0 1 0 0 0 0 1 4 0 .250 .294 .375 .669
2019 10 10 9 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 4 0 .000 .100 .000 .100
NPB:4年 34 57 52 2 7 2 0 0 9 2 2 1 2 0 2 0 1 19 1 .135 .182 .173 .355

年度別守備成績編集



外野












2015 中日 4 2 0 0 0 1.000
2016 3 2 0 0 0 1.000
2017 4 8 0 0 0 1.000
2019 2 0 0 0 0 .---
通算 13 12 0 0 0 1.000

記録編集

背番号編集

  • 1 (2015年 - 2018年)
  • 62(2019年)

登場曲編集

  • 「#nofilter」CREAM(2015年 - 2019年、2016年から奇数打席のみ)
  • 「CHANGE (143 Remix)」CREAM(2016年 - 2019年、偶数打席)
  • 「BANG BANG BANG」BIGBANG(2016年 - 2019年、得点圏打撃時)

出演番組編集

現役引退後のレギュラー番組のみ記載。

  • 友永翔太のENJOY LIFE(MID-FM、2020年5月26日 - 、毎週火曜日19:00 - 19:30) - パーソナリティ

脚注編集

[脚注の使い方]
  1. ^ a b c d e 中日ドラフト3位友永「小さくても必ず活躍 nikkansports.com 紙面から2014年11月22日
  2. ^ 選手名鑑 中日ドラゴンズ 公式サイト
  3. ^ 秦野リトルシニア
  4. ^ a b c d e 友永翔太選手 中日ドラゴンズからドラフト3位指名を受ける 日本通運スポーツサイト
  5. ^ 2014年大会結果 投打がかみ合った東北大会 優勝にはあと一歩及ばず 日本通運野球部公式サイト
  6. ^ ドラフト会議速報 Vol.1 中日ドラゴンズ公式サイト 2014年10月23日
  7. ^ 2015年度新人選手入団発表 中日ドラゴンズ公式サイト 2014年12月11日掲載
  8. ^ 中日、今オフも背番号シャッフル10人超え日刊スポーツ 2014年12月2日
  9. ^ 打線爆発、16安打10得点! 投打がかみ合い初戦を突破 日本通運スポーツサイト
  10. ^ 社会人ベストナイン DeNAドラフト3位倉本らが選出スポーツニッポン 2014年12月4日
  11. ^ 2014年ベストナイン選考結果 公益財団法人日本野球連盟
  12. ^ 中日ルーキー友永、G菅野から初安打&初盗塁サンスポ 2015年7月5日
  13. ^ 2015年度 ウエスタン・リーグ個人打撃成績(規定打席以上)NPB日本野球機構
  14. ^ プロ野球フレッシュオールスターゲーム2015先発メンバーNPB日本野球機構
  15. ^ 中日友永750万で更改、制限いっぱい25%ダウン 日刊スポーツ 2015年11月12日
  16. ^ 2016年度フレッシュオールスター・ゲーム 試合結果NPB日本野球機構
  17. ^ 2016年5月度「ミズノ月間MVP賞」受賞選手NPB日本野球機構
  18. ^ 2016年度 ウエスタン・リーグ個人打撃成績(規定打席以上)NPB日本野球機構
  19. ^ a b 中日友永は現状維持、背番号1見合う活躍できず出直し 日刊スポーツ 2016年11月18日
  20. ^ 2017年度 ウエスタン・リーグ個人打撃成績(規定打席以上)NPB日本野球機構
  21. ^ 中日友永、3年目で初打点「このあとも積極的に」 日刊スポーツ 2017年10月1日
  22. ^ 来季背番号変更のお知らせ 中日ドラゴンズ公式サイト 2018年12月6日
  23. ^ 友永、井領に代わり1軍抜てき 総力戦だ与田竜野手22人目 東京中日スポーツ ドラニュース 2019年5月14日
  24. ^ 来季の契約について 中日ドラゴンズ公式サイト ドラゴンズニュース
  25. ^ a b c “清原和博監督の前で躍動、中日戦力外の友永「クビになった悔しさをぶつけました」”. Full-Count. (2019年12月1日). https://full-count.jp/2019/12/01/post620508/ 2019年12月5日閲覧。 
  26. ^ “[トライアウト]友永はアピール不発 4の0”. 中日スポーツ. (2019年11月12日). https://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/dragons/news/201911/CK2019111202100028.html 2019年12月5日閲覧。 
  27. ^ a b c 中日戦力外の友永、引退決断も起業目指して活動中「僕自身は終わらない」デイリースポーツ 2019年12月31日
  28. ^ “友永翔太(前中日)が1安打2打点の活躍で、別格のパフォーマンスを示す!!”. 高校野球ドットコム. (2019年11月30日). https://www.hb-nippon.com/news/36-hb-bsinfo/39496-bsinfo20191130002 2019年12月5日閲覧。 
  29. ^ 自由契約選手 2019年度 NPB日本野球機構
  30. ^ a b c d 元中日ドラフト3位、第2の人生は起業の道へ 抱き続けた現役時代の不安と後輩たちへの思いFullCount 2020年4月10日
  31. ^ 起業家に転身した元中日ドラフト3位野手 「5年でクビになった」と笑って語れるワケFullCount 2020年7月27日
  32. ^ 元中日選手友永翔太さん 宅配で元気届ける 収入は児童養護施設にタウンニュース秦野版 2020年5月15日
  33. ^ 友永翔太 マネジメントのお知らせみらいくーる 2020年5月25日
  34. ^ 中日ドラフト3位日本通運・友永 名刺代わり5安打4打点 スポーツニッポン 2014年11月5日
  35. ^ 2014年ドラフト入団選手 友永翔太中日ドラゴンズ公式サイト
  36. ^ 元中日選手友永翔太さん 宅配で元気届ける 収入は児童養護施設にタウンニュース秦野版 2020年5月15日
  37. ^ ウーバーイーツ宅配の収入で施設にマスク1000枚寄付 元中日友永さん「人の為にってすごい活力になる」中日スポーツ 2020年5月7日

関連項目編集

外部リンク編集