善きサマリア人のたとえ

イコン『善きサマリア人』(18世紀ロシア
『善きサマリア人』(レンブラント1630年

善きサマリア人のたとえ(よきサマリアびとのたとえ、英語: Parable of the Good Samaritan)とは、新約聖書中のルカによる福音書10章25節から37節にある、イエス・キリストが語った隣人愛と永遠の命に関するたとえ話である。このたとえ話はルカによる福音書にのみ記されており、他の福音書には記されていない。

「善いサマリア人(じん)のたとえ」とも表記される。「サマリア人」は媒体によって「サマリア人(びと)」、「サマリヤ人(びと)」、「サマリア人(じん)」の表記がある。共同訳新約聖書では「サマリア人(じん)」と表記されている。

目次

内容編集

聖書本文編集

<10:25>するとそこへ、ある律法学者が現れ、イエスを試みようとして言った、「先生、何をしたら永遠の生命が受けられましょうか」。

<10:26>彼に言われた、「律法にはなんと書いてあるか。あなたはどう読むか」。

<10:27>彼は答えて言った、「『心をつくし、精神をつくし、力をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ』。また、『自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ』とあります」。

<10:28>彼に言われた、「あなたの答は正しい。そのとおり行いなさい。そうすれば、いのちが得られる」。

<10:29>すると彼は自分の立場を弁護しようと思って、イエスに言った、「では、わたしの隣り人とはだれのことですか」。

<10:30>イエスが答えて言われた、「ある人がエルサレムからエリコに下って行く途中、強盗どもが彼を襲い、その着物をはぎ取り、傷を負わせ、半殺しにしたまま、逃げ去った。

<10:31>するとたまたま、ひとりの祭司がその道を下ってきたが、この人を見ると、向こう側を通って行った。

<10:32>同様に、レビ人もこの場所にさしかかってきたが、彼を見ると向こう側を通って行った。

<10:33>ところが、あるサマリヤ人が旅をしてこの人のところを通りかかり、彼を見て気の毒に思い、

<10:34>近寄ってきてその傷にオリブ油とぶどう酒とを注いでほうたいをしてやり、自分の家畜に乗せ、宿屋に連れて行って介抱した。

<10:35>翌日、デナリ二つ[注釈 1]を取り出して宿屋の主人に手渡し、『この人を見てやってください。費用がよけいにかかったら、帰りがけに、わたしが支払います』と言った。

<10:36>この三人のうち、だれが強盗に襲われた人の隣り人になったと思うか」。

<10:37>彼が言った、「その人に慈悲深い行いをした人です」。そこでイエスは言われた、「あなたも行って同じようにしなさい」。

— ルカの福音書 10:25 - 37口語訳聖書

概要編集

ユダヤ人律法学者が同じくユダヤ人であるナザレのイエスに永遠の生命のために何をすべきかを問いかけた際、イエスが逆に律法にはどうあるかと尋ね返した。律法学者が答えた内容(神への愛と隣人への愛)に対しイエスが「正しい、その通りにせよ、そうすれば生きる」と答えると、さらに律法学者が「では隣人とは誰か」と重ねて尋ねた。これに対し、イエスは以下のたとえ話をした。

ある人がエルサレムからエリコに向かう道中で強盗に襲われて身ぐるみはがれ、半死半生となって道端に倒れていた。そこに三人の人が通りかかる。

最初に祭司が通りかかるが、その人を見ると道の向こう側を通り過ぎて行った。次にレビ人が通りかかるが、彼も道の向こう側を通り過ぎて行った。しかし三番目に通りかかったあるサマリア人は、そばに来ると、この半死半生の人を助けた。傷口の治療をして、ろばに乗せて宿屋まで運び介抱した。そして翌日になると宿屋の主人に怪我人の世話を頼んで費用を払った。

このたとえ話の後、律法学者に対してイエスは、このたとえ話で誰が怪我人の隣人となったかを律法学者に問い、律法学者が「助けた人(サマリア人)です」と答えると、「行って、あなたも同じようにしなさい」とイエスは言った。

祭司とレビ人(びと)とサマリア人について編集

たとえ話に登場する祭司は神殿の職務を司る者で教え導く任務にあった人であり、レビ人(びと)はイスラエル十二部族の一つで祭司に相応しい部族として任務を担っていたが、イエスの時代には祭司職の役割が細分化するにつれてレビ人は祭司の下働きをする階級となっていた。

