吉田忠智

日本の政治家

吉田 忠智(よしだ ただとも、1956年3月7日 - )は、日本政治家立憲民主党所属の参議院議員(2期)。立憲民主大分県連代表[1]

吉田 忠智
よしだ ただとも
Tadatomo Yoshida in SL Square in 2017.jpg
2017年10月新橋駅前SL広場にて
生年月日 (1956-03-07) 1956年3月7日(66歳)
出生地 日本の旗 大分県臼杵市
出身校 九州大学農学部卒業
前職 自治労大分県職員連合労働組合委員長
大分県議会議員
所属政党社会民主党→)
立憲民主党吉田G
称号 農学士(九州大学1979年
サイン Yoshida-Tadatomo-Signature.png

選挙区 比例区
当選回数 2回
在任期間 2010年7月26日 - 2016年7月25日
2019年7月29日 - 現職

選挙区 大分市選挙区
当選回数 3回
在任期間 2000年 - 2010年4月

その他の職歴
Logo Social Democratic Party.svg 第4代 社会民主党党首
2013年10月14日 - 2018年2月25日
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自治労大分県職員連合労働組合委員長、大分県議会議員(3期)、県民クラブ幹事長社会民主党政策審議会長(第8代)、同党首(第4代)、同幹事長(第9代)などを歴任した。

経歴編集

生い立ち編集

1956年3月7日、大分県臼杵市生まれ。大分県立鶴崎工業高等学校に入り陸上選手を目指すも、膝の故障で断念し、進学に進路変更する(ランニングや筋力トレーニングは、議員となった今でも自彊術を取り入れつつ日課として続けている)[要出典]

1年の浪人生活を経て、九州大学農学部に入学し、卒業。大分県庁に農業土木の技術職員として入庁。労働組合活動を通じて、自治労大分県職員連合労働組合(大分県職労)で書記長、執行委員長を歴任[2]

県政にて編集

その後、国会へと転身した重野安正の後継として大分県議会議員となり3回当選[要出典]大分県議会では、決算特別委員会、福祉保健生活環境委員会、予算特別委員会にて副委員長を務めた[要出典]

2003年には、大分県議会の商工労働観光企業委員会にて委員長に就任した[要出典]。また、大分県議会の会派である「県民クラブ」にて、2008年より幹事長を務めた[2]

国政にて編集

 
2012年4月、社会民主党党首福島瑞穂(中央)とともに内閣府特命担当大臣(男女共同参画担当)中川正春(左)からポジティブ・アクション導入の検討を求める要請文を受領

2010年第22回参議院議員通常選挙社会民主党公認で比例区から立候補し、同党の候補者の中では福島瑞穂に次ぐ2位の個人票を集めて、初当選した。なお、大分県職労から大分県議、国会議員になった経歴は、村山富市、重野安正と同じである[要出典]

社会民主党の参議院議員団においては、2010年より参議院国会対策委員長を務め、2011年には参議院幹事長に就任するなど、要職を歴任した。2013年には、社民党本部の政策審議会長に就任した。

2013年9月26日、同年7月の第23回参議院議員通常選挙における社民党大敗の責任をとる形で党首を辞任した福島瑞穂の後任を決める党首選への出馬を表明した。同年10月14日、17年振りとなる党首選で石川大我を破って第4代党首に選出された[3]。党首就任後「脱原発」を訴える元内閣総理大臣小泉純一郎と電撃会談し、意見交換を行った[要出典]

2015年8月15日在日本大韓民国民団主催の第70周年光復節中央記念式典に出席した[4]

2016年7月10日に執行された第24回参議院議員通常選挙にて落選し、7月14日に社民党党首を引責辞任する意向を表明[5][6]。しかし、9月1日に開催された社民党常任幹事会での慰留を受け入れて非議員ながら党首を続投することとなった[7]

2018年1月に予定されていた社民党党首選挙には出馬せず、同年2月25日に任期満了に伴い退任した[8]

2019年7月21日に執行された第25回参議院議員通常選挙に比例区から出馬し、当選。3年ぶりに国政に復帰した。この選挙における社会民主党公認候補者唯一の当選者だった。

