古谷敏

日本の俳優、スーツアクター

古谷 敏(ふるや びん、1943年7月5日 - )は日本の俳優スーツアクター[1]。株式会社ビンプロモーション元代表取締役社長。シンビンプロモーション所属。東京都港区西麻布出身[1]。本名は同字異読の古谷 敏(ふるや さとし)[2]

ふるや びん
古谷 敏
古谷 敏
スペシウム光線のポーズをとる古谷敏(2019年ルイビルで開催されたギャラクシーコン英語版にて)
生年月日 (1943-07-05) 1943年7月5日(78歳)
出生地 日本の旗 日本東京都
民族 日本人
血液型 AB型
職業 俳優
活動期間 1961年 - 1968年
2008年 -
主な作品
ウルトラマン
ウルトラセブン
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特撮テレビドラマ『ウルトラQ』で「ケムール人」と「海底原人ラゴン」を、『ウルトラマン』で主役ヒーロー「ウルトラマン」をスーツアクターとして、『ウルトラセブン』でウルトラ警備隊の「アマギ隊員」を顔出しで演じ、ウルトラシリーズの初期を支えた一人として知られる。特にウルトラマンは、古谷の体形を前提としてデザインが確定した[3]

来歴編集

東京市麻布区(現・東京都港区西麻布)で、建具屋を営む家の五男として生まれた[4]東宝演劇学校卒業後の1960年、東宝撮影所に第15期ニューフェースで入社[5]。同期には二瓶正也らがいた。幾つかの作品に端役として出演し[4]1962年昭和37年)に東宝映画『吼えろ脱獄囚』(福田純監督)で正式に役者デビューする。当初は、いわゆる大部屋俳優の一人だった[5]

1965年(昭和40年)、東宝本社の指示で業務提携下の円谷プロダクションへ出向。特撮テレビ番組『ウルトラQ』(TBS)へのゲスト出演が、円谷プロ作品とテレビ作品へのデビューだった。顔出しの役だけでなく、当時は「ぬいぐるみ役者」などと称されていた着ぐるみに入るスーツアクターを務めたが、ケムール人役は身長181センチメートルで痩せていて8頭身という体形からオファーされた[4]。「こんなのに入るのは嫌だ」と渋ったが、撮影まで時間がないと頼まれて引き受けた[5]

1966年(昭和41年)、『ウルトラQ』の次回作として7月から放送開始した円谷プロの『ウルトラマン』(TBS)で、ウルトラマンのスーツアクターとして出演した。前作のケムール人やラゴンの役は苦しかった思い出しかなく気乗りしなかったが、ウルトラマンのデザインを務める成田亨から自宅に電話があり、想定している手足の長さや頭の小ささが「ビン(敏)さんじゃなくては駄目なんだ」と懇願され承諾。東京の新宿にあるウェットスーツ店で採寸し、翌日、佐々木明のアトリエに行き、石膏でマスクを型取りした[3]

1967年(昭和42年)、ウルトラシリーズの次回作『ウルトラセブン』(TBS)では、「顔の見える役」としてアマギ隊員役に抜擢される。前作の科学特捜隊の制服を羨ましく思っていただけに顔を出せることが嬉しく、「テレビを見てね」と実家や親戚に電話した。かつてのスーツアクターとしてセブンの動きにも関心が向き、時代劇殺陣で経験を積んだ上西弘次の演技を、力強く重みがあり、武士のようだと感じたと回想している[6]

『ウルトラセブン』放映開始から1カ月余り過ぎた頃、共演していた毒蝮三太夫とボウリングを楽しんだ後に話していた折、演技に精彩がないと指摘された。週刊誌に、アマギ隊員役への抜擢は『ウルトラマン』でのスーツアクター役への慰労と書かれたことに、俳優として評価されたわけではないと落ち込んでいたためであった。毒蝮に、ウルトラマンとしての演技に感動したファンを裏切ってはいけないと諭され、以後は発奮して、知的でスマートなアマギ隊員の役どころを確立した[7]

『ウルトラセブン』放映終了から一カ月後の1968年(昭和43年)10月、怪獣アトラクションショーやサイン会の主催会社「ビンプロモーション」を設立[8]。「アマギ隊員」役で司会をこなし、全国を興行する。1971年(昭和46年)には「株式会社ビンプロモーション」として法人化し、代表取締役社長に就任した(従兄弟も勤務するが、後に『ウルトラファイト』などに出演した姫野昭二が経営する関連他社へ移籍)。

1972年(昭和47年)、毒蝮三太夫夫妻に仲人を依頼し結婚。一男一女をもうける。第二次怪獣ブームのなか、各地で怪獣ショーを催し、舞台中継番組『突撃! ヒューマン!!』(日本テレビユニオン映画)では劇中アクションを担当。番組終了後も同作品のキャラクター興行を手掛けた。