サマリア人(じん)にはユダヤ人から異邦人と呼ばれるようになった歴史がある。ソロモン王の死後、イスラエルは、エルサレムを首都とする南ユダ国サマリアを首都とする北イスラエル王国に分裂した。その後、紀元前722年に北イスラエル王国はアッシリア帝国に滅ぼされた。僅かに残ったサマリア人はアッシリア人の血が混じった汚らわしいユダヤ人として南ユダ国のユダヤ人から軽蔑されながらゲリジム山に神殿を構えた。その後、紀元前586年エルサレムはバビロニア帝国に占領され陥落する。バビロニアはユダヤ人を捕囚として50年間、チグリスユーフラテス流域の首都バビロンで過ごさせる。その後、ユダヤ人は帰還が許されエルサレムに戻り神殿の再建に力を注ぐ。そうしてユダヤ人とサマリア人の関係は親戚の関係ではあっても忌み嫌う関係がイエスの時代まで続いていた。[1]

解釈編集

このたとえ話は教派によって解釈が異なるが、主題についての解釈は大きく分けて二つある。

一つは、仁慈と憐みを必要とする者を誰彼問わず助けるように、愛するように命じられた教えであるとする解釈(正教会カトリック教会ほか)[2][3]

もう一つは、ユダヤ教的律法主義・キリスト教的律法主義の自己義認の誤りを論破するためのたとえ話であって博愛慈善の教えではないとする解釈である[4]。この解釈は「人は善行ではなく信仰によってのみ義とされる」信仰義認の立場をとるプロテスタントが採る。

いずれを採るかによって解釈がかなり異なる。以下に上記二つの解釈について詳述するが、古代から近現代に至るまで他にも多様な注解がなされており、以下に述べる解釈はあくまで各箇所における解釈例のうちの一部である。また上記二つの立場に加え、人種差別反対の観点からなされた解釈例の一つも挙げる。

仁慈と助けの解釈(正教会・カトリック教会・プロテスタント)編集

律法学者との問答編集

律法学者が『永遠の生命を得るために何をすれば良いか』をイエスに尋ねるが、ここで「立ち上がった」とある事から、このたとえ話は会堂で行われたと推察することもできる[3][5]

問われたイエスは、逆に律法にはどう記されているかと問い返した。「『心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい』。また、『隣人を自分のように愛しなさい』とあります」という律法学者の答えは申命記6章5節とレビ記19章18節を合わせたものであり、全律法の要約である[6][5]。イエスは律法学者に対して「正しい答えだ。それを実行しなさい。そうすれば命が得られる」と返答した。

「では、私の隣人とは誰のことですか」となぜ律法学者が再び尋ねたかについては、問題を提出したことを弁明し[3]、自分の面目を保つためであったとされるほか(フランシスコ会訳聖書の注解[5])、傲慢な罪人の常として、自分を義とするため、すなわち、誰を隣人とするかが明らかになっていない以上、ユダヤ人のみを隣人とする限定的な戒めの実行を自分が果たしている事を以て自分が律法を守っている事を誇示しようとしたためとも説明される(正教会の注解[2])。

ここでイエスはたとえ話で返答する。

たとえ話編集

 
『善いサマリア人』の場面を描いたステンドグラス(フランスクレルモン=フェランの聖堂)

「ある人がエルサレムからエリコに下って行く途中、強盗どもが彼を襲い、その着物をはぎ取り、傷を負わせ、半殺しにしたまま、逃げ去った。」とあるが、エルサレムは平和の場所すなわち神とのコミュニオン(キノニア)の場を象徴し、エリコは罪の土地として知られていた[7]。また、エルサレムとエリコの間は約30km離れ、標高差が1000メートルほどあり、その山がちな地形が格好の隠れ場所となったために盗賊が出没する事で有名であった[2][5]

エリコは「祭司らの町」であり、祭司もレビ人(びと)もエリコに住んでおり[5]、祭司もレビ人もそれぞれ任とするエルサレムでの奉事を終えてエリコに帰るところだったのでしょう[2]。祭司、レビ人がたとえ話に登場し、善行を行わない姿で描かれるのは、行いを伴わない称号・職位は神の前に何の意味も持たない事を示している。

サマリア人は当時ユダヤ人から嫌悪された対象であり、イエスに質問した律法学者からすれば当然「隣人」たり得ない存在であったが、怪我人を助けたのは通りかかったサマリア人であった[2]。彼はその人に近寄って、傷に油とぶどう酒[注釈 2]を注ぎ、包帯をしてろばに乗せて宿屋まで連れてゆき、その人を介抱した。