2020年2月22日の党大会において幹事長に選出された[9]。吉田らは立憲民主党との合流を模索し、同年11月14日の臨時党大会では希望する党員・地方組織の離党と立憲民主党への合流を容認する議案が可決[10]。12月17日に吉田は「離党して立憲民主に合流する。政治を正すためには質的にも量的にもしっかりした野党を作っていかなければならず、社会民主主義的な理念政策を立憲民主の中で広げていきたい」と述べ、立憲民主党へ合流することを正式表明した[11][12]。24日に吉田と副党首の吉川元は社民党に離党届を、立憲民主党に入党届を提出し、いずれも同日受理された[13]

2021年10月31日の第49回衆議院議員総選挙で立憲民主党は議席を「109」から「96」に減らし、11月2日、枝野幸男代表は引責辞任を表明[14]。枝野の辞任に伴う代表選挙(11月30日実施)では逢坂誠二の推薦人に名を連ねた[15]

活動編集

  • 1994年村山内閣が「自衛隊合憲」を表明した際、大分県職労書記長在任中であった吉田は、同郷で大分県職労出身の組織内議員だった村山を支える立場にいたことから、労組の会合で激しい批判にさらされたとされる[16]。なおこの件に関しては、社会民主党党首に就任後、報道の取材において「十分な議論や国民の理解を得ることなく政策転換し、社民党の議席を減らすことになった」と述べており、党が低迷する大きなきっかけをつくったのは、村山が首相当時に打ち出した「自衛隊合憲」だったとしている[16]
  • 第22回参議院選挙では、ソフトバンクモバイルのキャンペーン名と自身の名前の読みが同一であることに着目し、陣営では同キャンペーンを模したポスターを掲示する戦術を展開した[17][18]。なお、これについて、ソフトバンク側は同じ読みでも意味合いが全く違い問題ないとし、総務省も特定企業の宣伝にはならないという見解を示している[19]。その後ソフトバンク側も、「ただともの国を一緒に」というキャッチコピーでキャラクターを「選挙に出馬」させるCMを放送した。
  • 令和元年に行われた即位礼正殿の儀など一連の儀式に関して、社民党は、儀式について「君主制や神道の色彩を強く反映し、憲法上の疑義が残る」とのコメントを発表し批判的な立場を取る中[20]、吉田は社民党の国会議員では唯一出席した。なお儀式に出席するかの判断は個々の議員の判断に委ねられていた[21]

政策編集

役職編集

  • 大分県体育協会常務理事[2]
  • 大分県地方自治研究センター理事[2]
  • 大分モンゴル親善連絡事務所世話人[2]
  • 社会民主党大分県連合副代表[2]
  • 連合大分議員懇談会副幹事長[2]
  • 大分県自治体議員団会議幹事長[2]
  • 大分県ウエイトリフティング協会会長(2003年~)[2]
  • 大分県バンドテニス協会会長(2005年度~)[2]
  • 大分舞鶴高校ラグビー部後援会顧問(2004年度保護者会長)[2]
  • ネットワーク「地球村」会員(日本最大の環境NGO)[2]

所属団体・議員連盟編集

人物編集

  • 趣味:登山、旅行、映画鑑賞、読書、犬の散歩[2]
  • 家族:妻、長男、次男[2]

