古フランク語(こフランクご、: Oudfrankisch : Altfränkisch : Old Frankish)とは、古代フランク人の言語。西ゲルマン語に属し[1]、現在のオランダとその周辺に当たる地域[2]メロヴィング朝時代(7世紀以前)に使われた。フランク語ともいうが、現代のこれらの地域で用いられている言語などと区別するためにの字をつける。

フランク人はもと現在のオランダフランドルに住んでいたが、南に進出してフランク王国を建てた。のちに古フランク語は北部では古低フランク語英語版(古オランダ語 wikidata)となり[注釈 1]、南部(すなわちフランスの北半分[注釈 2])では古フランス語に取って代わられたが、この古フランス語、さらに現代フランス語にも大きな影響を遺したのである。

古フランク語は直接書き残されているものではなく、古フランス語への借用語と古低フランク語とから再建されたものである。

フランス語などへの影響 編集

フランス語にあるゲルマン語起源の単語のほとんど(英語からの借用語を除く)は古フランク語に由来し、かつて使われていたであろうラテン語俗ラテン語)の単語に取って代わったものも多い。例を下の表に示す。

古フランク語 古フランス語 現代フランス語 ラテン語 現代オランダ語 意味[英語]
*warding guardenc gardien (custōs) verweerder 保護・管理者[warden/guardian]
*skirmjan
(動詞)
escarmouche
(名詞)
escarmouche
(名詞)
(leve proelium)
(名詞)
schermutseling
(名詞)
小競り合い[skirmish]
*bera biere bière (cervīsia) bier ビール[beer]
*scoc
(名詞)
choc (名詞)
choquer (動詞)
choquer
(動詞)
(perculsus)
(名詞)
schok
(名詞)
ショック[to shock / shock]
*grappon
(動詞)
graper
(動詞)
graper
(動詞)
(comprehendo)
(動詞)
(be)grijpen
(動詞)
つかむ[to grasp <OFrk.]
理解する[to comprehend <Lat.]

英語にも(たいてい古フランス語を通じて)多くの古フランク語起源の単語がある:"random"、"standard"、"grape"、"stale" など。warden/guardianなどは同語源の単語が共存する「二重語」(古英語/古フランク語起源)の例である。

現代フランス語の有音のh(h aspiré)はフランク語起源であり、初期には発音されていた。

古フランク語はフランス語のみならずラテン語自体にも影響を与えた。フランク王国はイタリアをも支配下に置き、この時期に影響したものであろう。フランク起源のラテン語あるいはロマンス語の単語には次のようなものがある。

  • 古フランク語*sekjan > ラテン語sacire(見つめる、英語: "seek"と同語源)
  • 古フランク語*blanch > フランス語 blanc(女: blanche)、ティグリニャ語: biancoスペイン語: blancoポルトガル語: branco(白い、英語: "blank"と同語源)

ゲルマン語(特に古フランク語)起源でwを含む単語のほとんどは、ロマンス語ではguに変化している。例えば古フランク語werra(撃退する;英語"war"と同語源)は現代フランス語でguerre、イタリア語、スペイン語やポルトガル語ではguerra(戦い;ゲリラの語源)になっている。上に示したフランス語のgardienや、人名Guillaumeもその例("英語: William"も)。

脚注 編集

注釈 編集

  1. ^ 北部の古フランク語は古低フランク語からさらに現代オランダ語などの低地フランク語になる。
  2. ^ ロマンス語諸語のうち、フランスとスペインに古フランク語がある[2]。現代語フランス語のespion西: espíaespia: spiaと同根語で、語根spehōną から古フランク語spehōn とゴート語spaiha/spaihōn に分かれたと考えられる[3]ヴァルトブルク(英語)による異説(1944年)では、現代フランス語espion の起源は古フランク語から古フランス語espie を介したとする[3]

出典 編集

  1. ^ 上野 2016, p. 20, 「3.ゲルマン語起源」.
  2. ^ a b 上野 2016, p. 19, 「2.ロマンス語における他国語」.
  3. ^ a b 上野 2016, p. 20, 「3.1.1 東西ゴート語から(3)」.

関連項目 編集

参考文献 編集

脚注の典拠。主な執筆者名順。

  • 上野 貴史「ロマンス語語彙におけるゲルマン語の通時的影響 : 10世紀までのロマンス語語彙と古英語」『広島大学大学院文学研究科論集』第76巻、広島大学大学院文学研究科、東広島、2016年12月、17-40頁、doi:10.15027/42980ISSN 1347-7013国立国会図書館書誌ID:028216467 。別題「The Diachronic Influence of Germanic Languages on Romance Vocabulary : The Lexicography of Old English and the Romance Languages Prior to the 10th Century」。口頭「ロマンス語語彙におけるゲルマン語の通時的影響」に加筆・修正、初出は「欧州学フォーラム2016:ヨーロッパの言語と文化と社会」(創立10周年記念専門研究者会議・2016年8月7日・神戸市立六甲道勤労市民センター)。

関連資料 編集

本文の典拠ではない資料。分類内は出版年順。

日本語資料
  • 島岡 茂『ロマンス語の話』大学書林、1967年。
  • 直野 敦『ルーマニア語辞典』大学書林、1984年。
  • 小学館ロベール仏和大辞典編集委員会『小学館ロベール仏和大辞典』、小学館、1988年。
  • 山田 秀男『フランス語史』駿河台出版、2003年。
  • 寺崎 英樹『スペイン語史』大学書林、2011年。
洋書
  • Stürtz, H. Freunde Mainfränkischer Kunst und Geschichte and Gesellschaft für Fränkische Geschichte. Altfränkische Bilder und Wappenkalender. 19--, NCID AA11107180. フランコニアの古い絵画、紋章の歴史。フランコニア歴史協会、マイン・フランク語芸術・歴史友会(監修)
  • Frommhold, Georg(著)Der altfränkische Erbhof : ein Beitrag zur Erklärung des Begriffs der terra salica. 1938, Untersuchungen zur deutschen Staats- und Rechtsgeschichte Heft 148. Breslau:G. Märtin, M. & H. Marcus, NCID BA05691605. ドイツの州および法史問題研究シリーズ第148巻。
  • Wartburg, Walther von. Französisches etymologisches Wörterbuch, Basel, 1944.
  • Franck, Johannes ; Schützeichel, Rudolf. Altfränkische Grammatik : Laut- und Flexionslehre 2. Aufl. Freunde Mainfränkischer Kunst und Geschichte, with Gesellschaft für Fränkische Geschichte. Vandenhoeck & Ruprecht, 1971. NCID BA05155289. 古い古フランク語の文法:音韻論と語尾変化理論、第2版。フランコニア歴史協会、マイン・フランク語芸術・歴史友会(監修)。