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在日フィリピン人

日本に住むフィリピン国民

在日フィリピン人(ざいにちフィリピンじん, フィリピノ語: Mga Pilipino sa Hapon)は、日本に在住するフィリピン共和国国籍を持つフィリピン人である。日本に帰化したフィリピン人、およびその子孫のことはフィリピン系日本人と言う。

在日フィリピン人・フィリピン系日本人
Mga Pilipino sa Hapon
フィリピンの旗日本の旗
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リカルテ将軍 殖民義塾玄関前.jpg
Takayasu 2012 Jan 2.JPG
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総人口
271,289人(2018年12月末[1]
居住地域
関東地方東海地方
関西圏等全国各地
言語
タガログ語日本語英語
その他のフィリピン諸語[2]
宗教
カトリックキリスト教
仏教イスラム教

概要編集

2018年12月末時点で271,289人を数え、在日外国人としてはベトナムに次ぐ第4位となっている。日本でのフィリピン人の歴史は古く、既に在住者の大半が永住者や定住者となっており、日本社会に溶け込み、日本国籍を取得しているものの少なくない。また、国際結婚の多さから多くの2世を生み出しフィリピン系日本人として日本の各界で活躍する人も多い。こういった、日本国籍を持つフィリピン系日本人の数は統計は無いが、相当数の数になると思われる。

人数編集

2015年6月現在、日本に中長期に滞在している民間のフィリピン人は22万4048人(194国中4位)である。そのうち永住しているフィリピン人やその家族は12万2547人(3位)であり、それ以外のフィリピン人が10万1501人である。この他に90日以下の短期滞在や外交官が1万1880人居る[3]

年代編集

男女比は25対75であり、圧倒的に女性が多い。年代別で多いのは40代(6万5213人)と30代(5万9802人)であり、60代以上は殆ど居ない[3]。世界平均と比べると40代(29%)・30代(27%)の比率が高く、20代(17%)の比率が低い[3]

在留資格編集

在日フィリピン人の大半(87%)は就業制限のない永住者(11万8132人)や定住者(4万4931人)である[3]。制限のある在留資格としては技能実習1万5583人(3位)、技能・人文知識・国際業務3850人(7位)、転勤1274人(4位)が多い[3]。在日外国人の中ではEPA看護士863人(2位)や家事使用人849人(1位)、調理師などの技能425人(6位)や興行329人(2位)、教師などの教育363人(6位)や生徒としての研修113人(5位)も上位である[3]。特に家事使用人(79%)は大半が在日フィリピン人である[3]

職種編集

2010年の在日フィリピン人の労働力人口は7万7854人(在留数の37%)であり、失業率は9%だった[4]。産業は製造業(44%)、「宿泊業、飲食サービス業」(13%)、「卸売業、小売業」(7%)、サービス業(4%)、「医療、福祉」(4%)、農業(3%)、建設業(3%)、「生活関連サービス業、娯楽業」(3%)が多かった[5]

地域編集

在日フィリピン人の居住地域は関東地方(46%)、中部地方(30%)、近畿地方(10%)が多い[3]。関東は40代(32%)、中部と近畿は30代(29%、28%)が多い[3]。20代以下の割合は関東(28%)より中部や近畿(35%、33%)の方が高く、関東の方が高齢化していると言える[3]

家族編集

家族の同伴率は1%で世界平均(6%)より低い。一方、日本人の配偶者のフィリピン人は13%で世界平均(7%)の約2倍である。

歴史編集

戦前編集

初期の例としては、太平洋戦争中、日本軍占領下でのフィリピン独立(フィリピン第二共和国)に伴い、日本の大学で学ぶために来日したフィリピン人学生がいる。

1980年代編集

1960年代までフィリピン経済は「アジアの優等生」と呼ばれていたが、その後は長期低迷した。国内に仕事が無いフィリピン人は中東の産油国出稼ぎに行って働いていたが、石油価格の低迷により締め出されてしまった[6]。丁度その時、円高で日本円の価値が上昇していた為にフィリピン人はニューカマーとして日本を目指すようになった[6]。フィリピンで暗躍していた日本の暴力団は、フィリピン人に仕事を斡旋して積極的に日本に密入国をさせた[6]。その結果1983年の在日フィリピン人は7516人だったが、バブル景気を経て1989年までに約5倍の3万8925人に急増した[7]。1987年に不法就労で強制退去させられたフィリピン人は8027人(1位)で全体の7割を占めた。そのうち約7割は女性であり[8]、いわゆる「ジャパゆきさん」だった[6]。フィリピン人女性はフィリピンパブなどの風俗関係に従事しており、1988年に風俗関係事犯で捕まったフィリピン人女性は588人(1位)だった[8]

