メインメニューを開く

司馬 達等(しば だっと・しば たちと・しば の たちと・しめ たちと、生没年不詳)は、飛鳥時代の人物。氏姓は鞍部村主(くらつくりのすぐり)あるいは鞍師首。子に鞍作多須奈(くらつくりたすな)、孫に仏師鞍作止利がいる。

出自編集

日本書紀雄略天皇条に記載される鞍部堅貴の一族[1]。一説には南梁の人とも言われる[2]

経歴編集

日本に仏教が公に伝わる(仏教公伝)以前から仏教を信仰していたとされる。『扶桑略記』によると、522年継体天皇16年)2月に日本に渡来し、大和国高市郡坂田原に草堂を結び、本尊を安置し帰依礼拝したという。

584年敏達天皇13年)播磨国高麗からの渡来僧で還俗していた恵便に、娘の嶋(善信尼)とその弟子2人を出家させたという。崇仏派の蘇我馬子が邸宅内に仏殿を建立し、請来した弥勒仏を安置した際には、仏舎利を献上し、また法会を開催したとされる。585年に排仏派の物部守屋は達等を面罵し、善信尼ら3人の法衣を剥奪して監禁したとされる。

脚注編集

  1. ^ 太田亮『姓氏家系大辞典』角川書店、1963年
  2. ^ 元亨釈書