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古今亭志ん生 (2代目)

日本の落語家

2代目古今亭 志ん生(ここんてい しんしょう、天保3年(1832年9月) - 明治22年(1889年11月24日)は、幕末・明治期に活躍した東京の落語家。本名、福原 常蔵。 3代目五明楼玉輔の叔父にあたり、志ん生の姉の夫が3代目金原亭馬生の門弟の初代金原亭馬きん。通称「お相撲」、「トバシヤ」(※巨漢だったことからお相撲といわれた、トバシヤに関してはヨタをとばしたということから)

2代目 古今亭 志ん生ここんてい しんしょう
本名 福原 常蔵
生年月日 1832年9月
没年月日 1889年11月24日
出身地 日本の旗 日本
師匠 初代古今亭志ん生
初代五明楼玉輔
名跡 1. 古今亭壽六
2. 初代五明楼今輔
3. 2代目古今亭志ん生(1866年 - 1889年)
活動期間 ? - 1889年
所属 三遊派
落語睦連

『講談落語今昔譚』には相生町の餅菓子屋の職人で力士を志し江戸に来る(実際姉を頼って江戸に来た)、近所に初代古今亭志ん生が住んでいたのが縁で門下になり寿六(壽六)と名乗った、初代志ん生死去に伴い初代五明楼玉輔の門に移り初代今輔(五明楼?)、その後慶応2年(1866年)、3年(1867年)ころ、2代目志ん生となった。

1880年には初代談洲楼燕枝初代三遊亭圓馬と共に「落語睦連」の社長に就任している。

1873年の落語番付に「盲ヘビ」と書かれたことに怒り版元に抗議したり1878年の寄席取締規則が発足された際的外れな批判をし拘束されたりと向こうみずなところもあった。

墓所は墨田区本久寺。

得意ネタに「人情噺ねずみ小僧」「桜田事件」「相撲伝」「桂川の仇討」。 弟子には大成したので3代目古今亭今輔3代目五明楼玉輔4代目五明楼玉輔雷門のち横目家助平(利倉常次郎)。

出典編集