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在韓米軍(ざいかんべいぐん、: United States Forces Korea, USFK)は、大韓民国に駐在しているアメリカ軍の陸・海・空軍部隊の総称である。朝鮮戦争の際に国連軍主力部隊として派遣され、戦後に引き続き駐在している。ニクソンカーター時代から削減が始まり、90年代より世界的な米軍再編により、段階的に削減されている。

在韓米軍
USFK.gif
各種表記
ハングル 주한미군
漢字 駐韓美軍
発音 チュハンミグン
日本語読み: ざいかんべいぐん
英語 United States Forces Korea
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ジョージ・W・ブッシュ政権は在韓米軍の兵力の一部をイラク戦争に投入した。

2010年5月に再編後も約28,500人規模の兵力を維持することが決定されている。内訳は、陸軍20,000人、空軍8,000人、海軍300人、海兵隊100人、特殊作戦軍100人。スローガンは『fight tonight(今夜戦う{その準備が出来ている})』である。

主要部隊編集

基地編集

主要基地編集

米韓連合司令部が龍山区に置かれている。在韓米軍の司令部などが所在していたが、ハンフリーズ基地へ移転した。この再編は決定した後も朝鮮半島の緊張が高まるたびに再三延期されてきた。Camp Coiner, Camp Kimを含む。
2018年6月29日、在韓米軍司令部がハンフリーズ基地に移転を完了した[1]
陸軍基地。第19戦域支援集団他が駐留している。Camp Carroll(慶尚北道漆谷郡),Camp George, Camp Henry, Camp Walkerを含む。
在韓米空軍の司令部や第51戦闘航空団が所在する。ハンフリーズ基地と互いに隣接する。
第8戦闘航空団が駐留している。

その他の基地編集

アメリカ陸軍の防空部隊が駐留している。
Fleet Activities Chinhaeが駐留している。
アメリカ海軍のヘリ分遣隊が駐留している。

返還、閉鎖された基地編集

陸軍基地。主力実戦部隊である第2歩兵師団の司令部が所在していた。東豆川市の駐留部隊を傘下に持ち、軍事境界線 (朝鮮半島)とソウル特別市の中間にあり首都防衛を担っていた。2016年7月には東豆川に駐屯していた第2歩兵師団部隊が、平沢のハンフリーズ基地に移転を開始した[2]。2018年6月には閉鎖式典を行った[3]

在韓米軍の法的地位編集

韓洪九は韓国における米軍の法的地位の歴史を次の4段階に分けている。

  • 1945年9月~1948年8月 
米軍政下では韓国政府も存在せず、米軍の法的地位が問題になることはなかった。米軍人が韓国の法廷で裁判をうけるのではなく、韓国人が米軍の法廷で英語で裁判を受けなければならなかった。
  • 1948年8月~1949年6月
大韓民国政府樹立から米軍撤退までの時期はごく簡単な「過渡期に施行された暫定的軍事安全に関する行政協定」に規定されていた。米軍政を受けて、米国の軍人・軍属やその家族の立場は強力であり、不平等なものだった。
  • 1950年7月~1967年2月
朝鮮戦争初期に締結された大田(テジョン)協定で韓国政府は米軍に対する刑事裁判権を放棄し、米国当局に付与してしまった。1953年7月に米韓相互防衛条約が仮調印されたが、米国は在韓米軍の法的地位に関する交渉には応じず、大田協定はそのまま存続した。当時米兵の犯罪は全く野放しの状態だった。
  • 1967年2月~現在
韓米間にSOFAが発効し、大田協定よりは大きく改善されたが、地位協定の附属文書で本協定の内容を覆す自動放棄条項があり、韓国側の米軍に対する裁判管轄権は形式的なものにとどまった。

(韓洪九:韓国現代史)

