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岩井町線(いわいちょうせん)は、かつて愛知県名古屋市に存在した、名古屋市電路線路面電車)の一つである。同市中区にあった大須停留場と、中村区東部にあった水主町停留場を結んでいた。

岩井町線
概要
現況 廃止
起終点 起点:大須電停
終点:水主町電停
駅数 4駅
運営
開業 1923年11月13日
廃止 1972年3月1日
所有者 名古屋市交通局名古屋市電
路線諸元
路線総延長 0.9 km (0.56 mi)
軌間 1,067 mm (3 ft 6 in)
電化 直流600 V 架空電車線方式
路線図(1961年)
岩井町線路線図
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路線概略図 
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1972年廃止時の電停
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それ以前に廃止された電停

0.0 大須電停 御黒門線
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金沢町電停 -1944
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0.3 西大須電停
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0.6 岩井通一丁目電停
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堀川
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0.9 水主町電停
下江川線
水主町延長線

市中心部の環状線を形成する路線の一つで、環状線の南部に相当する。名古屋市電気局(後の交通局)によって1923年大正12年)に開業、1972年昭和47年)に廃止された。

路線概況編集

全長は0.916キロメートル(1962年3月末時点)[1]。全線が複線かつ併用軌道であり[1]、名古屋市道岩井通・日置通線(大須通)上を走行した[2]

起点は大須停留場で[3]、大須通と南北の本町通が交差する大須交差点にあった[2]。大須通上を上前津方面から西進してきた御黒門線に接続する形で、岩井町線は大須通上を西へ向かっていた[2][3]。停留場名にある「大須」地区は戦前から昭和30年代にかけては名古屋市内随一の繁華街であった地であり、停留場のある本町通沿いにもアーケード街が伸びる[4]

国道19号22号と交差する西大須交差点には西大須停留場が存在した[2]。停留場の北東方向に大須観音が位置する[2]。西大須を過ぎると、堀川を渡る岩井橋にかけて最大33パーミルの下り勾配が続き、熱田台地を下りる[4]。岩井橋を過ぎるとすぐに市道江川線と交差する水主町(かこまち)交差点に出る[2]。交差点には終点の水主町停留場があり[2]、引き続き大須通を西へ向かう水主町延長線に接続していた[2][3]。また南北の市道江川線上にも市電下江川線があり[2][3]、交差点には岩井町線・水主町延長線と下江川線の平面交差と、下江川線南側(尾頭橋方面)と岩井町線を繋ぐ複線の連絡線があった[5]

歴史編集

1898年(明治31年)、名古屋電気鉄道によって名古屋で最初の路面電車栄町線広小路通に開通する[6]。以後、同社は路線網を徐々に拡大していくが、中でも栄町線以南の地域では1908年(明治41年)に栄町熱田駅前を上前津経由で結ぶ熱田線が開通、次いで1911年(明治44年)までに栄町線新栄町と上前津・門前町(後の大須)を鶴舞公園前経由で結ぶ公園線・御黒門線や熱田線の西に並行する下江川線が開業した[6]。このうち、御黒門線の終点となった門前町大須地区の中でも江戸時代の幹線道路本町通沿いに発展した土地である[7]。その西側、岩井町を含む堀川にかけての現在の大須一丁目・二丁目や松原一丁目にあたる地域は江戸期から町屋や武家屋敷が広がっていた[8]

1921年(大正10年)7月29日、名古屋電気鉄道では門前町(6丁目)から先、西日置町字山王に至る区間の軌道敷設特許を取得した[9](特許申請は1919年6月7日付[10])。この区間では、本町通との交差点から江川線道路までを繋ぐ幅員18(32.73メートル)の道路、通称「岩井線」の新設計画が決定されており[11]、実際に1924年(大正13年)までに竣工をみている[12]。道路整備中の1922年(大正11年)8月1日、名古屋電気鉄道市内線を名古屋市が引き継いで名古屋市電が成立する[13]。市営化後、市ではただちに幹線道路整備に関連した軌道を敷設する「第一期軌道建設改良工事」を立ち上げる[13]。門前町と下江川線水主町停留場とを繋ぐ岩井町線0.962キロメートルの新設もこれに盛り込まれ[13]1923年(大正12年)11月13日にまず門前町側から岩井町停留場までの東側区間が開業、同年12月22日には水主町停留場までの全線が開通した[3][13]