脚注編集

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注釈編集

出典編集

  1. ^ 「地方組織をしっかりと整備」立憲民主大分県連の吉田忠智新代表に聞く”. 大分合同新聞. 2022年8月27日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n 公式プロフィール[リンク切れ]
  3. ^ “社民党新党首に吉田氏を選出”. 産経新聞. (2013年10月14日). https://www.sankei.com/politics/news/131014/plt1310140005-n1.html 
  4. ^ 第70周年 光復節中央記念式典[リンク切れ] 東京韓国商工会議所
  5. ^ “社民・吉田党首、辞任の意向表明”. 日本経済新聞. (2016年7月14日). https://r.nikkei.com/article/DGXLASFS14H37_U6A710C1PP8000 2016年7月17日閲覧。 
  6. ^ “社民党・吉田忠智党首が辞意表明 参院選落選、議席減で引責”. 産経新聞. (2016年7月14日). https://www.sankei.com/politics/news/160714/plt1607140013-n1.html 
  7. ^ “参院選敗退の吉田忠智党首が辞意撤回し続投 存亡の危機社民党”. 産経新聞. (2016年9月1日). https://www.sankei.com/article/20160901-WYZSC7V3ERIHPEZWYRM3CVLJZQ/ 
  8. ^ “【政界徒然草】党首さえ決められず消滅寸前 「タダトモ」頼みの社民党に存在価値あるか”. 産経新聞. (2018年1月25日). https://www.sankei.com/article/20180125-ATZKG63TQZNEFLOJY4N5Z52NEQ/ 
  9. ^ “立憲との合流、慎重判断 党勢拡大に意欲―福島社民党首”. 時事通信社. (2020年2月23日). https://www.jiji.com/jc/article?k=2020022300138&g=pol 2020年12月24日閲覧。 
  10. ^ “社民党が事実上分裂 所属国会議員の残留は福島瑞穂党首のみ”. 毎日新聞. (2020年11月14日). https://mainichi.jp/articles/20201114/k00/00m/010/173000c 2020年12月24日閲覧。 
  11. ^ "社民の吉田、吉川両氏が合流表明 年内に立民へ". 中日新聞. 中日新聞社. 17 December 2020. 2020年12月24日閲覧
  12. ^ “社民・吉田幹事長と吉川副党首、24日に離党届提出 立憲に合流へ”. 毎日新聞. (2020年12月17日). https://mainichi.jp/articles/20201114/k00/00m/010/173000c 2020年12月24日閲覧。 
  13. ^ “元社民幹部2人が立民に入党 国会議員153人に”. 産経新聞. (2020年12月24日). https://www.sankei.com/article/20201224-LBKPFK73N5PFVH2MAH3ZC63GYM/ 2020年12月24日閲覧。 
  14. ^ 立民 枝野代表 辞任の意向表明 衆院選 議席減で引責”. NHK (2021年11月2日). 2021年11月2日閲覧。
  15. ^ “立憲代表選、4陣営の推薦人は計90人 国会議員の7割固まる”. 朝日新聞. (2021年11月19日). https://www.asahi.com/articles/ASPCM46VPPCMULEI002.html 2021年11月19日閲覧。 
  16. ^ a b “たそがれる護憲=社民弱体化で失速【戦後70年】”. 時事ドットコム (時事通信社). (2015年5月13日). http://www.jiji.com/jc/zc?k=201505/2015051300307&g=pol 2015年5月13日閲覧。 
  17. ^ “'10参院選おおいた:「ただとも」さん、比例代表で初当選”. 毎日新聞. (2010年7月13日). http://mainichi.jp/area/oita/news/20100713ddlk44010498000c.html 
  18. ^ “選挙:参院選 民主大敗 「反菅」1人区直撃 県連、口々に反省「与党の重責、痛感」”. 毎日新聞. (2010年7月12日). http://mainichi.jp/select/seiji/news/20100712dde041010027000c.html 
  19. ^ “政治漂流2010参院選 参院選ポスターに犬の「お父さん」 SB「ただとも」に「ただ乗り」?”. J CASTニュース. (2010年7月1日). http://www.j-cast.com/2010/07/01070112.html?p=all 
  20. ^ “「即位の礼」にあたって(コメント)」”. (2019年10月22日). http://www5.sdp.or.jp/comment_index#post-4797 
  21. ^ “共産党「現行憲法に抵触」即位礼など欠席 他の主要政党は祝意」”. 毎日新聞. (2019年10月22日). https://mainichi.jp/articles/20191022/k00/00m/010/197000c 
  22. ^ 『朝鮮学校差別問題で院内集会/国会議員など日本人士も参加、180余人 〝許さない!子どもたちへの差別〟』(朝鮮新報)
  23. ^ “米大統領宛に集団的自衛権行使容認「不支持」を要請 蓮舫氏ら”. 産経新聞. (2014年4月21日). https://www.sankei.com/politics/news/140421/plt1404210022-n1.html 
  24. ^ 金曜アンテナ2013年9月13日
  25. ^ 参議院予算委員会、2014年2月6日。
  26. ^ 立憲、次々新グループ 枝野氏「1強」に変化も” (日本語). 毎日新聞. 2021年12月4日閲覧。

外部リンク編集

党職
先代
吉川元
社会民主党幹事長
第9代:2020年
次代
服部良一
先代
福島瑞穂
社会民主党党首
第4代:2013年 - 2018年
次代
又市征治
先代
阿部知子
社会民主党政策審議会長
第8代:2013年
次代
吉川元
議会
先代
野田国義
  参議院行政監視委員長
2021年-
次代
現職