韓国における反米軍感情編集

これ以外にも、韓国国内では米軍の駐屯費用の負担に対する反発が根強く米韓の摩擦が続いている(2007年時点の韓国側の負担率は42%)。作戦統制権も平時については1993年に韓国による単独行使が可能となったが、戦時には米韓連合司令部がこれを握る。韓国では米韓連合軍司令部の作戦統制権を主権の侵害として捉える傾向が強かった。また韓国政府は北朝鮮との軍事分界線付近を中心に広大な土地を米軍に貸与する一方、米軍基地の周辺住民への補償や支援はほとんど行ってこなかった。こういったことが韓国における反米軍感情の温床になってきた。

1999年9月29日AP通信朝鮮戦争中米軍が韓国人民間人を虐殺したノグンリ事件を大々的に報道し、2002年6月13日には京畿道楊州郡広積面孝村里で米第2歩兵師団工兵隊装甲車による女子中学生2名の死亡事故が発生したことによりローソクデモなど反米運動の高まりがみられた(議政府米軍装甲車女子中学生轢死事件)。

現在進行中の在韓米軍再編を基礎づける「米韓連合土地管理計画」(LPP:Land Partnership Plan)の目的の一つは、米軍駐留にともなう韓国国内の反発を緩和することであった。しかしLPPによる米軍基地の集約・移転をめぐっても、少なからぬ摩擦が生じているのが現状である。

米韓合同軍事演習編集

在韓米軍は年次で韓国軍と合同軍事演習を実施している。

作戦計画編集

在韓米軍には、その時局に応じて起こりうる有事を想定した作戦が存在していた[1]。これらの作戦は、立案後に締結される条約や共同宣言など社会情勢の変化により、現在では失効しているものもあると考えられている。ごく簡単にまとめると次のようになる。

  • 作戦計画5026:朝鮮民主主義人民共和国の核開発が問題になった1990年代に立案された作戦。核施設などをピンポイント爆撃する。
  • 作戦計画5027朝鮮人民軍が南下して全面戦争となった場合、米韓連合軍が積極的に攻勢にでて朝鮮半島統一を成し遂げる。(それまでは後退しつつ反撃の機会を待つ作戦が採用されていた。)
  • 作戦計画5028:欠番とされている。
  • 作戦計画5029:1999年に立案された作戦。朝鮮民主主義人民共和国が内部混乱に陥った場合に軍事介入を行う。
  • 作戦計画5030:2003年に立案された作戦。軍事介入というより、クーデターなどを誘発させる諜報・工作作戦。

歴代司令官編集

在韓国連軍司令官、米韓連合司令部司令官を兼任する。

画像 氏名・階級 任期
  ジョージ・デッカー英語版大将 1957年7月1日 - 1959年6月30日
  カーター・B・マグルーダー英語版大将 1959年7月1日 - 1961年6月30日
  ガイ・S・メロイ英語版大将 1961年7月1日 - 1963年7月31日
  ハミルトン・H・ハウズ大将 1963年8月1日 - 1965年6月15日
  ドワイト・E・ビーチ英語版大将 1965年6月16日 - 1966年8月31日
  チャールズ・H・ボーンスティール3世大将 1966年9月1日 - 1969年9月30日
  ジョン・H・ミカエリス大将 1969年10月1日 - 1972年8月31日
  ドナルド・V・ベネット英語版大将 1972年9月1日 - 1973年7月31日
  リチャード・G・スティルウェル英語版大将 1973年8月1日 - 1976年10月8日
  ジョン・ヴェッシー・ジュニア大将 1976年10月8日 - 1979年7月10日
  ジョン・A・ウィッカム大将 1979年7月10日 - 1982年6月4日
  ロバート・W・セネワルド英語版大将 1982年6月4日 - 1984年6月1日
  ウィリアム・J・リブジー英語版大将 1984年6月1日 - 1987年6月25日
  ルイス・C・メネトリー英語版大将 1987年6月25日 - 1990年6月26日
  ロバート・R・リズカシー英語版大将 1990年6月26日 - 1993年6月15日
  ゲイリー・E・ラック英語版大将 1993年6月15日 - 1996年7月9日
  ジョン・H・ティレリー英語版大将 1996年7月9日 - 1999年12月9日
  トーマス・A・シュワルツ英語版大将 1999年12月9日 - 2002年5月1日
  レオン・J・ラポート英語版大将 2002年5月1日 - 2006年2月3日
  バーウェル・B・ベル英語版大将 2006年2月3日 - 2008年6月3日
  ウォルター・L・シャープ大将 2008年6月3日 - 2011年7月14日
  ジェームズ・D・サーマン英語版大将 2011年7月14日 - 2013年10月2日
  カーチス・スカパロッティ英語版大将 2013年10月2日 - 2016年4月30日
ヴィンセント・ブルックス英語版大将 2016年4月30日 - 2018年11月7日
  ロバート・B・エイブラムス英語版大将 2018年11月7日 -

