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哀愁のカルナバル」(あいしゅうのカルナバル)は、河合その子の6枚目のシングル。1987年2月26日発売。発売元はCBS/SONY

哀愁のカルナバル
河合その子シングル
初出アルバム『Rouge et Bleu』
A面 哀愁のカルナバル
B面 ロマンスの行方
リリース
規格 シングルレコード
ジャンル J-POP
時間
レーベル CBS/SONY
作詞・作曲 作詞: 秋元康(M-1・2)
作曲: 後藤次利(M-1・2)
チャート最高順位
  • 週間3位(オリコン
  • 5位(ザ・ベストテン)
河合その子 シングル 年表
悲しい夜を止めて
1986年
哀愁のカルナバル
1987年
JESSY
1987年
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目次

解説編集

テレビ朝日音楽番組ミュージックステーション』に出演した際、自らデザインしたという白いドレスを披露。「もっとフワフワしたイメージだったんだけど、クラゲみたいになっちゃって…」と出来に満足していないような感想を述べた。

表題曲「哀愁のカルナバル」にはサビの部分で、身体を前かがみにして片手を後ろから宙に伸ばす特徴的な振り付けがある。その様は物真似やパロディの対象となった。フジテレビ系列バラエティ番組とんねるずのみなさんのおかげです』では、とんねるず石橋貴明が唐突にこの振りをした場面もあった。

『ザ・ベストテン』出演解禁編集

1986年半ばからTBSフジテレビスタッフとの対立により、おニャン子クラブ関連の楽曲はランクインされても出演をしない事態が続いていた。既におニャン子クラブを卒業していた河合もこの影響を受け、前作「悲しい夜を止めて」では出演拒否を余儀なくされた。対立が軟化したためか、『ザ・ベストテン』にこの曲が第7位にランクインした1987年3月12日、テレビ欄にも河合の名が載り、番組オープニングから司会の松下賢次が、「今日ついに、各方面(当時ベストテン内で「フジテレビ」を指していた表現)の氷山の一角を掴みました!」と出演をアピールした。しかし生放送中、文化放送でのラジオの仕事があったため、予定よりも遅れてではあったが、約7カ月ぶりの出演となった。

ちなみに、前作まではフジテレビの関連会社であったフジパシフィック音楽出版が出版社名としてクレジットされていた[1]が、本作ではクレジットされていない[2]

しかし、この後すべてのおニャン子クラブ関連の楽曲が解禁されたわけではなく、おニャン子クラブ本体は最後まで、うしろ髪ひかれ隊も初めてのランクイン曲「時の河を越えて」で、番組でのランクイン2週目には、出演拒否をしている。

収録曲編集

  1. 哀愁のカルナバル
  2. ロマンスの行方
    • 作詞:秋元康、作曲・編曲:後藤次利

収録アルバム編集

哀愁のカルナバル

ロマンスの行方

出典編集

[ヘルプ]
  1. ^ 作品コード 020-7951-8 悲しい夜を止めて - JASRAC作品データサービス検索
  2. ^ 作品コード 003-0553-7 哀愁のカルナバル - JASRAC作品データサービス検索