イエスの語るこのサマリア人には祭司やレビ人になかった深い憐れみの心と素朴な優しさがあった。道の上に倒れている人を見たとき、自分と同じ人間が死にそうになっている、苦しんでいる、不憫でならないという気持ちがあった。それを放置できない神の慈しみがこのサマリア人にはあった。まさに、このサマリア人は「隣人を自分のように愛しなさい」という教えを素朴に行っている。彼にとって隣人は自分であり、自分は隣人なのである。そうでなければ、人間は人と深く関わることができないし、憐れみの心も失われてしまう。隣人愛に燃える人は人種、言語、民族、地位、職業に関係なく手を差し伸べる。祭司、レビ人はりっぱな言葉を語っていても、厄介なものに遭遇すると、そこから遠ざかり立ち去るだけで、もっとも大切な愛の実践が欠如していたのでした。[9]

律法学者との問答(むすび)編集

イエスは質問をした律法学者に対して、以上のたとえ話をした後、「この三人の中で誰が強盗に襲われた人の隣人になったと思うか」と問い、律法学者はこれに対して「その人を助けた人です」、すなわちサマリア人であると答えている。律法学者はこの回答において「助けたサマリア人です」とは答えなかった、つまり民族名を出さなかった。これには、律法学者にとっては「サマリア」という名は口に出すのも憚られるほど嫌悪の対象であった背景が表れている。他方、それほどサマリア人に対して嫌悪感を持っている律法学者であっても、たとえ話において三人のうち誰が怪我人の隣人になったかを問われた際には、名指しこそ避けたもののサマリア人であると認めている。律法学者はたとえ話を聞きつつ、その内容への驚きと、自分の了見の狭さに対する悔恨を感じていたのであろう。それはまた律法学者を正しさに導こうとするイエスの望みでもあったとする解釈例がある[2]

「隣人となる」ということは、他者の悩みを共に悩み、隣人の重荷を共に担うことを意味する[10]正教会カトリック教会、プロテスタントの多くにおいては、『あなたも行って同じようにしなさい』は、仁慈と憐みを必要とする者を誰彼問わず助けるように、愛するように命じられた教えであると解釈されている[2][5][3]

ユダヤ人と宗教的に対立していたサマリア人の行為を、「永遠の命を得る」ための模範とすることによって、このたとえ話にはルカが強調する普遍的救済のテーマが展開されている[11]

正教会の祈祷文編集

正教会祈祷書中に、以下のような祈祷文がある。

我イエルサリムより出づるが如く爾の神聖なる戒より離れて、イエリホンの慾に至り、度生の慮に惹かれて、盗賊の思に遇ひ、此等より子たる恩寵の衣を剥がれ、傷に蔽はれて、氣息なき者の如く臥す。司祭は來りて、傷を見て顧みざりき、「レワィト」も忌みて過ぎたり。唯爾、童貞女より言ひ難く身を取りし主ハリストス神よ、爾の救の脅より流したる血と水とを膏の如く我が傷に沃ぎ、之を醫して、慈憐なるに因りて、我を天上の會に合せ給へ。 — 三歌斎経、第五週間の金曜日の晩課、「主よ爾に籲ぶ」のステヒラ [1]

ここには

  • エルサレム(イエルサリム)からエリコ(イエリホン)に行って強盗に襲われた「ある人」は、神から離れて罪に陥っている自分をあらわすとする解釈
  • このたとえ話に登場するサマリヤ人は、キリスト(ハリストス)をあらわし、傷の癒しは教会における機密をあらわしているとする解釈

などが反映されている。

自己義認の誤りの論破としての解釈(信仰義認のプロテスタント)編集

他方、行為によって義とされるのではなく信仰によってのみ義とされるとの信仰義認の立場をとるプロテスタントにおいては、「善いサマリア人」のたとえ話についても、博愛慈善の教えではないとする解釈がなされる事がある。こうした解釈においては、このたとえ話の目的は「自分の正しさを示そうとする」ユダヤ教律法主義への反論であり、キリスト教神学から見ればなお不十分であるが自己義認の誤りを論破する記事であるという制約を弁える必要があるとされる[4]

この立場においての解釈例として、律法学者との問答において、最初の問いに対してはイエスから楽観的な答えがなされ(『あなたの答は正しい。そのとおり行いなさい。そうすれば、いのちが得られる』)、次の問いに対してはたとえ話の後に絶望に追いやる冷たい突っぱねがなされた(『あなたも行って同じようにしなさい』)とするものがある。『そのとおり行いなさい。そうすれば、いのちが得られる』は、パウロがその不可能性を発展させて信仰義認の教理を展開した土台となっているとされる(ガラテヤの信徒への手紙3:12、ローマの信徒への手紙10:5…このパウロ書簡の該当箇所についても解釈が分かれ、全教派にこうした見解のみがある訳ではない)[4]

