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日本 > 東京都 > 西東京市 > 向台町

向台町(むこうだいちょう)は、東京都西東京市。現行行政地名は向台町一丁目から向台町六丁目。住居表示実施済み区域。郵便番号は188-0013[3]

向台町
東京都立田無高等学校
向台町の位置(多摩地域内)
向台町
向台町
向台町の位置
北緯35度43分7.3秒 東経139度32分27.7秒 / 北緯35.718694度 東経139.541028度 / 35.718694; 139.541028
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Tokyo Prefecture.svg 東京都
市町村 Flag of Nishitokyo, Tokyo.svg 西東京市
地域 Flag of Tanashi Tokyo.svg 田無地域
設置年月日 2001年1月21日
住居表示実施年月日 1968年9月1日
面積
 • 合計 1.32km2
標高
62.7m
人口
2018年(平成30年)1月1日現在)[2]
 • 合計 14,647人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
188-0013[3]
市外局番 042[4]
ナンバープレート 多摩
※座標・標高は向台地区会館(向台町二丁目13番12号)付近

地理編集

西東京市の南部に位置し、東西に細長い台地である。東から一丁目、東京都道12号調布田無線(境新道、武蔵境通り)を挟んで二丁目、向台東通りを挟んで三丁目、向南中央通りを挟んで四丁目、市役所通りを挟んで五丁目、府中道を挟んで六丁目と並んでいる。多くは住宅地だが、五丁目に田無市民公園があり、六丁目の南部は東京都立小金井公園に食い込んでおり、また学校が多数あるなど、緑地も多い。三丁目にはかつてIHI田無工場があった。

東は深大寺街道を挟んで柳沢、南は鈴木街道・旧鈴木街道を挟んで新町武蔵野市桜堤小金井市関野町、西は小平市花小金井南町、北は石神井川を挟んで芝久保町南町に隣接する。

河川編集

面積と人口編集

丁目毎の面積 [1]、人口と世帯数[2]、および人口密度は以下の通りである。(2018年(平成30年)1月1日現在)

丁目 面積 人口 世帯数 人口密度 備考
向台町1丁目 0.23km2 1,133人 1,162人 2,295人 1,037世帯 9,978.3人/km2
向台町2丁目 0.22km2 966人 984人 1,950人 856世帯 8,863.6人/km2
向台町3丁目 0.24km2 2,114人 2,239人 4,353人 1,636世帯 18,137.5人/km2
向台町4丁目 0.25km2 1,700人 1,763人 3,463人 1,624世帯 13,852.0人/km2
向台町5丁目 0.16km2 428人 431人 859人 350世帯 5,368.8人/km2
向台町6丁目 0.22km2 855人 872人 1,727人 761世帯 7,850.0人/km2
1.32km2 7,196人 7,451人 14,647人 6,264世帯 11,096.2人/km2

小・中学校の学区編集

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[5]

丁目 街区 小学校 中学校
向台町一丁目 全域 西東京市立柳沢小学校 西東京市立田無第四中学校
向台町二丁目 全域 西東京市立向台小学校
向台町三丁目 全域
向台町四丁目 全域
向台町五丁目 全域 西東京市立上向台小学校 西東京市立田無第一中学校
向台町六丁目 全域

地価編集

住宅地の地価は、2014年平成26年)1月1日公示地価によれば、向台町3-4-83の地点で26万2000円/m2となっている[6]

歴史編集

江戸時代の当地域は田無村の小名の一つで向台と書かれ、田無宿から見て石神井川の対岸にある台地を意味すると考えられている[7]享保18年(1733年)までに開拓された地域が多い[7]

明治初期に字向台が分割され、西部が字上向台、東部が字下向台となった[8]

