反グローバリゼーション

ローザンヌでの反WEF(反ダボス会議)を訴える落書き。 La croissance est une folie (経済成長こそが狂気だ). (2005年)

反グローバリゼーション(はんグローバリゼーション、: Anti-globalization)または反グローバリズム: Anti-globalism)は、グローバリゼーションに反抗する主張や運動などを指す呼称。

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概要編集

反グローバリゼーションは必ずしも統一された理念や運動ではなく、グローバル資本主義に反抗する様々な理念や社会運動を包括した呼称である。こうした理念や運動は、環境・開発などのNGOや学生・労働者・農業団体などから幅広く支持を集めている。

反グローバリゼーションの嚆矢になった出来事は、1999年11月30日12月2日シアトルで開かれたWTO総会抗議デモである。この時期は、他にも2000年4月15日4月16日IMF年次総会抗議デモなど、ワシントンD.C.の世界機関(ワシントン・コンセンサス)が主導するグローバリゼーションに抗議するデモが特徴である。

2008年秋の世界同時不況でグローバル資本主義が臨界点に達し、2010年代後半には自由貿易など地球規模(グローバル)の枠組みや移民受入れを拒否し、自国第一(ドメスティック)を主張する風潮が表面化した。2016年6月24日、イギリスでは欧州連合からの離脱の是非を問う国民投票が行われ、移民流入制限などを唱えた離脱派が勝利した(ブレグジット)。2016年アメリカ合衆国大統領選挙で勝利したドナルド・トランプも、環太平洋連携協定(TPP)などの枠組みを拒否し、米国第一を掲げる保護主義的政策を打ち出した結果、グローバル化を嫌悪する有権者の投票を集めた。

しかしながら、反グローバリゼーションの烙印を押されたグループはしばしばこれを否定しており、その代わりに"Global Justice Movement" や"Movement of Movements"、または「下からのグローバリゼーション」といった用語を用いている。また、特にフランスでは、「もう一つの世界を志向する人たち」という意味で"Altermondialiste"(アルテルモンディアリステ、彼らの理念や行動はAltermondialisme―アルテルモンディアリスム)という用語も頻繁に使われる。「もう一つの世界は可能だ」をキャッチフレーズにする世界的運動として、2001年1月25日に発足した「世界社会フォーラム」が知られている。

活動編集

1990年代以降、国際会議の開催地に結集し、集会やデモンストレーションなどを行いグローバル化(globalization)に反対する[1]。反グローバリズム運動が広く注目されるようになったきっかけは、1999年シアトルで開催されたWTO閣僚会議(第3回世界貿易機関閣僚会議)の際に、人間の鎖による会場包囲で開会式が中止となり、約5万人が参加したデモの最中に一部暴徒化した参加者が商店を破壊し警察と衝突したことにより緊急事態宣言が出され、これが主要メディアで報道されたことによる[2]

識者の見解編集

特徴編集

経済学者伊藤元重は「グローバル化の動きが、世界の経済成長に大きな貢献をしたことは否定できない事実であるが、一方で国家間の格差を広げ、地球環境悪化の原因にもなっているという厳しい批判が出ている。批判は途上国の政府だけでなく、先進国のNPOのような市民団体も反グローバル化活動の中心となっている」と指摘している[3]

経済学者のジャグディーシュ・バグワティーは、反グローバル化運動の参加者たちは、新興国・途上国から低価格の商品が入ることで雇用が脅かされると懸念する先進国の労働組合関係者、グローバル化が地球環境を破壊すると主張する人々、グローバル化によって途上国の労働者が搾取されていると主張する人々、市場経済にそもそも反対な共産主義者など、さまざまなバックグラウンドをもっていると指摘している[4]

経済学者のジョセフ・E・スティグリッツは、グローバリゼーションの必要性は認めた上、反グローバリゼーションはむしろG8WTO合意などワシントン・コンセンサスに対する反対を示すものと見ている[5]

三橋貴明は一概に「自由」「保護」と区分できるわけではなく、ある国が置かれた環境も考慮すべきと述べている[6]

思想編集

経済学者の野口旭は、「反グローバリズム派によるグローバリズム批判は、国内経済・地域経済の自律性を確保すべきという性質を持っている[7]」「世界中の根強い『反グローバリズム』の根底にあるのは、自国の経済が貿易という捉えどころの無いものによって変えられていく嫌悪感なのかもしれない[8]」「グローバル化それ自体への感情的な反発は、ある種の排外主義と言わざるを得ない[9]」と指摘している。

