名護浦荘(なごうらそう)は沖縄県名護市部瀬名岬に位置していた国民宿舎 [1]沖縄海岸国定公園の中心地にあり県唯一の国民宿舎だった [2]1975年昭和50年)4月に開館し夏休みシーズンの家族や学生客で賑わっていたが、周辺に類似施設が増えたことや共同のバス・トイレなどの造りが利用者ニーズに合わず、利用客が低迷したことから1999年平成11年)3月31日に営業を終えた [3]。 オープンから1997年度まで約37万人が利用した [4]。 跡地は沖縄県名護市部瀬名岬地域の総合リゾート開発計画である「部瀬名岬地区海浜リゾート開発計画」としてザ・ブセナテラスが新ホテルを建設した。

名護浦荘
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画像募集中
収容人数 129人
所在地 905

設備編集

  • 3階建(6畳6室、8畳18室、16畳3室、広間1室)
  • 大浴場男女各1、家族風呂1
  • テレビ、囲碁、将棋、麻雀、卓球

交通編集

公共交通機関編集

那覇(沖縄バス・琉球バス)にて沖縄海中公園前名護浦荘。タクシー利用なら那覇から1時間30分

ドライブ編集

那覇市から西海岸に沿って走る58号線を北上し、残波岬の東側付け根から先は国民宿舎のあるところまで切れ目なく沖縄海岸国定公園の範囲内。万座毛、万座ビーチ、瀬良垣ビーチと景勝地が続き、伊武部ビーチを過ぎれば部瀬名岬の東側、国道脇に名護浦荘が立っている。那覇から約55 km。

歴史編集

1972年(昭和47年)10月20日 沖縄県が環境庁長官に対して、沖縄国際海洋博覧会開催(1975年)にあたり民間のホテルや旅館等の設備と合わせて公共的な宿泊施設の整備の必要性をもとに、当時沖縄県には無かった国民宿舎や国民休暇村の新設を要請した[5]

条例編集

平成10年12月14日 第7回沖縄県議会(定例)第1号 乙第5号議案「沖縄県立国民宿舎の設置及び管理に関する条例を廃止する条例」は、沖縄県立国民宿舎名護浦荘を平成11年4月1日より廃止するためのものであります。[6]

平成10年12月17日 第7回沖縄県議会(定例)第4号 乙第5号議案「沖縄県立国民宿舎の設置及び管理に関する条例を廃止する条例」は経済労働委員会(所管の常任委員会)に議案付託[7]

平成10年12月22日 第7回沖縄県議会(定例)第5号 「本条例案は、地方自治法第244条の2の規程により条例で設置された沖縄県立国民宿舎名護浦荘を廃止するための廃止条例案であるとの説明がありました。〜。」 「平成9年9月1日に策定されました沖縄県行政改革実施計画において平成10年度の廃止が決定されたところである。」[8]

脚注編集

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注釈編集

出典編集

  1. ^ 『国民宿舎・国民休暇村―全国版 (アルパインガイド (17)』国民宿舎協会、1982年、ISBN-10: 4635000176、ISBN-13: 978-4635000178
  2. ^ “宿泊客低迷で廃止へ/ニーズの多様化、リゾートにおされ/名護浦荘、県「行革」の対象に”. 沖縄タイムス (沖縄県那覇市): pp. 朝刊24ページ. (1998年5月9日) 
  3. ^ “ゆうな荘・名護浦荘/さようなら思い出の施設/利用者低迷し相次ぎ閉鎖”. 沖縄タイムス (沖縄県那覇市): pp. 朝刊27ページ. (1999年3月23日) 
  4. ^ “名護浦荘をサミットに活用/県の現地本部など/取り壊し、/来年7月以降に延期”. 琉球新報 (沖縄県那覇市): pp. 朝刊2ページ 政治・行政. (1999年5月9日) 
  5. ^ 沖縄県『環境庁長官に対する要請書 A91 昭和47年10月20日』沖縄県公文書館、1972年、13頁。
  6. ^ 沖縄県議会会議録 本会議録”. 沖縄県議会事務局議事課 (1998年12月14日). 2019年7月1日閲覧。
  7. ^ 沖縄県議会会議録 本会議録”. 沖縄県議会事務局議事課 (1998年12月17日). 2019年7月1日閲覧。
  8. ^ 沖縄県議会会議録 本会議録”. 沖縄県議会事務局議事課 (1998年12月22日). 2019年7月1日閲覧。

参考文献編集

  • 財団法人沖縄協会『沖縄本島部瀬名岬地域海浜リゾート開発基本計画調査報告書』沖縄協会、1983年。
  • 沖縄県『部瀬名岬地域海浜リゾートマスタープラン』(沖縄県 1990年01月)
  • 国場幸一郎『私の沖縄と私の夢 ひとりの沖縄建築家の軌跡』(新沖縄経済 2004年05月)
  • 喜瀬字誌編集委員会『しらが杜の栄え 喜瀬の浦誌』(名護市喜瀬区 2009年10月)