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地主園 秀美(じぬしぞの ひでみ、1989年4月14日 - )は、鹿児島県霧島市出身のプロサッカー選手JFLFCマルヤス岡崎所属。ポジションは、ミッドフィールダー

地主園 秀美 Football pictogram.svg
名前
愛称 ゾノ
カタカナ ジヌシゾノ ヒデミ
ラテン文字 JINUSHIZONO Hidemi
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1989-04-14) 1989年4月14日(30歳)
出身地 鹿児島県霧島市
身長 168cm
体重 65kg
選手情報
在籍チーム FCマルヤス岡崎
ポジション MF
背番号 16
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2011-2014 FC岐阜 34 (3)
2014 鹿児島ユナイテッドFCセカンド 5 (0)
2015- FCマルヤス岡崎 96 (9)
1. 国内リーグ戦に限る。2019年2月9日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

目次

来歴編集

6歳でサッカーを始め、中学から高校まではアミーゴス鹿児島に所属。高校時代に日本クラブユースサッカー選手権 (U-18)大会など全国大会を経験した。

東海学園大学に進学し、1年時からレギュラーに定着。2年時、総理大臣杯全日本大学サッカートーナメントに出場した。3年時にはデンソーカップチャレンジサッカーの東海・北信越大学選抜にも選ばれた。4年時の前半、東海学生サッカーリーグ開幕前の練習試合で左膝内側靱帯を損傷し、その後も復帰しては再発を繰り返した。

2011年6月上旬、FC岐阜の練習に1週間にわたって参加し[1]、同年7月より特別指定選手としてFC岐阜に登録された[2]。特別指定選手でありながら、チームの主力として16試合に出場した。

2012年、FC岐阜へ正式に入団[3]。コーチの安原成泰は、東海学園大学時代の監督であった。第28節、第29節と2試合連続でゴールを決めて、そこからレギュラーに定着しかけたが、9月14日の第33節・ギラヴァンツ北九州戦で右脛骨・右腓骨骨折の怪我を負い戦列を離脱[4]。11月に手術を行い全治6ヶ月の診断を受けた[5]

2013年も怪我のリハビリに長い時間を費やし、10月30日にようやくチームに部分合流したものの、結局シーズンを棒に振った[6]

2014年7月、怪我から復帰することなく、契約期間満了により岐阜を退団[7]。同年8月、鹿児島ユナイテッドFCセカンドへ完全移籍した[8]

2015年、FCマルヤス岡崎へ完全移籍[9]

所属クラブ編集

ユース経歴
プロ経歴

個人成績編集

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2011 岐阜 35 J2 16 1 - 0 0 16 1
2012 7 18 2 - 1 0 19 2
2013 0 0 - 0 0 0 0
2014 0 0 - 0 0 0 0
2014 鹿児島U2 44 九州 5 0 - - 5 0
2015 マルヤス 32 JFL 29 5 - 1 1 30 6
2016 16 27 2 - - 27 2
2017 17 2 - 2 0 19 2
2018 23 0 - - 23 0
2019 -
通算 日本 J2 34 3 - 1 0 35 3
日本 JFL 96 9 - 3 1 99 10
日本 九州 5 0 - - 5 0
総通算 135 12 - 4 1 139 13
  • 2011年は特別指定選手

脚注編集

関連項目編集