土平 ドンペイ(つちひら ドンペイ、1966年7月10日 - )は、日本俳優大阪府大阪市北区出身。

つちひら ドンペイ
土平 ドンペイ
本名 土平 友厚(つちひら ともあつ)
生年月日 (1966-07-10) 1966年7月10日(54歳)
出生地 日本の旗 日本大阪府
身長 170 cm
血液型 AB型
職業 俳優コラムニスト
ジャンル 映画テレビドラマ舞台オリジナルビデオ
事務所 D☆project
公式サイト 土平ドンペイ OFFICIAL WEB SITE
主な作品
NHK 坂の上の雲 ▪ 連続テレビ小説 べっぴんさん カーネーション 花子とアン ▪ 大河ドラマ 軍師 官兵衛龍馬伝 花燃ゆ 功名が辻 ▪ 映画 探偵はBARにいる シリーズ GANTZ
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人物編集

身長170cm、体重75kg、血液型AB型。特技は野球カヌー

野球部特待生として比叡山高等学校に入学するが、1年のときに故障で途中退部[1]。その後、京都駅で「俳優募集」の張り紙を見つけ、東映京都撮影所のオーディションを受けたところ合格し、2年間俳優養成所に通う[2]

学校ではスキー部に転部し学園生活を過ごす。高校生活での思い出作りとして、国体に出場する!と決めカヌー競技を始める。努力の結果、高校3年時の奈良国体に出場[3]1985年に高校を卒業後、元自民党衆議院議員である上田茂行が経営する滋賀県大津市不動産会社に入社。スポーツ事業部に配属され、カヌーの社会人選手・監督として4回連続国体に出場。そのかたわら、テニスインストラクターの資格を取得。カヌーを引退後、役者熱が再燃し東映京都撮影所に復帰した[4]。その後、仕出し(エキストラ)の仕事があるという理由から松竹京都撮影所に移り、働きながら週末のみ大部屋俳優を始める。29歳のときに、本格的に役者になることを決意。当時すでに結婚していて3人の子どもがいたため周囲には猛反対されたが、「3年だけ時間をくれ」と頼み込んで退職した[5]

ミナミの帝王』のオーディションに通って三池崇史に気に入られたのを機に1996年に上京し[6]Vシネマに多数出演。「平成のVシネマで最も多く死んだ男」の異名を得る[7]猿岩石主演の『一生、遊んで暮らしたい』(1998年)で全国公開映画デビュー[8]。当時は本名だったが、ネプチューン主演の『ネプチューン in どつきどつかれ』(1998年)の出演から、高校時代のあだ名に由来する現在の芸名に改名。2002年菅原文太の紹介で以前の事務所に移籍[9]

2016年NHK朝の連続テレビ小説べっぴんさん』で広く知られるようになる[10]

出演編集

映画編集

Vシネマ編集

  • 美女奉行 おんな牢秘抄II(1995年)
  • 仁義 20 裏切りの報酬 - 冴木組 加藤 役
  • 新 銀鮫 六本木金融伝説 (2000年) - ムトウ(ヤクザ) 役
  • 傷だらけの仁義 - 藤堂組菊地組幹部 吉井貞道 役
  • 日本極道史 龍神三兄弟 - 浅野組組員 山崎 役
  • 極悪 人間魚雷ブルース(2001年) - ヒットマン 役
  • 実録 最後の総会屋(2001年) - マルヤマ
  • 首領の女(2002年) - 桐野組若衆 大橋慎吾
  • 仁義 27 復讐の銃弾 - 港南連合 川瀬 役
  • 仁義 31 暴力団再武装 - 鷹城組 木原 役
  • 裏稼業列伝 ナニワの虎
  • 実録・名古屋やくざ戦争 統一への道
  • 無間地獄 凶悪金融道2
  • HOKURO 百発病伝説(2003年) - 主演 ・ 山谷吾郎 (ラジオの売れっ子DJ) 役
  • 実録・竹中正久の生涯 荒らぶる獅子(2003年) - 竹中組組員 徳永正春 役
  • 消しゴム屋 シリーズ(2008年)全2作 - 柴(凄腕ハッカー) 役

テレビドラマ編集

ウェブドラマ編集

舞台編集

ラジオ編集

  • 月極ラジオ - 2005年3月前半担当
  • e-m station
  • 俳優 土平ドンペイの DON MY LIFE (京都三条ラジオカフェ )

関連項目編集

脚注編集

外部リンク編集