  • 1879年(明治12年)5月7日 - 郡区町村編制法下で田無村が町制施行し、神奈川県北多摩郡田無町字上向台・字下向台となる。
  • 1889年(明治22年)
    • 4月1日 - 町村制施行に伴い田無町が単独立町。大字は設置されず、神奈川県北多摩郡田無町字上向台・字下向台のままとなる。
    • 4月11日 - 甲武鉄道(JR中央本線の前身)の新宿 - 立川間が開通し、境駅(現在の武蔵境駅)が開業。これに伴って境駅と田無宿の間に境新道が整備され、字下向台の桑畑を貫通した[9]
  • 1893年(明治26年)4月1日 - 北多摩郡・南多摩郡西多摩郡東京府に移管され、東京府北多摩郡田無町字上向台・字下向台となる。
  • 1943年(昭和18年)7月1日 - 東京都制施行により、東京都北多摩郡田無町字上向台・字下向台となる。
  • 1957年(昭和32年)1月 - 石川島播磨重工業(現在のIHI)田無工場が設立される[10][11]
  • 1967年(昭和42年)
    • 1月1日 - 田無町が市制施行し、東京都田無市字上向台・字下向台となる。
    • 10月1日 - 住居表示実施に伴い、字下向台の一部に字上宿・字下宿・字南芝久保・字柳沢の各一部を合わせて南町が設置される[12]
  • 1968年(昭和43年)9月1日 - 住居表示実施に伴い、字上向台の全部・字下向台の残存部に字柳沢の一部を合わせて向台町が設置される[12]
  • 2001年(平成13年)1月21日 - 田無市と保谷市の合併により、西東京市向台町となる。
  • 2007年(平成19年)10月 - IHI田無工場が相馬第二工場への機能移転を完了し閉鎖される[10][11]

交通編集

鉄道編集

町内に駅・鉄道路線は無い。最寄り駅は田無町四丁目の西武新宿線田無駅、または武蔵野市一丁目・境南町二丁目のJR中央本線・西武多摩川線武蔵境駅

バス編集

武蔵境通りは武蔵境駅方面から田無駅・ひばりヶ丘駅方面を結ぶバスの経路となっており、西武バスの多数の便が行き交う。また、三丁目に「ヴィーガーデン西東京」、五丁目に「向台町五丁目」と関東バスのターミナルが2つ所在する。西東京市コミュニティバス「はなバス」の第3ルートが三〜六丁目を経由して田無駅と東伏見駅を結んでいる。

道路編集

施設編集

一丁目編集

二丁目編集

  • 西東京市立田無第四中学校
  • 西東京市立向台小学校
  • サムエル保育園
  • 向台地区会館
  • A&A西東京スポーツセンター
  • 向台公園

三丁目編集

四丁目編集

  • ビレッジハウス向台タワー(旧:雇用促進住宅向台宿舎)
  • ルネサンヴェール小金井公園

五丁目編集

  • 東京都立田無高等学校
  • アスクたなし保育園
  • 田無市民公園(タコ公園)
  • 西東京市総合体育館
  • 向台運動場
  • UR都市機構パークサイド田無向台

六丁目編集

  • 西東京市立上向台小学校
  • 上向台地区会館
  • 小金井公園(小金井市関野町・桜町、武蔵野市桜堤、小平市花小金井南町に跨る)

参考文献編集

  • 「角川日本地名大辞典 13 東京都」角川書店、1978年

脚注編集

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  1. ^ a b 平成22年 東京都区市町村町丁別報告”. 東京都 (2014年12月25日). 2018年1月22日閲覧。
  2. ^ a b 人口・世帯数”. 西東京市 (2018年1月10日). 2018年1月15日閲覧。
  3. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2018年1月15日閲覧。
  4. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2018年1月15日閲覧。
  5. ^ 市立小・中学校通学区域”. 西東京市 (2017年9月7日). 2018年1月15日閲覧。
  6. ^ 国土交通省地価公示・都道府県地価調査
  7. ^ a b 『角川日本地名大辞典 13 東京都』696頁。
  8. ^ 『角川日本地名大辞典 13 東京都』221頁。
  9. ^ 『角川日本地名大辞典 13 東京都』372頁。
  10. ^ a b 向台町三丁目・新町三丁目地区地区計画 跡地利用の考え方
  11. ^ a b IHIプレスリリース : 2006年度 : 相馬工場の拡張工事が完成 〜田無工場を閉鎖し、相馬工場への移転集約を図る〜”. IHI Corporation (2006年5月17日). 2015年10月21日閲覧。[リンク切れ]
  12. ^ a b 『角川日本地名大辞典 13 東京都』1070頁。

外部リンク編集