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画像提供依頼:車両の写真の画像提供をお願いします。2018年3月

791系電車(791けいでんしゃ)は、1959年(昭和34年)に登場した日本国有鉄道(国鉄)の交流試験電車である。

国鉄791系電車
主要諸元
軌間 1,067 mm
電気方式 交流20,000V (60Hz)
設計最高速度 95 km/h
編成定員 108人
自重 45.2t
最大寸法
(長・幅・高)
20,000 × 2,900 × 4,140(mm)
主電動機 交流整流子電動機
駆動方式 中空軸平行カルダン駆動方式
歯車比 15:89 (5.933)
制御装置 低圧タップ切替、弱界磁、総括制御
制動装置 SED発電ブレーキ併用電磁直通ブレーキ手ブレーキ
保安装置 ATS-S形
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概要編集

1959年に川崎車輌で新製された。交流電化(50Hz・60Hz/20kV)の実用化のための試験車として登場した車両である。電機品の製造は東芝が担当した。登場時の形式番号はモヤ94形94000)と称し、同年6月の称号規程改正に伴いクモヤ791形クモヤ791-1)に改称された。

構造編集

車体は両運転台、車体長20メートルでスタイルや構造は153系電車に準じている。だが、前照灯貫通扉上部に1基設置されているのみで、また種別・行先表示窓がない。側扉が台枠の関係でステップ付きの4枚折戸であるなどの相違点がある。この側扉の構造は後の711系試作車(901)・クロ157形貴賓用電車(ステップ無し)に受け継がれている。

車内はテストを兼ねた営業運転を行うことも考えられていたため、近郊形仕様のセミクロスシート(側扉周りにロングシート、車内中部に10ボックスのクロスシート)が設けられており、定員は108名(座席定員66名)とされた。

台車DT26と呼称し、これはDT24の軸距を拡大(2,100mm→2,300mm)したもので、各種試作電動機を交換して取り付けられる構造になっていた。

搭載される電動機は日立東芝川崎三菱東洋電機富士電機でそれぞれ1台ずつ製作された。

駆動方式は中空軸平行カルダンで、歯車比15:89(1:5.933)である。

制御方式は単相交流をそのまま使用する直接式で、主変圧器の2次側をタップ切替することで電圧制御を行い、単相交流整流子電動機を駆動する。 20kV60Hzでこの方式を採用したのは本形式が世界初とされる。

外板は交流用を表すため交流電気機関車と同じ赤2号に塗られ、幕板部の全周と前面窓下部は警戒色としてクリーム4号の帯が入れられていた。

運用編集

落成後は敦賀第二機関区に配置され北陸本線で試験が行われた後、1962年(昭和37年)10月に南福岡電車区に転属し、九州地区で試験が行われた。しかし使用する周波数が高く電動機の整流子の保守が大変であったことや、半導体技術の発達によって整流器式が主流となったため、直接式は試験のみで終わってしまった。試験後は南福岡電車区において入換・牽引用に使用された。 1972年12月には後述の交流サイリスタ電動機の試験に供されたこともあったが、1980年(昭和55年)5月に廃車された。

交流サイリスタ電動機試験編集

1972年12月に交流同期電動機の試験に用いられた。制御装置を室内に仮設し、交流サイリスタ電動機を装荷して日豊本線柳ヶ浦 - 杵築間で試験を行った。実際には、電磁石同期電動機と外付けのサイクロコンバータ制御装置の組み合わせを2組搭載したものである。既設の主変圧器は流用され、交流-交流変換を行うサイクロコンバータにより固定子電流を制御し、回転子側はサイリスタ位相制御により制御された。回生ブレーキも使用可能であった。今日のVVVF制御とは異なり、サイリスタは電動機の同期周波数に同期してスイッチングされ、ターンオフは電動機の起電力に頼る他励式かつ電流型の回路であった。[1]

脚注編集

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  1. ^ 佐藤洋、沢邦彦「車両用無整流子電動機 (PDF) 」 『富士時報』第47巻第2号、富士電機、1974年。

関連項目編集