野口は「グローバル化の中で、比較劣位の産業が厳しい構造調整を強いられてきた。絶えざる構造調整のしわ寄せを受け続けてきた労働者・農業生産者がグローバリゼーションを制限することで苦痛から逃れたいと運動することは、当事者にとっては当然の行動である」と指摘している[10]

中野剛志は、2008年9月15日リーマン・ショックによる世界同時不況ユーロバブルが崩壊すると、ギリシャデフォルト問題が生じたが、EUは財政的に統合されていないため、ドイツなどの財政上余裕がある国の判断でデフォルトの救済が決定した[11]。その際にドイツ国民がギリシャ救済に拒否感を示したことについて、グローバル化にナショナリズムや民主主義が抵抗している構図であったと述べている。また、ブリュッセルに集まるヨーロッパのエリートにはコスモポリタンの伝統があり、グローバル化を推進したが、民主主義主体である一般層にはその国の文化や伝統に密接に関っており、そう簡単に国境を越えられず、フランスの農家・ジョゼ・ボヴェの例を出し、民主主義の民主的な声というのはアンチグローバル化であるとしている[12]

グローバリゼーションにそぐわない人々や、グローバリゼーションに反抗する人々の特徴として、内田樹は、「『ローカルな障壁』で擁護された社会的弱者と、『地に根づいた』人々」を挙げており[13]、「『地に根づいた』人々、例えば製造業の工場労働者のように、特定の業種に限られた技術で生計を立てて、生まれ故郷の地域社会で暮らしてきた人々は、グローバライズされた世界では、それ故に底辺に格付けされる。」と指摘している[14]


反論編集

野口旭は「グローバリゼーションの波はいくつか残っている『閉じられた社会』にも、二十一世紀の早い段階に必ず及んでくる。カール・マルクスはかつて、その過程を『資本の文明開化作用』と呼んだ。行うべきは、その作用を阻碍するのではなく、むしろ推進することである」と指摘している[9]

経済学者の八代尚宏は、「若者の雇用機会減少や賃金格差の拡大を改善するためには、政治的圧力のみならず、市場の活用を推進するべきである。世界的に貿易が拡大する中で、労働生産性・賃金の差の拡大が生じている。反グローバリズムを唱えても、世界の潮流から取り残されじり貧になるだけである」と指摘している[15]

脚注編集

  1. ^ 警察庁 2010年APECの成功に向けて 反グローバリズムを掲げる過激な勢力の脅威 活動が列挙されている。活動の背景や動機は書かれていない。
  2. ^ 反グローバリズムを掲げる団体による過激な行動北海道洞爺湖サミット開催成功に向けて、警察庁、2007年12月
  3. ^ 伊藤元重 『はじめての経済学〈上〉』 日本経済新聞出版社〈日経文庫〉、2004年、27頁。
  4. ^ 伊藤元重の新・日本経済「創造的破壊」論 TPP反対論に決定的に欠けている「マクロ」の視点ダイヤモンド・オンライン 2013年9月9日
  5. ^ 『世界を不幸にしたグローバリズムの正体』 p313、また「ル・モンド・ディプロマティーク」編集長イグナシオ・ラモネの2003年5月号巻頭言より。
  6. ^ 三橋貴明の「もう経済記事にはだまされない!」 第103回 自由貿易と経済成長(3/3)Klugクルーク 2011年5月26日
  7. ^ 野口旭 『グローバル経済を学ぶ』 筑摩書房〈ちくま新書〉、2007年、44頁。
  8. ^ 野口旭 『ゼロからわかる経済の基礎』 講談社〈講談社現代新書〉、2002年、204頁。
  9. ^ a b 野口旭 『経済論戦―いまここにある危機の虚像と実像』 日本評論社、2003年、319頁。
  10. ^ 野口旭 『グローバル経済を学ぶ』 筑摩書房〈ちくま新書〉、2007年、42頁。
  11. ^ 中野剛志・柴山桂太 『グローバル恐慌の真相』 127頁。
  12. ^ 中野剛志・柴山桂太 『グローバル恐慌の真相』 127、130-132頁。
  13. ^ 内田樹 公式ブログ 2013年6月7日掲載
  14. ^ 内田樹 公式ブログ 2016年12月7日掲載
  15. ^ 日本経済新聞社編 『経済学の巨人 危機と闘う-達人が読み解く先人の知恵』 日本経済新聞社〈日経ビジネス人文庫〉、2012年、66頁。

関連項目編集