怪獣ショーはスーパーマーケット出店ラッシュ時には客寄せのため好調で3億~4億円の年商があったが、1980年代に入ると集客力が落ち、1991年平成3年)にビンプロモーションを解散。それに伴い負債を抱える。他人に迷惑をかけたという申し訳なさから知人と連絡を絶ち、特撮番組で活躍した経歴を伏せてビル清掃会社で働いた[8]。表舞台から姿を消した為、一時は消息不明扱いで、死亡説等も伝えられた。

2007年(平成19年)、成田亨(当時は故人)の原画展を伝える新聞記事を見て会場を訪ね来場者名簿に記入して帰ると、未亡人から「ビンさんが来てくれるなんて」と涙声で電話がかかってきた。それがきっかけで数週間後、『ウルトラセブン』でアンヌ隊員を演じたひし美ゆり子から「ずっと捜していた」と連絡が入り[8]、科特隊員を演じた桜井浩子ら円谷プロ時代の関係者との連絡を再び取り合うようになる。それまで「ウルトラシリーズ」など出演作の再映を除き、本人があえて距離を置いていたため、長らくマスコミへの露出は無かったが、11月にひし美のブログで古谷の元気な姿が紹介された[9]

2008年(平成20年)、CSファミリー劇場で放送された『ウルトラセブン超百科』にナビゲーターとして出演。また同年には劇場映画『ギララの逆襲/洞爺湖サミット危機一発』(松竹)で俳優として復帰した。

2009年(平成21年)12月21日、初の自叙伝『ウルトラマンになった男』(小学館)を上梓し、これまで語られなかった『ウルトラマン』での苦労や思い、撮影の裏話等を初めて明かした。

2013年(平成23年)10月18日、『ウルトラマン』HD Remaster2.0 Blu-ray BOX II発売記念として六本木ヒルズで行われたイベントに『ウルトラマン』で共演した黒部進、桜井浩子、現・円谷プロ社長の大岡新一と共に出席し、47年ぶりにウルトラマンのスーツを着て登場した[10]

人物・エピソード編集

「ぬいぐるみ役者」としての初の仕事は、『ウルトラQ』で演じた宇宙人ケムール人と海底原人ラゴンだった[11]。両者は円谷特技プロの美術デザイナー(当時)である成田亨によってデザインされたものだが、長身の古谷が入ったことで成田の求めるイメージ通りのスマートなキャラクターとなり、彼を喜ばせた。

続く『ウルトラマン』での主役ヒーロー「ウルトラマン」役の抜擢は、このケムール人役で見せた古谷の長身痩躯に惚れ込んだ成田の、「ビンさんしかいない」との強い要望による。成田はウルトラマン役を演じてもらうため、何週間も直接、古谷と交渉し続けた末に口説き落としている。当初は断っていた古谷の側にも、当時は映画が斜陽になっていた時期なので、「テレビ出演はチャンスである」との考えがあった。また、祖母に後押しされて決心したが、演じるに際して円谷プロにスーツアクターの待遇を良くするよう、条件を出したという[11]

このウルトラマンのマスクは、古谷のライフマスクから採った石膏型を基に製作された[3](古谷自身は、最初期の、口の開閉するゴム表皮のマスク(通称Aタイプ)が一番顔にフィットしていたと語っている)。古谷としては当初、俳優としての「顔の見えない役」に対する複雑な感情があり、途中で何度か降板を考えたという。しかし、番組開始後には徐々に高まっていく子供たちのウルトラマンに対する反響に感動し、やがて全力で取り組んでいった[12]

古谷が演じた初代ウルトラマンの戦闘態勢は、上体を前屈させた独特の構えが大きな特徴である。この姿勢の理由については、満田かずほによる「ぬいぐるみ演技に不慣れな古谷が、火薬を使った撮影に腰がひけた姿勢になり、これが逆に“腰を落とし怪獣との間合いを取る”姿に見えて、結果的に定着した」との解釈がこれまでの定説であった。しかし、古谷本人によれば火薬を使った撮影に恐怖感もあったが、実際にはこの姿勢は演技上意図されたものであるほか、少年時代に見た映画『理由なき反抗』に出演していたジェームズ・ディーンがナイフを持った決闘シーンで見せた前傾姿勢を参考にしたもので[12]、これに古谷の長身を画面に収めるため、高野宏一特技監督からより前屈みになるよう指示されたことが加わり、古谷自身の演技意図によって最終的に完成したものであるという[13]。やや腰が引けた姿勢には、ウルトラマンは自分から攻撃せず、受け身で戦うというメッセージも込められている[14]

