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名古屋市電栄町線

名古屋市電の路線

栄町線(さかえまちせん)は、かつて愛知県名古屋市に存在した、名古屋市電路線路面電車)の一つである。同市中村区東部にあった笹島町停留場と、中区東部にあった千種駅前停留場(初代)を結んでいた。

栄町線
概要
現況 廃止
起終点 起点:笹島町電停
終点:千種駅前電停
駅数 6駅(廃止直前)
運営
開業 1898年5月6日
市営化 1922年8月1日
廃止 1971年2月1日
所有者 名古屋電気鉄道
名古屋市交通局
   (名古屋市電
路線諸元
路線総延長 4.2km
軌間 1,067 mm (3 ft 6 in)
電化 直流600 V
架空電車線方式
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路線概略図 
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区間廃止時まで残存した電停
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区間廃止以前に廃止された電停

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中村線
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国鉄東海道新幹線
東海道本線ほか/右:名古屋駅(旧)
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近鉄名古屋線
名鉄名古屋本線
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0.0 笹島町電停 笹島線
uexSTRl+4
堀内町線
uexHST tSTR+l
禰宜町電停 -1918 /東山線
名鉄一宮線 柳橋駅
uexSTRq
0.4 柳橋電停
下江川線
押切線
WASSERq uexhKRZWae tKRZW
堀川
uexBHF tSTR
0.7 納屋橋東電停
uexHST tSTR
(0.7) 仲ノ町電停 -1918
1.1 広小路伏見電停 /右:伏見駅
uexHST tSTR
伏見町電停 -1918
uexHST tSTR
(1.3) 南桑名町電停 -1954
uexHST tSTR
長者町電停 -1918
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1.6 広小路本町電停
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(1.7) 住吉町電停 -1918
uexHST tSTR
伊勢町電停 -1918
uexSTRq
2.0 栄電停
熱田線
大津町線
tSTRq
栄駅名城線
uexBHF tSTR
2.2 武平町電停
uexHST tSTR
(2.4) 県庁前電停 -1918
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2.7 東新町電停
高岳延長線
高岳線
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寺町電停 -1918
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(3.0) 東田町電停 -1954
新栄町駅
uexSTRq
3.3 新栄町電停
公園線
葵町線
uexHST tSTR
南辰巳町電停 -1918
uexBHF tSTR
3.7 車道電停
uexSTR+l
tSTR
(3.9) 西裏町電停 -1944
←↑栄町線
覚王山線
uexSTR tSTR
(4.2) 千種駅前電停 (I) -1963
国鉄:中央本線 千種駅
左:移転前 -1964
右:移転後 1964-
千種駅前電停 (II)

名古屋市中心部の広小路通を東西に走っていた路線である。市電の前身である名古屋電気鉄道の創業路線として1898年明治31年)に開業、1912年(明治45年)までに上記区間が全通。1922年大正11年)に名古屋市電気局(1945年以降交通局)に買収され、名古屋市電の一路線となった。1971年昭和46年)までに全線が廃止されている。

目次

路線概況編集

全長は時期によって異なるが、例えば1922年8月(市営化時)や1937年3月末の時点では約4.17km[1][2]、1938年3月末の時点では約4.08km[3]、西裏・千種駅前間の休止後にあたる1962年3月末の時点では約3.80km(休止区間は約0.30km)[4]である。全線複線併用軌道であり[5]、終端(千種駅前)付近を除いて広小路通愛知県道60号名古屋長久手線)上に敷設されていた。正式名は栄町線であるが、広小路線(ひろこうじせん)とも呼ばれた[6]

起点は、広小路通・名駅通・太閤通(愛知県道68号名古屋津島線)が交差する笹島交差点にあった笹島町停留場である。1898年5月の開業時からここを起点としていた。現在のJR名古屋駅は笹島交差点から400mほど北の場所にあるが、駅開業時から1937年(昭和12年)2月の移転・高架化までは笹島交差点の北西角に位置しており、その期間の笹島町停留場は名古屋駅前の停留場であった[7]。笹島町では、名駅通上を南北に走る笹島線、太閤通上を西へ向かう中村線と接続していた。

笹島町からは、途中金融街の広小路本町や、百貨店が集まる繁華街(栄町)を通り抜けつつ、広小路通上を東進した。南北に走る市電の他路線との平面交差は4か所に及ぶ。柳橋停留場では押切線下江川線、栄町(栄)停留場では熱田線大津町線、東新町停留場では高岳線高岳延長線、新栄町停留場では葵町線公園線とそれぞれ交差した。