1990年代編集

1992年の在日フィリピン人は6万2218人だったが、1995年に7万4297人となった[7]。この頃、ルビー・モレノがテレビや映画で活躍した。国際結婚が増加し、1995年に日本人男性と結婚したフィリピン人女性は7188人、フィリピン人男性と結婚した日本人女性は52人だった[9]。一方、1995年までにフィリピン人の不法残留は4万1122人(3位)になり、刑法犯は1990年の328件(3位)・151人(3位)から633件(7位)・301人(5位)に倍増した[10]。不法就労も続いており、1995年に雇用関係事犯で捕まったフィリピン人女性は204人(1位)であり、風俗関係事犯で捕まったフィリピン人女性は166人(2位)だった[10]

2000年代編集

2000年の在日フィリピン人は1995年の約2倍の14万4871人に急増した[11]。この年、興行の在留資格で新規に入国したフィリピン人は6万455人(59%)だった[12]。一方、2000年のフィリピン人刑法犯は375件(6位)・241人(6位)であり、不法残留は3万6379人(2位)だった[13]。雇用関係事犯で捕まったフィリピン人女性は93人(4位)であり、風俗関係事犯で捕まったフィリピン人女性は181人(3位)だった[13]

在日フィリピン人はその後も増加を続けたが、2005年に人身売買を防止するために興行ビザが取り難くなった[14]。そのため在日フィリピン人は一時18万7261人に減少した。しかし同じ頃に国際結婚はピークを迎えており、2005年に日本人男性と結婚したフィリピン人女性は1万242人、フィリピン人男性と結婚した日本人女性は187人だった[9]。そのため在留人口は翌年からは回復し2009年(21万1716人)まで増加を続けた[11]。日本政府は2008年にフィリピンと経済連携協定を締結し、「一定の要件を満たすフィリピン人の看護師・介護福祉士候補者の入国」を認めた[15]。また丁度この頃、1980年代後半に日本人と結婚して生まれた子供達が成人を迎えており、中には秋元才加のように芸能界で活躍するフィリピン系日本人も居た。しかし2000~2005年頃の在日フィリピン人の高校通学率は在日外国人の中でも低く、3~4割前後しかなかったと言う[16]。また2009年頃の神奈川県川崎市では生活保護を受ける在日フィリピン人が2841世帯あり、そのうち約8割が母子家庭だったと言う[16]。そのためかフィリピン人少年の刑法犯は2006年に100人を越え[17]、2009年の202人[17]をピークに2014年まで連続して100人を越えた[18]。川崎市では後に少年による殺人事件が発生し、フィリピン人子弟の生き辛さを指摘する声が挙がった[19]

2010年代編集

2010年にフィリピンの海外出稼ぎ労働者(OFW)は米国などからフィリピンに213億ドル(4位)を送金した[20]。在日フィリピン人は2010年に一時21万181人に減少したが[11]、2015年には22万4048人に増加した。一方、2010年までにフィリピン人の不法残留は1万2842人(3位)になり[21]、刑法犯は442件(6位)・464人(5位)、雇用関係事犯などの特別法犯も含めると1128人(3位)になった[17]。少年の刑法犯は137人(1位)で窃盗(2位)など行っていた[17]。2014年のフィリピン人の犯罪は空き巣万引き・占有物離脱横領罪が多かった[22]。なお2012年以降の統計は計算方法が変わり、短期滞在や公務を含まなくなったので、2011年以前の統計と単純比較できなくなった[23]。ちなみに2015年の総在留フィリピン人は23万5928人である[3]。一方、2015年までにフィリピン人の不法残留は4991人(4位)になった[24]