成田は次作『ウルトラセブン』でも主役ヒーローのウルトラセブン役を古谷に求めたが、俳優としてのこだわりから古谷はこれを固辞し、成田を残念がらせた。

ウルトラマンのぬいぐるみ役者時代の思い出と苦労話で「特に一番怖かったこと」として「水中撮影でマスクの中に入ってきた水が、密着しているスーツとマスクから抜けず、本番中におぼれた」というエピソードがある[12][15]

「撮影は過酷だった。特に怖いのが水と火。米国製ウェットスーツに手を加えたゴム製スーツに、大きな電池を内蔵した重い仮面を身につけていたが、水のシーンで頭まで沈んだら、仮面の中にどんどん水が入ってきて息ができなくなり、死ぬかと思った。今とは違って本物の火も撮影に使っていて、熱風がスーツの隙間から入ってきた。苦しくてもがいていたのに、『いい演技だね』と褒められたり、当時はスポーツドリンクもなかったから、脱水を防ぐために水道水とレモン、塩を用意していた。救急車を呼ばなかったのが奇跡と思えるほど過酷だった」

ウルトラマンには武器の設定がなく、飯島敏宏監督と高野宏一カメラマンと3人でスペシウム光線を考えた[15]。「スペシウム光線のこのポーズ、体に型を覚えさせるため1日300回、練習していた。誰にもできない型をやる、という俳優としての意地もあった。実は駅やホテルなど鏡があると今でもポーズを取ってしまう。昨年、米国のイベントに呼ばれて行ったら、サインを求める大行列が出来た」[16]

『ウルトラマン』放送当時は何人もの女性からモテたという[17]

2009年(平成21年)12月21日に、初の自叙伝『ウルトラマンになった男』(小学館)が出版された。これまで語られなかった苦労や思い、撮影の裏話などが初めて明かされている。2010年1月29日に行なわれた出版記念サイン会では『ウルトラマン』『ウルトラセブン』当時を知るファンが駆けつけ、「アマギ隊員に会えるなんて!」「もう光の国に帰らないで下さい」などと激励・握手攻めとなった[18]

2013年(平成25年)7月6日に予定していた70歳を祝う会では、200人の枠に応募者が殺到するという予想以上の反響から、大きな混乱を避けるために中止する事態となり、ブログで中止の報告と謝罪を行った。

出演作品編集

テレビドラマ作品編集

  • ウルトラQ(1966年、円谷プロ / TBS)
    • 第4話「マンモスフラワー」 - 皇居の野次馬 ※ノンクレジット
    • 第19話「2020年の挑戦」 - 誘拐怪人ケムール人
    • 第20話「海底原人ラゴン」 - 海底原人ラゴン
    • 第24話「ゴーガの像」 - 密輸団員・蜂(岩倉孫一郎の部下)※ノンクレジット
  • ウルトラマン(1966年 - 1967年、円谷プロ / TBS) - ウルトラマン
    • 第10話「謎の恐竜基地」(1966年) - ホテルの従業員 ※ノンクレジット
    • 第39話「さらばウルトラマン」(1967年) - ゾフィー ※ノンクレジット
  • 愛妻くん 第23話「妻をめとらば」(1966年、TBS / 日活
  • ウルトラセブン(1967年 - 1968年、円谷プロ / TBS) - アマギ隊員(レギュラー)
  • 怪奇大作戦 第10話「死を呼ぶ電波」(1968年、円谷プロ / TBS) - 全国運送経理課長・村木秋彦
  • 戦え! マイティジャック 第21話「亡霊の仮面をはぎとれ!」(1968年、円谷プロ / CX) - アップルの医師
  • チャンス 第4話「夢と欲望の彼方」(2010年、NHK
  • ウルトラゾーン 第12話「ラゴンの恩返し」(2011年、円谷プロ / tvk) - 昭夫

映画作品編集

※はノンクレジット出演

バラエティ出演編集

ラジオ出演編集

オリジナル作品編集

オリジナルビデオ編集

  • 電エースキック(2019年、リバートップ)
    • 電エースウェディング(2020年、リバートップ)※電エースキックの結末差し替えバージョン

舞台作品編集

  • 朗読劇『銀河鉄道の夜』(2010年 東京・永田町 星陵会館) - カムパネルラの父親
  • 朗読劇『星の王子さま』(2010年 東京・永田町 星陵会館) - 主演 サン = テグジュペリ、パイロット