西裏(西裏町)停留場で広小路通上を今池方面へ引き続き東進する覚王山線を分け、栄町線は広小路通から南へそれて、1961年9月に移転する前の中央本線千種駅前へ出、ここを終点としていた。ただしここを終点としていたのは1912年4月から1943年(昭和18年)12月までで、西裏・千種駅前間は戦後の市電最盛期は存在していなかった。

広小路通の北側には錦通が並行し、その地下に名古屋市営地下鉄東山線が建設されている。栄町線に並走する区間における同線の開通は1957年から1960年。地下鉄の開業によって乗客が減少したため、栄町線の栄以東は1967年(昭和42年)2月と、比較的早い時期に廃止された[8]。一方、残る栄以西の区間はその4年後、市電全廃より3年早い1971年2月に廃止された。

年表編集

停留場編集

1966年6月時点で、以下の10停留場が設置されていた。

停留場名[10] 距離
(km)[10]
位置[19]
笹島町(ささしまちょう) 0.0 笹島交差点(広小路通/太閤通・名駅通交差)付近
柳橋(やなぎばし) 0.4 柳橋交差点(広小路通・市道江川線交差)付近
納屋橋東(なやばしひがし) 0.7 納屋橋東方、広小路竪三蔵交差点付近
広小路伏見(ひろこうじふしみ) 1.1 広小路伏見交差点(広小路通・伏見通交差)付近
広小路本町(ひろこうじほんまち) 1.6 広小路本町交差点付近
栄(さかえ) 2.0 栄交差点(広小路通・大津通交差)付近
武平町(ぶへいちょう) 2.2 中区役所交差点付近
東新町(ひがししんちょう) 2.7 東新町交差点付近
新栄町(しんさかえまち) 3.3 新栄町交差点付近
車道(くるまみち) 3.7 広小路車道交差点付近
(旧・西裏町) 覚王山線との境界

停留場の変遷編集

(この節の出典はいずれも『日本鉄道旅行地図帳』7号である)

名古屋電気鉄道時代編集

1898年5月6日時点(開業時) - 5か所
笹島・柳橋・御園町・七間町・県庁前
1903年1月31日時点 - 12か所
笹島・柳橋・仲ノ町・御園町・長島町・呉服町・久屋町・西新町・東田町・布池町・車道・千種
  • 1903年1月31日、仲ノ町・長島町・西新町・東田町・布池町(初代)・車道・千種(初代)を新設。七間町を呉服町、県庁前(初代)を久屋町に改称。
  • 1907年ごろ、呉服町を七間町に改称。
  • 1908年5月3日、栄町新設。
  • 1910年ごろ、長島町を桑名町に改称・移転。
  • 1910年2月23日、布池町(初代)を新栄町に改称。
  • 1912年以前に、禰宜町・伏見町・長者町・本町・伊勢町・禅寺町・寺町・南辰巳町を新設。
  • 1912年4月1日、千種(2代)新設。千種(初代)を田代道に改称。
  • 1912年5月22日、田代道を西裏に改称。
  • 1913年11月10日、納屋橋新設。御園町を南園町、桑名町を南桑名町、本町を鉄砲町、七間町を住吉町、久屋町を南久屋町に改称。
  • 1914年12月1日、西新町を県庁前(2代)に改称。
  • 1914年11月5日、禅寺町を東新町に改称・移転。
1915年時点 - 23か所
笹島 - 禰宜町 - 柳橋 - 納屋橋 - 仲ノ町 - 南園町 - 伏見町 - 南桑名町 - 長者町 - 鉄砲町 - 住吉町 - 伊勢町 - 栄町 - 南久屋町 - 県庁前 - 東新町 - 寺町 - 東田町 - 新栄町 - 南辰巳町 - 車道 - 西裏 - 千種
  • 1918年11月1日、禰宜町・仲ノ町・伏見町・長者町・住吉町・伊勢町・県庁前(2代)・寺町・南辰巳町廃止。鉄砲町を広小路本町に、南久屋町を南武平町に改称。