岩井町線開通により、従来名古屋駅前 - 菊井町 - 平田町 - 鶴舞公園 - 門前町(大須)という「コ」の字型で運転されていた系統が門前町から先へ江川線経由で柳橋まで伸ばされた[14]。この系統は柳橋の渡り線整備に伴い1924年3月より名古屋駅前を発着する循環系統となり[14]、以後太平洋戦争後の一時期を除いて1970年(昭和45年)まで運転が続くことになる[15]。また環状線の一角となったほかにも、戦後は名古屋駅前と瑞穂区方面(堀田駅前や新瑞橋)を結ぶ系統が岩井町線を経由した(#運転系統参照)。

名古屋市電は1950年代後半に路線網・輸送人員ともに最盛期を迎えたが、事業の大幅な赤字化や市営バスの急速な拡大、自動車の普及による交通事情の変化など市電を取り巻く環境が変化したとして、市では1965年度(昭和40年度)から段階的な市電の撤去に着手する[16]。さらに1968年(昭和43年)12月には1973年度(昭和48年度)までに市電を全廃すると決定した[16]。岩井町線については、一挙に16.5キロメートルがまとめて廃止された1972年(昭和47年)3月1日付の路線廃止にて全線廃線となっている[17][18]

停留場編集

廃線前の段階で、以下の計4停留場が設置されていた。

停留場名[19] キロ程[19]
(km)
所在地[20] 位置[2]
大須(おおす) 0.0 中区岩井通4丁目・3丁目 大須交差点付近
西大須(にしおおす) 0.3 中区岩井通3丁目・2丁目 西大須交差点付近
岩井通一丁目
(いわいどおりいっちょうめ)
0.6 中区岩井通1丁目 白山神社前付近
水主町(かこまち) 0.9 中村区日置通2丁目・3丁目 水主町交差点付近

停留場の変遷編集

 
停留場位置
1
大須停留場
2
西大須停留場
3
岩井通一丁目停留場
4
水主町停留場

(この節の出典はすべて『日本鉄道旅行地図帳』7号57頁である)

  • 1923年11月13日 - 路線部分開通に伴い、岩井町を新設(門前町は他線で既設)。
  • 1923年12月22日 - 水主町延伸に伴い、水主町を新設。
  • 1928年1月6日 - 門前町を大須に改称。米浜町(岩井町 - 水主町間)を新設。
  • 1939年3月22日 - 岩井町を金沢町に改称。
  • 1944年5月13日 - 金沢町廃止。
  • 1946年1月8日 - 米浜町を岩井通二丁目に改称。
  • 1948年4月1日 - 岩井通二丁目を西大須に改称。
  • 1954年7月1日 - 岩井通一丁目新設。
  • 1972年3月1日 - 廃線に伴い全停留場廃止。

接続路線編集

運転系統編集

1937年時点編集

1937年(昭和12年)8月時点において岩井町線で運行されていた運転系統は以下の通り[21]。〔太字〕で示した範囲は線内を走行する区間を指す。

  • 浄心前 - 明道橋 - 柳橋 -〔水主町 - 大須〕- 上前津 - 熱田伝馬町 - 内田橋
  • 浄心前 - 菊井町 - 名古屋駅前 - 柳橋 -〔水主町 - 大須〕- 上前津 - 熱田伝馬町
  • 名古屋駅前 - 柳橋 -〔水主町 - 大須〕- 上前津 - 鶴舞公園 - 平田町 - 菊井町 - 名古屋駅前
  • 尾頭橋 -〔水主町 - 大須〕- 上前津 - 鶴舞公園 - 平田町 - 赤塚 - 大曽根
  • 六反小学校前 -〔水主町 - 大須〕- 上前津 - 鶴舞公園 - 高辻 - 堀田駅

1952年時点編集

1952年(昭和27年)3月時点において岩井町線で運行されていた運転系統は以下の通り[22]。〔太字〕で示した範囲は線内を走行する区間を指す。

  • 3号系統:名古屋駅前 - 笹島町 -〔水主町 - 大須〕- 上前津 - 鶴舞公園 - 平田町 - 東片端 - 明道町 - 菊井町 - 那古野町 - 名古屋駅前
  • 14号系統:尾頭橋 -〔水主町 - 大須〕- 上前津 - 鶴舞公園 - 平田町 - 赤塚 - 大曽根
  • 30号系統:名古屋駅前 - 笹島町 -〔水主町 - 大須〕- 上前津 - 鶴舞公園 - 高辻 - 堀田駅前
  • 35号系統:笹島町 -〔水主町 - 大須〕- 上前津 - 鶴舞公園 - 高辻 - 桜山町