ただし、「隣人とは誰か」と待って捜す態度、愛に値する人を選り好みする高慢に対して、そうではない愛の本質を示すたとえ話でもあるという解釈は、こうした立場からもなされる[4]。こうした解釈をする立場においても人を助ける行為を否定する訳ではない。「信仰のみ」の原理も義認後の人間の行いを排除するものではなく、ルターによる理解では、この原理は義認後の人間の行いを可能にするものである[12]。またプロテスタントにおいても、本たとえ話につき、困っている人を愛するよう教える内容であるとする解釈はある[13]。実際、後述する#人種差別の否定、とする解釈節においてキング牧師の解釈が示されるが、キング牧師は(牧師という肩書からも判る通り)プロテスタント(バプテスト)である。

人種差別の否定、とする解釈編集

マーティン・ガードナーマーティン・ルーサー・キング・ジュニアは、共にこの逸話を人種差別否定の思想として紹介している。

ガードナーは著書『奇妙な論理〈1〉—だまされやすさの研究』(早川書房、ISBN 4150502722)において「イエスが愛されるべき真の「隣人」の例としてサマリア人を選んだのは、古代エルサレムではサマリア人は軽蔑された少数民族だったからだということを、悟る人はほとんどいない」(136頁)と指摘。(原著は1952年のアメリカ合衆国で出版されたものなので、その当時の読者に対し)「「サマリア人」のかわりに「黒人」をおいたときはじめて、あなたはこのたとえ話の意味を、当時キリストのことばをきいた人々が理解したとおりに、理解するはずである」(前掲、同)と述べた。

また、キングの『愛するための強さ』によれば、黒人差別の実態として、ある黒人大学生バスケットボールチームの交通事故の例を挙げている。3人が負傷し、救急車が呼ばれたが、白人の隊員は「黒人にサービスするのは私の方針ではない」と搬送を拒んだ。通りすがりの運転手に搬送を引き受ける者がいたが、搬送先の病院の医者は「われわれはくろんぼをこの病院には入れない」と受け入れを拒んだ。やむなく50マイル離れた黒人専用病院に搬送したが、既に1人は死んでおり、残る2人も30分後に息を引き取ったという。これは、救急隊員や医者が特に悪人なのではなく、ただ黒人の隣人になることを拒んだということなのである。1968年4月3日(キング暗殺の前日)には、「レビ人は、『もしわたしが旅人を助けるために止まったならば、わたしはどうなるか』という疑問を持ち、サマリア人は逆に、『もしわたしが旅人を助けなかったならば、彼はどうなってしまうか』という疑問を持ったのです」[14]と指摘している。

善きサマリア人の法編集

現在、アメリカ合衆国などで導入されている善きサマリア人の法(good Samaritan law)とは、「窮地の人を救うために善意の行動をとった場合、救助の結果につき重過失がなければ責任を問われない」といった趣旨の法である。

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ デナリ(銀貨)二つ」とは、当時の労働者の日給二日分であった。
  2. ^ 中近東では古来、「油とぶどう酒」は薬として使われている[8]

出典編集

  1. ^ 場崎 洋 『イエスのたとえ話』108 - 109頁。
  2. ^ a b c d e f g 正教会編輯局『路加福音書注解』295頁 - 305頁、明治27年12月発行
  3. ^ a b c d F. バルバロ訳『新約聖書』181 - 182頁、講談社 ISBN 4061426478
  4. ^ a b c d 新聖書注解 新約 1』364頁 - 365頁、いのちのことば社(1973年) ISBN 9784264000051
  5. ^ a b c d e f フランシスコ会聖書研究所『ルカによる福音書』128頁 - 130頁、サンパウロ出版(1975年第四版) ISBN 9784805680001
  6. ^ 正教会による注解『路加福音書注解』(前掲)では「全律法の神髄」とまで言い表されている。
  7. ^ "Orthodox Study Bible" (正教聖書註解) P. 1387 (2008年)
  8. ^ フランシスコ会聖書研究書訳注『ルカによる福音書 改訂新版』121頁。
  9. ^ 場崎 洋 『イエスのたとえ話』112 - 116頁。
  10. ^ 船本弘毅 『イエスの譬話』18頁。
  11. ^ フランシスコ会聖書研究所『ルカによる福音書 改訂新版』121頁。
  12. ^ 出典:「義認」『キリスト教神学事典』135頁右、教文館、2005年 ISBN 9784764240292
  13. ^ 『新約聖書注解 1 マタイによる福音書 - 使徒言行録 新共同訳』324頁 - 325頁 日本基督教団出版局(1991年) ISBN 4818400815
  14. ^ "I've Been to the Mountaintop" by Dr. Martin Luther King, Jr.」(英語)

参考文献編集

関連項目編集