市営化後編集

1922年8月1日時点 - 14か所
名古屋駅前 - 柳橋 - 納屋橋 - 南園町 - 南桑名町 - 広小路本町 - 栄町 - 南武平町 - 東新町 - 東田町 - 新栄町 - 車道 - 西裏 - 千種
  • 1922年8月1日、笹島を名古屋駅前(初代)に改称。
  • 1928年1月6日、南武平町を市役所前(初代)に改称。車道廃止。
  • 1930年4月19日、車道再開、西裏廃止。
  • 1932年5月16日、千種(2代)を千種駅前(初代)に改称。
  • 1933年8月7日、市役所前(初代)を武平町に改称。
  • 1937年2月1日、名古屋駅前(初代)を「笹島町(元名古屋駅前)」に改称。
  • 1937年4月16日、笹島町(元名古屋駅前)を笹島町に改称。
  • 1939年8月7日、西裏町(旧・西裏)再開。
1940年時点 - 14か所
笹島町 - 柳橋 - 納屋橋 - 南園町 - 南桑名町 - 広小路本町 - 栄町 - 武平町 - 東新町 - 東田町 - 新栄町 - 車道 - 西裏町 - 千種駅前
  • 戦中(1943年・1944年ごろ)、納屋橋・南桑名町・武平町・東田町・西裏町休廃止。
  • 1943年12月1日、千種駅前休止。
1945年時点 - 8か所
笹島町 - 柳橋 - 南園町 - 広小路本町 - 栄町 - 東新町 - 新栄町 - 車道 -
  • 1946年10月1日、広小路本町を広小路七丁目に改称・移転。
  • 1952年12月22日、納屋橋再開。南園町を伏見通、広小路七丁目を広小路本町に改称。
  • 1954年9月1日、武平町再開。
1966年6月1日時点 - 10か所
笹島町 - 柳橋 - 納屋橋東 - 広小路伏見 - 広小路本町 - 栄 - 武平町 - 東新町 - 新栄町 - 車道 -
  • 1966年6月1日、納屋橋を納屋橋東、伏見通を広小路伏見、栄町を栄に改称。
  • 1967年2月1日、武平町・東新町・新栄町・車道廃止。
  • 1971年2月1日、笹島町・柳橋・納屋橋東・広小路伏見・広小路本町・栄廃止。

接続路線編集

脚注編集

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  1. ^ 『電気軌道事業買収顛末』、p62
  2. ^ 『電気軌道事業成績調書』昭和11年度、pp73-75
  3. ^ 『電気軌道事業成績調書』昭和12年度、pp77-79
  4. ^ 『交通事業成績調書』昭和36年度、pp63-68
  5. ^ 『交通事業成績調書』昭和36年度 ほか
  6. ^ 『名古屋市電が走った街 今昔』
  7. ^ 『名古屋市電が走った街 今昔』、p33
  8. ^ 『名古屋の市電と街並み』、p42
  9. ^ 『市営五十年史』、p579
  10. ^ a b c d e f g h i j k 『日本鉄道旅行地図帳』7号、pp54-55
  11. ^ 『市営五十年史』、p582
  12. ^ 『市営五十年史』、p581
  13. ^ 『市営五十年史』、p584
  14. ^ 『市営五十年史』、p588
  15. ^ 『市営五十年史』、p605
  16. ^ 『市営五十年史』、p606
  17. ^ 『市営五十年史』、p640
  18. ^ 『市営五十年史』、p650
  19. ^ 位置関係は『名古屋市全商工住宅案内図帳』(住宅地図・1965年)による。道路名・交差点名は現在の地図から補記。

参考文献編集

  • 今尾恵介(監修)『日本鉄道旅行地図帳』7号(東海)、新潮社、2008年。ISBN 978-4-10-790025-8
  • 住宅地図協会(編)『名古屋市全商工住宅案内図帳』中村区、住宅地図協会、1965年。名古屋市図書館蔵)
  • 住宅地図協会(編)『名古屋市全商工住宅案内図帳』中区、住宅地図協会、1965年。(名古屋市図書館蔵)
  • 徳田耕一『名古屋市電が走った街 今昔』JTB、1999年。ISBN 978-4-533-03340-7
  • 名古屋市交通局(編)『市営五十年史』名古屋市交通局、1972年。
  • 名古屋市電気局 『電気軌道事業買収顛末』(『公営交通事業沿革史』3 戦前篇、クレス出版、1990年 に収録)
  • 名古屋市電気局/交通局(編) 『電気軌道事業成績調書』・『交通事業成績調書』
  • 日本路面電車同好会名古屋支部(編著)『名古屋の市電と街並み』トンボ出版、2010年。ISBN 978-4-88716-201-3