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名古屋立てこもり放火事件

2003年に日本の愛知県名古屋市で発生した立てこもり・放火事件

名古屋立てこもり放火事件(なごやたてこもりほうかじけん)は、2003年平成15年)9月16日愛知県名古屋市東区東大曽根町本通(町名は事件当時)で発生し3人が死亡・41人が負傷した[3][1]殺人現住建造物等放火強盗人質強要銃刀法違反などの事件[2]

名古屋立てこもり放火事件
Nagoya Ozone Daiichi-seimei Building 20140114.JPG
事件があった名古屋大曽根第一生命ビル(2014年1月)
場所

日本の旗 日本愛知県名古屋市東区東大曽根町本通(事件当時の住所)・第一生命大曽根駅前ビル4階[1]

  • 現住所:愛知県名古屋市東区矢田一丁目3番33号
座標
日付 2003年平成15年)9月16日
概要 運送会社「軽急便」の賃金不払いに抗議した同社契約運転手の男が同社の本社・名古屋支店ビルに侵入して立てこもり、ガソリンを撒いて放火した[2]。その爆発によりビル内にいた加害者と人質の社長・警察官の3人が死亡、ビル内外の33人が負傷した[2]
攻撃側人数 1人
死亡者 加害者(当時52歳)・愛知県警察機動捜査隊隊員(当時31歳、巡査長)・支店長(当時41歳)の計3人[1]
負傷者 警察官3名(重傷)[1]
警察官・消防隊員・報道陣・通行人ら38名(軽傷)[1]
動機 軽急便の給与未払いに対する報復[2]
対処 被疑者死亡のまま書類送検[2]
管轄 愛知県警察刑事部捜査第一課・愛知県東警察署[2]
名古屋市消防局[3]
名古屋地方検察庁
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概要編集

2003年9月16日午前10時ごろ[3]、運送会社「軽急便」の賃金不払いに抗議した社員の男(当時52歳)が愛知県名古屋市東区東大曽根町本通(2004年町名変更により、同区矢田一丁目)の大曽根駅前に位置する「第一生命大曽根駅前ビル」4階にある軽急便名古屋支店名古屋営業事務所センター(当時女性社員22人・男性社員8人の31人在室)に出刃包丁・ポリ容器を持って侵入した[3]。男は男性社員と揉み合いになり軽傷を負わせた後、女性社員22人+負傷した男性社員1人を解放した一方で店内にガソリンを撒き、支店長(当時41歳)以下男性社員8人を人質に取って支店内に立てこもった[3]

その上で男は支店長以外の社員7人を解放した一方で午後1時ごろまでに残るポリタンクを倒して中身を撒き散らし、支店長に命じて軽急便本社(名古屋市中区)に電話をかけさせ「7月から9月分までの現金25万円を指定した銀行口座に振り込め」と電話させ、午後0時10分ごろに要求金額通りの現金を振り込ませた[3]

事件発生を受けて愛知県警察は加害者の説得に当たった一方、警察庁では事件発生の第一報が入った直後から応援部隊を派遣する準備を始め、大阪府警察の刑事部捜査第一課特殊犯捜査係(MAAT)に出動を準備するよう指示し、愛知県警察特殊部隊(SAT)に待機命令を出した[4]。だが、現場の室内には揮発したガソリンが充満していたため、加害者の制圧に銃器や閃光弾を使用することができなかった[注釈 1]

警察はさらに加害者の説得を続けたが、最終的に加害者は人質7人を解放した直後の午後1時10分ごろにライターでガソリンに火をつけ自爆した[3][注釈 2]。この結果、加害者と人質の支店長が死亡し、加害者を制圧・逮捕するため現場階段付近にて待機していた愛知県警察の機動捜査隊隊員(当時31歳、巡査長)が一酸化炭素中毒で殉職した[1]。また爆発当時ビル3階にいた警察官3名が熱風などで重傷を負い、警察官・消防隊員・報道陣・通行人ら38名が爆発時に飛散したガラス片などで軽傷を負った[1]