統計編集

在留資格別(10位まで)
順位 在留資格 人数
1 永住者 129,707
2 定住者 52,008
3 日本人の配偶者等 26,322
4 技能実習2号ロ 17,092
5 技能実習1号ロ 10,681
6 特定活動 8,574
7 技術・人文知識・国際業務 7,083
8 永住者の配偶者等 6,155
9 家族滞在 3,386
10 留学 3,010
都道府県別(10位まで)
順位 都道府県 人数
1 愛知県 37,346
2 東京都 33,862
3 神奈川県 22,629
4 埼玉県 20,410
5 千葉県 19,263
6 静岡県 16,859
7 岐阜県 12,823
8 茨城県 10,295
9 大阪府 8,471
10 群馬県 8,076

関連人物編集

関連項目編集

脚注編集

  1. ^ 在留外国人統計(旧登録外国人統計)統計表 法務省
  2. ^ とりわけセブアノ語の母語話者が多い。
  3. ^ a b c d e f g h i j k 在留外国人統計(旧登録外国人統計)”. 法務省 統計局 (2015年). 2015年11月14日閲覧。
  4. ^ 平成22年国勢調査の結果利用に関するQ&A(回答)”. 総務省 統計局. 2015年11月26日閲覧。
  5. ^ 平成22年国勢調査 産業等基本集計 第42-3表”. 総務省 統計局. 2015年11月26日閲覧。
  6. ^ a b c d 第2節 国際化の進展に伴う警察事象の変化”. 昭和62年 警察白書 (1987年). 2015年11月21日閲覧。
  7. ^ a b 出入国管理-新時代における出入国管理行政の対応”. 出入国管理(白書) (1998年). 2015年11月21日閲覧。
  8. ^ a b 第2章 国際化社会と警察活動”. 平成5年 警察白書 (1994年). 2015年11月21日閲覧。
  9. ^ a b 第2表 夫妻の国籍別にみた婚姻件数の年次推移”. 厚生労働省 (2009年). 2015年11月25日閲覧。
  10. ^ a b 第8章 国際化社会と警察活動”. 平成8年 警察白書 (1996年). 2015年11月21日閲覧。
  11. ^ a b c 第1部 出入国管理をめぐる近年の状況”. 平成24年版「出入国管理」白書 (2012年). 2015年11月21日閲覧。
  12. ^ 平成12年における外国人及び日本人の出入国者統計について”. 法務省 入国管理局 (2001年3月). 2015年11月21日閲覧。
  13. ^ a b 第8章国際化社会と警察活動”. 平成13年 警察白書 (2001年). 2015年11月21日閲覧。
  14. ^ 4 人身取引行動計画(旧行動計画)の進捗状況”. 入国管理局. 2015年11月21日閲覧。
  15. ^ 日・フィリピン経済連携協定”. 外務省 (2011年7月1日). 2015年11月14日閲覧。
  16. ^ a b 移住労働者と連帯する全国ネットワーク・移住者と貧困プロジェクトチーム (2010年3月4日). “ナショナルミニマム研究会 第6回”. 厚生労働省. 2015年11月25日閲覧。
  17. ^ a b c d 来日外国人犯罪の検挙状況(平成22年確定値)【訂正版】”. 警察庁 (2010年). 2015年11月21日閲覧。
  18. ^ 来日外国人犯罪の検挙状況(平成26年)”. 警察庁 (2010年). 2015年11月21日閲覧。
  19. ^ 川崎中1殺害事件でも…秋元才加やざわちんが明かすフィリピンハーフへの偏見と差別”. LITERA (2015年3月17日). 2015年11月21日閲覧。
  20. ^ Migration and Remittances Factbook 2011”. 世界銀行 (2010年). 2015年11月29日閲覧。
  21. ^ 本邦における不法残留者数について(平成22年1月1日現在)”. 法務省 入国管理局 (2010年3月29日). 2015年11月21日閲覧。
  22. ^ 来日外国人犯罪の検挙状況(平成26年)”. 警察庁 (2014年). 2015年11月21日閲覧。
  23. ^ 平成24年末現在における在留外国人数について(速報値)”. 法務省入国管理局 (2013年3月18日). 2015年11月14日閲覧。
  24. ^ 本邦における不法残留者数について(平成27年1月1日現在)”. 法務省 入国管理局 (2015年3月20日). 2015年11月21日閲覧。

外部リンク編集