国連軍との関係と板門店との共同警備・監視編集

韓国側の負担編集

韓国は、米韓防衛費分担金特別協定に基づき在韓米軍の駐留経費負担(日本の思いやり予算に相当)を行ってきた。

2016年に就任したドナルド・トランプ大統領は、米軍が駐留する各国に対して負担増を要請。韓国に対しても2018年以降、10度以上の負担額の増加を見据えた交渉が行われ、2019年2月10日に1兆0380億ウォンの負担を盛り込んだ仮協定の署名が行われた。額としては前契約比8.2%増。期間は5年契約から1年契約と短縮されたものとなっている[6]

2019年7月23日ジョン・ボルトン国家安全保障問題担当大統領補佐官が来韓。韓国側に在韓米軍の経費負担増を働きかけたことが報道された[7]。8月7日には、ドナルド・トランプ大統領が、改めて韓国の負担増額について協議を開始したことを明らかにしている[8][9]。2019年11月19日、米韓担当者による交渉が行われたが、韓国側は50億ドルとみられる負担額に難色を示したため、アメリカ側が席を立つ形で交渉を終えた[10]

出典編集

  1. ^ 在韓米軍司令部がソウルから移転 京畿道・平沢で新庁舎開館式聯合ニュース 2018年6月29日
  2. ^ 在韓米軍の主力部隊移転 ソウル北方から南方へ産経ニュース 2016年7月18日
  3. ^ USAG Camp Red Cloud Inactivation Ceremony第2歩兵師団facebook 2018年6月21日
  4. ^ US military returns property to South Korean governmentSTARS AND STRIPES 2015年3月25日
  5. ^ Camp Yonginglobalsecurity
  6. ^ 在韓米軍の駐留経費負担ようやく仮署名 期間1年・韓国負担額8.2%増”. 聯合ニュース. 2019年2月10日閲覧。
  7. ^ 「ボルトン氏の訪韓目的は防衛費、5倍をはるかに超える50億ドル要求」”. 中央日報. 2019年8月8日閲覧。
  8. ^ 米大統領、韓国の米軍駐留費負担「さらに増額も」”. ロイター通信 (2019年8月8日). 2019年8月7日閲覧。
  9. ^ 在韓米軍駐留経費、トランプ氏が韓国側負担の5倍増を要求”. CNN (2019年11月15日). 2019年11月15日閲覧。
  10. ^ 在韓米軍の駐留費、米韓両国が協議も物別れに”. AFP (2019年11月19日). 2019年11月27日閲覧。

参考文献編集

  • 韓洪九『韓洪九の韓国現代史 韓国とはどういう国か』(平凡社、2003年)
  • 渡邊武「再配置を契機とする在韓米軍基地問題の変化:『持続可能な駐留環境』に向けて」『防衛研究所紀要』第7巻第1号(2004年11月)
  • 平田隆太郎・惠谷治・島田洋一・西岡力 共著 『南・北朝鮮、同時崩壊か?』(東京財団 中央公論事業出版 2007年03月 ISBN 9784895142878

外部リンク編集

関連項目編集