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友田 二郎(ともだ じろう、1891年9月10日[1][2] - 1969年)は、日本外交官。兵庫県会議員や但馬銀行監査役を務めた友田一郎の弟[2][3]。妻・盛子は子爵・曾我祐邦の二女[2][3]。長女・二三子は鳥取滋治郎の妻。憲仁親王妃久子は孫である。

人物編集

兵庫県城崎郡日高町江原(現・豊岡市)出身。俊蔵の二男[1]東京外語卒業[1]1915年外務省に入る[4]。終戦直後に退官した[4]。その後外務省研修所講師、宮内庁式部官を兼任した[4]1966年、勲三等瑞宝章を受賞した[4]。宗教は仏教[1]。著書に『国際儀礼とエチケット』がある。

脚注編集

  1. ^ a b c d 『大衆人事録 第12版』海外6頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年9月11日閲覧。
  2. ^ a b c 『人事興信録 第12版 下』ト64頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年7月4日閲覧。
  3. ^ a b 『人事興信録 第11版 下』ト82頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年7月4日閲覧。
  4. ^ a b c d 著者略歴、『国際儀礼とエチケット』。

参考文献編集

  • 帝国秘密探偵社編『大衆人事録 第12版』帝国秘密探偵社、1937年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第11版 下』人事興信所、1937-1939年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第12版 下』人事興信所、1940年。