1961年以降編集

1961年(昭和36年)4月時点において岩井町線で運行されていた運転系統は以下の通り[23]。〔太字〕で示した範囲は線内を走行する区間を指す。

  • 3号系統:名古屋駅前 - 笹島町 -〔水主町 - 大須〕- 上前津 - 鶴舞公園 - 平田町 - 東片端 - 明道町 - 菊井町 - 那古野町 - 名古屋駅前
  • 30号系統:名古屋駅前 - 笹島町 -〔水主町 - 大須〕- 上前津 - 鶴舞公園 - 高辻 - 堀田駅前
  • 35号系統:名古屋駅前 - 笹島町 -〔水主町 - 大須〕- 上前津 - 鶴舞公園 - 高辻 - 桜山町 - 瑞穂通三丁目 - 新瑞橋
  • 80号系統:八熊通 - 尾頭橋 -〔水主町 - 大須〕- 上前津 - 鶴舞公園 - 平田町 - 赤塚 - 大曽根 - 上飯田

上記4系統のうち、最初に廃止されたのは名古屋駅前発着循環系統の3号系統および八熊通 - 上飯田間の80号系統で、公園線の部分廃止に伴い1970年(昭和45年)4月1日付で消滅する[24]。一方、30号系統および35号系統は1972年3月1日付の路線廃止まで存続した[17]

利用動向編集

1959年調査編集

1959年(昭和34年)6月11日木曜日に実施された市電全線の利用動向調査によると、岩井町線内4停留場の方向別乗車人員・降車人員ならびに停留場間の通過人員は下表の通りであった[25]

停留場名 乗車人員 降車人員 停留場間通過人員
▼西行 ▲東行 合計 ▼西行 ▲東行 合計 ▼西行 ▲東行
大須 1,097 終点 (2,325) 起点 1,126 (2,545) 12,572 11,607
西大須 1,087 1,182 2,269 1,184 951 2,135
12,475 11,376
岩井通一丁目 692 737 1,429 958 547 1,505
12,209 11,186
水主町 終点 1,579 (4,428) 1,674 起点647 (4,468)
  • 備考
    • 大須・水主町の乗車人員・降車人員合計値は他線区の数値を含む。
    • 大須をまたいで御黒門線(上前津以遠)と直通する乗客は、西行11,475人・東行10,481人。
    • 水主町をまたいで水主町延長線(六反小学校前以遠)と直通する乗客は、西行7,173人・東行6,403人。
    • 水主町をまたいで下江川線(日置橋以遠)と直通する乗客は、西行3,362人・東行3,204人。

1966年調査編集

1966年(昭和41年)11月8日火曜日に実施された市電全線の利用動向調査によると、岩井町線内4停留場の方向別乗車人員・降車人員ならびに停留場間の通過人員は下表の通りであった[26]

停留場名 乗車人員 降車人員 停留場間通過人員
▼西行 ▲東行 合計 ▼西行 ▲東行 合計 ▼西行 ▲東行
大須 669 終点 (1,414) 起点 764 (1,464) 7,529 8,070
西大須 709 723 1,432 648 929 1,577
7,590 8,276
岩井通一丁目 473 487 960 531 433 964
7,532 8,222
水主町 終点 851 (2,593) 891 起点 (2,687)
  • 備考
    • 大須・水主町の乗車人員・降車人員合計値は他線区の数値を含む。
    • 大須をまたいで御黒門線(上前津以遠)と直通する乗客は、西行6,860人・東行7,306人。
    • 水主町をまたいで水主町延長線(六反小学校前以遠)と直通する乗客は、西行4,773人・東行5,435人。
    • 水主町をまたいで下江川線(日置橋以遠)と直通する乗客は、西行1,868人・東行1,936人。