※いずれも、スターワルツ作品 清水マリ、西塔紅美、水垣洋子土屋嘉男と共演

劇場アニメ作品編集

殺陣編集

著書編集

  • 『ウルトラマンになった男』(小学館)2009年12月21日発売

古谷敏(に該当する役)を演じた俳優編集

脚注編集

[脚注の使い方]
  1. ^ a b 【語る-人生の贈もの-】スーツアクター・俳優 古谷敏(1)ウルトラQ 遠い未来の2020年朝日新聞』朝刊2020年12月1日(文化・文芸面)2021年1月11日閲覧
  2. ^ 所属アーティスト |シンビンプロモーション”. 2021年3月24日閲覧。
  3. ^ a b c 【語る-人生の贈もの-】スーツアクター・俳優 古谷敏(3)「ウルトラマン 君しかいない」『朝日新聞』朝刊2020年12月3日(文化・文芸面)2021年1月11日閲覧
  4. ^ a b c “ウルトラマン、前屈みポーズは理由なき反抗 光線の意味”. 朝日新聞デジタル (朝日新聞社). (2020年12月30日). https://www.asahi.com/articles/ASNDR5RDFNDNUCLV006.html 2021年1月19日閲覧。 
  5. ^ a b c 【語る-人生の贈もの-】スーツアクター・俳優 古谷敏(2)宇宙人スーツ「入るの嫌だよ」『朝日新聞』朝刊2020年12月2日(文化・文芸面)2021年1月11日閲覧
  6. ^ 【語る-人生の贈もの-】スーツアクター・俳優 古谷敏(5)夢の隊員役 やっと顔出せる『朝日新聞』朝刊2020年12月8日(文化・文芸面)2021年1月11日閲覧
  7. ^ 【語る-人生の贈もの-】スーツアクター・俳優 古谷敏(6)ファンに恩返し 兄貴分の教え『朝日新聞』朝刊2020年12月8日(文化・文芸面)2021年2月11日閲覧
  8. ^ a b c 【語る-人生の贈もの-】スーツアクター・俳優 古谷敏(7)2007年 アンヌ隊員からの連絡『朝日新聞』朝刊2020年12月10日(文化・文芸面)2021年1月11日閲覧
  9. ^ アマギとアンヌの再会! - あれから40年…アンヌのひとりごと(2007年11月7日)2013年8月4日閲覧
  10. ^ [ウルトラマン]“ハヤタ隊員”と47年ぶり“再会”に感激の抱擁 マイナビニュース(2013年10月18日)2013年10月21日閲覧
  11. ^ a b 初代ウルトラマンの正体は鞍馬天狗? スーツアクター・古谷敏が演じた“弱さ”と“哀愁” ORICON NEWS(2019年1月16日)2021年1月11日閲覧
  12. ^ a b c 初代ウルトラマンの正体は鞍馬天狗? スーツアクター・古谷敏が演じた“弱さ”と“哀愁” 2ページ目 ORICON NEWS(2019年1月16日)2021年1月11日閲覧
  13. ^ 河崎実「第二章 過酷な撮影現場 ウルトラマンのポーズ」『ウルトラマンになった男』小学館、2009年12月26日、81-83頁。ISBN 978-4-09-387894-4
  14. ^ 【語る-人生の贈もの-】スーツアクター・俳優 古谷敏(4)「どうして殺す」涙流し闘った『朝日新聞』朝刊2020年12月4日(文化・文芸面)2021年1月11日閲覧
  15. ^ a b 三ツ木勝巳(あのとき それから)ウルトラマンシリーズ開始『朝日新聞』2014年3月3日
  16. ^ 日本経済新聞2014年(平成26年)1月1日付記事
  17. ^ 河崎実「珠玉の対談! ウルトラスタッフ」『ウルトラ THE BACK -ウルトラマンの背中-』秋田書店、2013年10月31日、158頁。ISBN 978-4-253-00926-3
  18. ^ 『朝日新聞』人物紹介記事「五線譜」2010年(平成22年)5月5日付
  19. ^ 怪獣好きは涙なしに笑えない!? ツボを押さえた怪獣バカ映画『ギララの逆襲 洞爺湖サミット危機一発』”. マイナビニュース (2008年7月25日). 2016年9月7日閲覧。
  20. ^ 映画「インターミッション」公式サイト
  21. ^ 「大仏廻国」2020年版が9月公開、新シーンに古谷敏と佐野史郎”. 映画ナタリー (2020年7月30日). 2020年7月30日閲覧。
  22. ^ 「ネズラ1964」に佐野史郎と古谷敏が出演、「いちファンとして楽しみ」”. 映画ナタリー (2020年11月30日). 2020年11月30日閲覧。
  23. ^ 激レアさんを連れてきた。 2020/02/15(土)22:10 の放送内容 ページ1”. TVでた蔵. ワイヤーアクション. 2020年2月20日閲覧。
  24. ^ Cast of 算法少女”. 2016年12月27日閲覧。

外部リンク編集