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向井 真理子(むかい まりこ、1937年10月13日 - )は、日本女性声優81プロデュース所属。東京都出身。

むかい まりこ
向井 真理子
プロフィール
本名 朝戸 真理子
あさど まりこ
出生地 日本の旗 日本東京都
生年月日 (1937-10-13) 1937年10月13日(81歳)
血液型 AB型
所属 81プロデュース
配偶者 朝戸鉄也
声優テンプレート | プロジェクト | カテゴリ

夫は、俳優・声優の朝戸鉄也

代表作は、マリリン・モンローの吹き替え、『Dr.スランプ アラレちゃん』(山吹先生)、『ドラゴンボール』(ブルマの母)など[1]

目次

概要編集

経歴編集

「数学のない世界に生きたい」と宝塚の音楽学校に3年間通っていた[2]。しかし友達に「宝塚は大変」と手紙を書いたところ、向井が芸能界に入ることを大反対していた母親にやめさせられてしまう[2]。その後ラジオ東京のテレビ俳優の募集で、テレビ開局の前にTBSに入所[2]。本人は元々女優志望だったが、後にラジオ放送劇団に配属。それから1週間も経たないうちにラジオドラマのヒロインのオーディションに誘われて合格、声優デビューとなった[2]

2007年、第1回声優アワード功労賞を受賞[3]

かつては東京俳優生活協同組合に所属していた。

マリリン・モンロー編集

洋画ではマリリン・モンローの日本語吹き替えをほぼ専属で担当。初の吹き替えは『荒馬と女』である[2]。イメージを意識するのが難しい上に当初はモンローのことはよく分からず、彼女の声を聞いてそれに近づけようと懸命に真似をしたが、演出家には「向井真理子として演じていい」と念を押されたことにより、最後までやり切れたと語っている[2]。なお、モンローの吹き替えをする時にモンローが口を半開きにしていることが多かったので、声を合わせるタイミングがなかなか掴めず苦労したとも語っている。

向井は当初は「一番色気がない女優」と言われ、ラジオドラマの仕事も強引に取ってもらう形であった[2]。「色気がないってことは将来性がない。将来ラジオで主役をやるには色気が大事だ」というのがモンローの吹き替えに抜擢されたきっかけである[2]。自分の色気というものが分からず、そのまま録音当日に訳も分からず演技を行ったところ「なんか色っぽい」と評され、それ以降モンローのほとんどの吹き替えを向井が行うようになった[2]

モンローの吹き替えを演じるようになってからそれ以外の吹き替えの仕事が減少し、上からはイメージ作りの一環から「マリリン・モンロー以外はダメ」とお達しが来ていたという[2]。同期でもある野沢那智は多く俳優の吹き替えを担当しているのに対して、なぜ自分はマリリン・モンローだけなのかと僻んだこともあるという[2]

また、モンローのパロディである『Dr.スランプ アラレちゃん』の山吹みどり→則巻みどり[4]やホテル聚楽のCM(モンローのそっくりさんの吹き替え)にも出演した。

出演編集

太字はメインキャラクター。

テレビアニメ編集

1965年

1966年

1967年

1968年

1976年

1979年

1980年

1981年

1982年

1983年

1984年

1986年

1987年

1988年

1989年

1990年

1991年

1993年

1998年

1999年

2001年

2009年

OVA編集

1987年

1988年

1990年

劇場アニメ編集

1980年

1981年

1982年

1983年

1984年

1985年

1986年

ゲーム編集

1996年

1997年

1998年

吹き替え編集

女優編集

洋画編集

海外ドラマ編集

海外アニメ編集

人形劇編集

CM編集

脚注編集

  1. ^ 向井真理子 - コトバンク[リンク切れ]
  2. ^ a b c d e f g h i j k 『マリリン・ザ・プレミアム・ブルーレイ・コレクション』向井真理子 インタビュー”. 吹替の帝王. 2018年12月2日閲覧。
  3. ^ 第一回声優アワード 受賞者発表”. 声優アワード. 2013年4月2日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2012年8月8日閲覧。
  4. ^ 『鳥山明 THE WORLD SPECIAL』 集英社、1990年9月24日、129頁。
  5. ^ まんが 花の係長”. トムス・エンタテインメント. 2016年6月20日閲覧。
  6. ^ フーセンのドラ太郎”. 日本アニメーション. 2016年8月2日閲覧。
  7. ^ 世界名作童話 森は生きている”. メディア芸術データベース. 2016年10月30日閲覧。

外部リンク編集