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叶 れい子(かのう れいこ、本名:石田友紀子[1](いしだ ゆきこ)、1963年3月11日 - [1])は、奈良県桜井市生まれ[1]演歌歌手。旧芸名は叶麗子

叶れい子
出生名 石田友紀子
別名 叶麗子
生誕 (1963-03-11) 1963年3月11日(56歳)
出身地 日本の旗 日本奈良県桜井市
学歴 奈良県立榛原高等学校卒業
ジャンル 演歌
職業 歌手
担当楽器
活動期間 1985年 -
レーベル 徳間ジャパンコミュニケーションズ(1990年 - 1996年)
日本クラウン(2001年 - 2003年)
ホリデージャパン(2009年 - )
事務所 叶れい子音楽事務所
公式サイト 叶麗子ホームページ

来歴・人物編集

奈良県立榛原高等学校(現・奈良県立榛生昇陽高等学校)卒業後に三越に就職し、3年間OLとして勤務した。その後、盆踊りのカラオケ大会に出場した時の司会者松田清一にスカウトされて、叶麗子の芸名で歌手となったが、鳴かず飛ばずで歓楽街のどさ周りを続けるだけの時期が5年間ほど続き生活も困窮を極めていた[2]1988年新世界にあった松竹芸能の劇場「新花月」にて初舞台を踏み、観覧動員15人ほどであったが客席から初めておひねりを頂いた[3]。同地で人気が沸騰し、「通天閣の歌姫[4]」の異名を取る。

1990年、徳間ジャパン(現在の徳間ジャパンコミュニケーションズ)よりレコードデビュー。デビュー曲「通天閣人情」は岡千秋の作曲。月亭八方の発案で、同年から頭に通天閣の模型を載せて歌った[5]ことから度々メディアでも取り上げられるようになり、知名度を上げた。通天閣の下にある通天閣囲碁将棋センターにて土日に開催される「通天閣歌謡劇場」には彼女目当ての熱狂的なファンが詰め掛けた。「通天閣歌謡劇場」が閉鎖されるまでは1〜2ヶ月に1回(但し、同劇場は2部構成の為1日2回歌う)程度のペースで同劇場に出演していた。

「通天閣人情」は1年と4ヶ月で公称5万枚を売り上げたとされる[6]

1996年秋から1997年春に掛けて放送されたNHK朝の連続テレビ小説ふたりっ子」に登場したオーロラ輝子は彼女をモデルにしている。この縁で叶自身も「ダイナマイト玲子」の役名で同ドラマに出演し、また劇中歌「夫婦みち」を持ち歌に加えた。

横山やすしを慕っており、やすしの作詞した「忍」は彼女の心の拠り所となっている。

2005年12月、芸名を「叶麗子」から「叶れい子」へ改名した。「麗の画数が多くて書きにくい」という理由だったが、2010年代には元に戻している[7]

足に障害を負っていることでいじめにあった経験などから、2000年より歌手活動に並行して人権・福祉をテーマにした講演活動を行っている。

ディスコグラフィー編集

シングル編集

  1. 通天閣人情 c/w みれん桟橋 (1990年5月25日)
  2. 人生舞台 c/w ヤボになっちゃうよ(1992年1月25日)
  3. 忍(にん)c/w 人生すごろく(1996年5月7日)
  4. 酒場春秋 c/w 心(2001年4月25日)
  5. こころ c/w 酒場春秋(2003年6月25日)
  6. 浪花の歌姫 c/w しっかりしてや c/w 夫婦(めおと)みち(2009年12月23日)

著書編集

  • 心―お母ちゃん、生んでくれてありがとう(2000年12月、青幻舎)ISBN 978-4916094421

関連書籍編集

写真集編集

脚注編集

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  1. ^ a b c 下元信行『叶麗子物語―通天閣の歌姫伝説』35頁。
  2. ^ “(みちのものがたり)なにわの人情が息づくジャンジャン横丁:初めてつかんだ歌手の幸せ”. 朝日新聞 be on saturday: p. e1-2. (2016年1月23日). http://www.asahi.com/articles/DA3S12169911.html 2016年1月23日閲覧。 
  3. ^ 朝日新聞be 2016.
  4. ^ ““通天閣の歌姫”叶麗子、道頓堀から再出発”. 日刊スポーツ. (2014年12月19日). http://www.nikkansports.com/entertainment/news/f-et-tp0-20141219-1411114.html 2015年3月29日閲覧。 
  5. ^ NHK朝ドラ「ふたりっ子」の舞台 通天閣歌謡劇場が消える (6/7)」『週刊朝日』2013年7月15日号、dot.(ドット)2015年3月29日閲覧。
  6. ^ 下元信行『叶麗子物語―通天閣の歌姫伝説』204頁。
  7. ^ 熟メン!野村啓司です』(ラジオ大阪)2015年5月11日放送分より、本人談。

外部リンク編集