脚注編集

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  1. ^ a b 『交通事業成績調書』昭和36年度63-68頁
  2. ^ a b c d e f g h i j 位置は『名古屋市全商工住宅案内図帳』住宅地図・1965年)に基づく。道路名・交差点名は『ゼンリン住宅地図』(2015年)および名古屋市緑政土木局路政部道路利活用課「名古屋市道路認定図」(2019年9月20日閲覧)から補記。
  3. ^ a b c d e 『日本鉄道旅行地図帳』7号24・54-61頁
  4. ^ a b 『名古屋市電(下)』23頁
  5. ^ 『名古屋市電が走った街今昔』18-19頁(「名古屋市電全線路線図」)
  6. ^ a b 『市営三十年史』前編15-25頁
  7. ^ 『なごやの町名』337頁
  8. ^ 『なごやの町名』295-296頁
  9. ^ 『電気軌道事業買収顛末』69頁
  10. ^ 『名古屋鉄道社史』738・740頁(巻末年表)
  11. ^ 『名古屋都市計画史』上巻516-517頁
  12. ^ 『名古屋都市計画史』上巻522-523頁
  13. ^ a b c d 『市営三十年史』後編26-27頁
  14. ^ a b 『市営三十年史』後編92・98頁
  15. ^ 『名古屋市電(上)』39頁
  16. ^ a b 『名古屋市電(上)』14-19頁
  17. ^ a b 『名古屋市電(下)』16頁
  18. ^ 『市営五十年史』654-655頁(巻末年表)
  19. ^ a b 『日本鉄道旅行地図帳』7号57頁
  20. ^ 『名古屋市全商工住宅案内図帳』(住宅地図・1965年)
  21. ^ 『市営十五年』、「電車運転系統図」による
  22. ^ 『市営三十年史』、「電車運転系統図昭和27年3月現在」および後編133-135頁
  23. ^ 『名古屋市電(上)』28頁
  24. ^ 『名古屋市電(中)』34頁
  25. ^ 『昭和34年度乗客交通調査集計書 (I)』、「路面電車終日乗車人員路線図表」「路面電車終日降車人員路線図表」「路面電車終日通過人員路線図表」ほか
  26. ^ 『昭和41年度乗客交通調査集計書 (I)』、「路面電車終日乗車人員路線図表」「路面電車終日降車人員路線図表」「路面電車終日通過人員路線図表」ほか

参考文献編集

名古屋市関連文献

  • 名古屋市建設局(編)『名古屋都市計画史』上巻、名古屋市建設局、1957年。
  • 名古屋市電気局・交通局(編)
    • 『電気軌道事業買収顛末』名古屋市電気局、1922年。
      • 『公営交通事業沿革史』戦前篇3(クレス出版、1990年)に収録
    • 『市営十五年』名古屋市電気局、1937年。
    • 『市営三十年史』名古屋市交通局、1952年。
    • 『市営五十年史』名古屋市交通局、1972年。
    • 『交通事業成績調書』昭和36年度、名古屋市交通局、1962年。
    • 『昭和34年度乗客交通調査集計書』(I) 路面電車・高速電車、名古屋市交通局、1959年度。市営交通資料センター蔵)
    • 『昭和41年度乗客交通調査集計書』(I) 路面電車、名古屋市交通局、1966年度。(市営交通資料センター蔵)
  • 水野時二(監修)『なごやの町名』名古屋市計画局、1992年。

その他文献

  • 今尾恵介(監修)『日本鉄道旅行地図帳』7号(東海)、新潮社、2008年。ISBN 978-4-10-790025-8
  • 徳田耕一『名古屋市電が走った街今昔』JTB、1999年。ISBN 978-4-533-03340-7
  • 名古屋鉄道株式会社社史編纂委員会(編)『名古屋鉄道社史』名古屋鉄道、1961年。
  • 服部重敬

地図

  • 住宅地図協会(編)(名古屋市図書館蔵)
    • 『名古屋市全商工住宅案内図帳』中区、住宅地図協会、1965年。
    • 『名古屋市全商工住宅案内図帳』中村区、住宅地図協会、1965年。
  • ゼンリン(編)
    • 『ゼンリン住宅地図』名古屋市中区、ゼンリン、2015年11月。ISBN 978-4-432-40854-2
    • 『ゼンリン住宅地図』名古屋市中村区、ゼンリン、2015年11月。ISBN 978-4-432-40853-5