加害者・支店長の死因はいずれも焼死で、2人はそれぞれ出入り口から入った場所・事務所南東近くにて仰向けで倒れていた[1]。愛知県警は16日午後10時45分から加害者宅を家宅捜索した一方、翌17日には愛知県東警察署に特別捜査本部を設置して現場検証をした[1]

この事件をNHKテレビ愛知テレビ東京系列)を除く民放テレビ各局は報道特別番組として生中継した。特にTBS系列フジテレビ系列は事件発生時、それぞれ在名局発の番組(CBCキッズ・ウォー』、東海テレビ放送貫太ですッ!』)放送中であったが、番組開始から数分で番組を中断、ニューススタジオに切り替え生中継を開始。このため爆発の瞬間が中継された。

事件の背景に関して『しんぶん赤旗』は「この会社を含む宅配委託業界のよからぬ体質がある」と指摘している[5]。事業主を募り、軽トラックを売って運送業を委託するが、実態は個人事業主扱いで、トラックを買わされた後「顧客開拓は自助努力」と突き放されるため、「軽貨物商法」と言われ、悪徳商法ではないかとの評もあった[5]

この事件以降、ガソリンスタンドのポリ容器等でのガソリン販売の禁止が徹底され、法規制が強化された[6]。また日本警察は事件を機に立てこもり事件の専門部隊、 Aチームを創設した[6]

軽急便側も、本社・名古屋支社が全焼したために同年12月をもって本社、名古屋支店、名古屋営業所、事務センターを移転することとなった。

愛知県警捜査一課・東警察署は2004年1月15日、殺人・現住建造物等放火・強盗・人質強要・銃刀法違反などの容疑で死亡した被疑者の男を名古屋地方検察庁へ被疑者死亡のまま書類送検した[2]

事件から16年後の2019年2月、JNNは事件現場で加害者と交渉し爆発により一時期意識不明の重体に陥った愛知県警捜査一課警部を取材するとともに、事件に対処する当時の警察、消防を記録した映像を入手した[6]

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ これを教訓として、警察の突入班に制圧用装備(高圧放水器)が配備されたとされる[誰によって?]
  2. ^ 「自爆」ではなく、脅しとして持っていたライターが気化したガソリンに引火した「事故」であるという見方もある。この事件以前には、ガスが充満するぐらいの密閉を保った空間でガソリンの入った容器を開けたままにすると、揮発したガソリンにわずかな火花でも引火して爆発が起こりうることがあまり知られていなかった[要出典]

出典編集

  1. ^ a b c d e f g h i 『中日新聞』2003年9月17日朝刊1面「人質支店長と警官犠牲 爆風、41人重軽傷 大曽根の立てこもり 刃物の男も死亡」
  2. ^ a b c d e f g 『中日新聞』2004年1月15日夕刊E版第一社会面11面「東区立てこもり 報復目的で自爆覚悟 死亡の容疑者 殺人などで書類送検」「会社へ憎悪募らす 生活苦が追い打ち」
  3. ^ a b c d e f g 中日新聞』2003年9月16日夕刊1面「立てこもり ビル爆発 大曽根 2人死亡21人負傷 刃物男がガソリン」
  4. ^ 読売新聞. (2003年9月17日) 
  5. ^ a b “軽急便 月収30~50万円と宣伝したのに 仕事が来ない 車買わされ解約もダメ” (日本語). しんぶん赤旗 (日本共産党). (2003年9月21日). オリジナルの2019年1月21日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20190121135507/http://www.jcp.or.jp/akahata/aik2/2003-09-21/15_01.html 2019年1月21日閲覧。 
  6. ^ a b c “【現場から、】平成の記憶、平成最悪の立てこもり~緊迫の内部映像”. TBS NEWS (JNN). (2019年2月20日). オリジナルの2019年2月21日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20190221111408/https://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye3603968.html 2019年2月21日閲覧。 

関連項目編集

外部リンク編集