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吉竹 春樹(よしたけ はるき、1961年1月5日 - )は、福岡県春日市出身の元プロ野球選手外野手、左投左打)・監督コーチ

吉竹 春樹
九州産業大学付属九州産業高等学校野球部 監督
HT-Haruki-Yoshitake20110608.jpg
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 福岡県春日市
生年月日 (1961-01-05) 1961年1月5日(58歳)
身長
体重
180 cm
73 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 外野手
プロ入り 1978年 ドラフト外
初出場 1981年4月8日
最終出場 1995年10月6日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
監督・コーチ歴

経歴編集

九州産業高校では2年時にエースの梅津茂美(門司鉄道管理局)を擁し、一塁手・六番打者として1977年夏の甲子園県予選決勝に進出。田中和博清家政和野田雲平らのいた優勝候補筆頭の柳川商を降し、甲子園に出場。本大会では2回戦(初戦)で福島商三浦広之投手に完封を喫する。翌1978年は県予選で敗退し、甲子園には出場できなかった。

高校卒業後は九州産業大学への特待生進学が決まっていたが、1978年オフにドラフト外阪神タイガースに投手として入団。

1年目は打撃投手などを務め、2年目の1980年に内野手へ転向。安芸キャンプで松木謙治郎に打撃を認められると、1981年には外野手へ転向。1983年から4年連続して100試合以上に出場し、1985年には21年ぶりのリーグ優勝と球団初の日本一に貢献。

1986年オフ、田尾安志との交換トレードで前田耕司と共に西武ライオンズへ移籍。西武では1年目からレフトのレギュラーを得たが、オールスターゲーム初出場直後の1987年8月11日近鉄戦で村上隆行のライトフライを追った際にフェンスと人工芝の間に右足を挟まれ転倒、右足大腿骨骨折の重傷を負った。負傷の影響で翌1988年は12試合の出場に留まったが、その年の日本シリーズでは先発出場も果たすなど復活の兆しを見せ、1989年以降は完全復活し、安部理森博幸笘篠誠治などと激しくレフトのポジションを争い、準レギュラーとして西武黄金時代を支え1996年限りで引退した。守備は一級品で、西武黄金時代の鉄壁の外野陣の一角を担った。バッティングは長打力はないもののしばしば2割台後半の打率を残した。

引退後は阪神に復帰。1997年から2000年まで二軍外野守備・走塁コーチ,2001年から2002年は一軍外野守備・走塁コーチ 2003年は再び二軍外野守備・走塁コーチ、2004年から2006年までは一軍外野守備・走塁コーチ 、(2007年 - 2008年は一軍チーフ野手コーチを務めたが、優勝逃して責任を取って退任した監督の岡田彰布と共に退任[1]2009年から2010年までは管理部課長二軍担当、2011年から2012年まで二軍監督[2]2013年は監督の和田豊の要望で一軍作戦兼守備・走塁コーチ[3]2014年は一軍野手総合コーチを務めた[4]

2015年より、BCリーグ福井ミラクルエレファンツの監督を務める[5]。2015年シーズンはチームを西地区優勝に導いたがリーグチャンピオンシップでは新潟アルビレックス・ベースボール・クラブに敗退。

2016年シーズンは西地区で後期最下位ながら年間勝率2位となり、前後期を制覇した石川ミリオンスターズとの地区チャンピオンシップ(全3戦)に出場、1敗すれば敗退となる条件で2連勝したが、最終戦が雨天中止となり、予備日程が残っていなかったことから石川の優勝が決定した。リーグ優勝を目標としていた吉竹は、9月23日に今季限りでの退任を表明した[6]。なお同年の学生野球資格回復研修を受講した上で、翌2017年2月7日に日本学生野球協会より学生野球資格回復の適性認定を受けたことにより、学生野球選手への指導が可能となった[7]

2017年春から、西武時代の先輩・行澤久隆が監督を務める地元福岡の日本経済大学硬式野球部助監督となる。

2018年11月からは吉竹が在籍時に出場して以来、甲子園出場を果たせていない母校・九州産業大学付属九州産業高等学校からのオファーがあり、監督に就任[8]

詳細情報編集

年度別打撃成績編集

















































O
P
S
1981 阪神 81 103 86 16 16 4 0 0 20 2 1 2 5 1 9 0 2 21 1 .186 .276 .233 .508
1982 43 43 39 5 9 1 0 0 10 5 2 2 2 0 1 0 1 9 1 .231 .268 .256 .525
1983 106 226 212 31 70 13 0 5 98 19 5 4 3 0 10 0 1 31 3 .330 .363 .462 .825
1984 119 340 304 44 79 11 2 6 112 27 16 4 5 4 24 1 3 51 9 .260 .316 .368 .685
1985 118 211 186 41 46 11 2 2 67 16 7 3 11 0 13 0 1 35 3 .247 .300 .360 .660
1986 117 237 216 33 51 11 1 6 82 24 9 2 16 0 4 0 1 49 2 .236 .253 .380 .633
1987 西武 77 222 200 23 53 3 0 5 71 16 4 6 14 1 6 0 1 35 4 .265 .288 .355 .643
1988 12 19 18 0 3 0 0 0 3 0 0 0 0 0 1 0 0 3 1 .167 .211 .167 .377
1989 98 290 242 42 76 14 1 3 101 28 5 5 13 4 30 1 0 31 5 .314 .384 .417 .801
1990 75 144 123 17 32 6 0 1 41 10 3 2 6 0 14 0 1 20 2 .260 .341 .333 .674
1991 108 206 180 25 46 10 1 2 64 16 4 1 6 1 18 2 1 20 1 .256 .325 .356 .681
1992 19 24 21 2 3 0 0 0 3 2 0 0 1 0 2 0 0 9 0 .143 .217 .143 .360
1993 23 43 38 0 8 1 0 0 9 1 3 1 4 0 1 0 0 9 0 .211 .231 .237 .468
1994 101 262 214 40 52 5 2 4 73 21 9 1 16 1 31 0 0 48 1 .243 .337 .341 .679
1995 31 46 37 5 9 3 0 0 12 2 0 0 0 0 9 0 0 8 0 .243 .391 .324 .716
通算:15年 1128 2416 2116 324 553 93 9 34 766 189 68 33 102 12 173 4 12 379 33 .261 .319 .362 .681

記録編集

初記録
節目の記録
その他の記録

背番号編集

  • 53 (1979年 - 1983年)
  • 8 (1984年 - 1986年)
  • 2 (1987年 - 1996年)
  • 82 (1997年 - 1998年、2015年 - )
  • 76 (1999年 - 2008年)
  • 74 (2011年 - 2014年)

脚注編集

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  1. ^ 日刊スポーツ阪神、新ヘッドコーチに平田2軍監督2014年10月31日
  2. ^ ファーム監督就任について
  3. ^ 日刊スポーツ阪神、新ヘッドコーチに平田2軍監督2014年10月31日
  4. ^ 2014年度監督・コーチについて
  5. ^ 来季監督内定のお知らせ
  6. ^ 吉竹春樹監督退任のお知らせ - ベースボール・チャレンジ・リーグ(2016年9月23日)
  7. ^ 元ヤクルト宮本慎也氏ら132人が学生野球資格回復 - 大学・社会人”. 日刊スポーツ (2017年2月8日). 2017年2月8日閲覧。
  8. ^ “元阪神・吉竹春樹氏、九州産業高監督に 「再び甲子園出場を」母校から要請”. 西日本スポーツ. (2018年11月13日). https://www.nishinippon.co.jp/nsp/item/n/465079/ 2019年8月29日閲覧。 

関連項目編集

外部リンク編集