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古賀喜三郎

日本の軍人、教育者

古賀 喜三郎(こが きさぶろう、弘化2年(1845年)- 大正3年(1914年12月)は、日本海軍軍人海軍少佐)・教育者である。海城学園の創設者。

経歴編集

肥前国佐賀郡北川副村古賀(現佐賀県)に平尾吉左衛門、よしの次男として生まれ、20石取りの下級武士である古賀家の養子となる。佐賀藩の砲隊司令として奥羽追討の師に加わり、秋田の戦いに功績があって有栖川大総督宮から感状を下賜された[1]

1891年11月、私財を投じて有栖川宮を始めとする多くの皇族達の賛同を得て皇族と一緒に海軍予備校、後の海城学園を創設。以降、理事長兼校長として、数多くの将校を育てた。

家族 親族編集

参考文献編集

  • 江藤淳 『一族再会』 講談社 1988年 65-141頁
  • 川口素生 『小和田家の歴史―雅子妃殿下のご実家』 新人物往来社 2001年 171-172頁

脚注編集

  1. ^ 『一族再会』 77頁