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概要編集

姦通近親相姦の罪を犯して二代に渡って地獄に堕ちていく母娘を卑俗趣味たっぷりに描く[3][4][5]

スタッフ編集

キャスト編集

製作編集

企画は岡田茂東映社長(当時)[1][6]。外国産のオカルト映画に便乗して本作を企画した[1][6]。岡田は、曼陀羅に描かれた因果応報の世界"地獄"を、常に人間を赤裸々なナマの姿で描き続けてきたと神代辰巳監督を起用し「外部から新しい血を導入、体質改善、新分野開拓を図る第一弾」と話した[1]。また大作路線への移行を目指し一本立て作品として準備したが[1]若松孝二監督、内田裕也主演の『餌食』(獅子プロ製作)との二本立てで公開された[7]。神代は「岡田社長からは、地獄絵を見せてくれと言われた。地獄を舞台に『エクソシスト』みたいな恐ろしさが出せればと思っています」と話し製作に挑んだ[1][8]

脚本編集

1977年秋に岡田から依頼を受けた神代は、田中陽造と打ち合わせに入り同年11月から脚本に取り掛かり、初めはサーカスの女をヒロインに据えた悲恋物語を書いたが[8]、岡田から「そんな話が当たるか」の一言で不本意な改訂を余儀なくされた[8]。この準備稿はサーカスのテントの中で観客が全員焼死するという映画化不可能な内容だったとされる[9]不倫無間地獄に陥った女の因果報復譚に書き換え、1978年4月に第二稿が出来、岡田に提出しOKが出た[2]

キャスティング編集

二役を演じた原田美枝子はかねてから尊敬する神代監督作品に初出演[10]。また、1970年代の中期にかけて美少女アイドルとして絶大な人気を博した栗田ひろみがエキセントリックな娘を演じ、芸能界引退前の最後の出演映画となった[11][12]

興行編集

1979年1月の時点では、カンヌ映画祭に出品するという意向もあった[13]。併映『餌食』との組み合わせで興行が不安視された予想通り[8]、東映三角マーク史上、未曾有の不入りを記録した[8]。マスコミからの評価も散々で[8][10][14]、岡田社長が「俺の目の黒いうちは、クマシロには二度と東映映画は撮らせない」と激怒したという伝聞が、しばらく東映関係者の酒の肴になったといわれる[8]

評価編集

キネマ旬報』は「作品そのものが不出来で、原田美枝子の演技も空転した」などと評している[10]

本作の併映『餌食』の脚本家・高田純は「神代節と称されて多くの映画関係者たちに影響を与えた、そのうねるような映像表現は二時間あまりの間どこにも片鱗を見せない。並みいる芸達者たちも、何をどう演じたら良いのか分からず、終始困惑顔でフレームにおさまっているようにしか見えない。まことにもってクマさんらしからぬ凡庸な作品になってしまった。一信奉者としてのこちらの質問にクマさんは『あれは陽造さんには悪いことをしたが、結局最後までホンが良く分からなかったんだ』と述懐した。ホンが分からないというのは致命的な事態である。クマさんの作家姿勢と、東映カラーという得体の知れない社風とが、ついに巡り合うことなく終わった不幸な作品が『地獄』なのだ。かつて田中登さんが単身京都に乗り込んで『神戸国際ギャング』に返り討ちに遭ったのと同じように、クマさんもまた本来の出身地の隣村太秦ではついに理解されることはなかったのだ。長く続いた任侠映画の果てに見出した実録映画の鉱脈も掘り尽くし、さてこれからどこへ向かえばいいのだと途方に暮れていた三角マークのど真ん中に、クマさんも否応なく巻き込まれてしまったのである。今にして思えば、その後時を経ずして日本映画はブロックブッキング体制を放棄し、活路を求めて一本立ての大作ロードショー形式に転身していった。それがさらに抜けようのない蟻地獄へと陥っていった」などと評している[8]

高橋克彦は「数ある地獄物のなかでベスト3に入る出来栄え。後半がゲテモノと看做され評価は低いけれど、中川信夫監督の『地獄』に負けず劣らずで、神代辰巳監督の拵えた『地獄』は怪談映画としても超一流の作品だと思います。怖いですよ、これは」などと評している[15]

山根貞男は「率直に言って『地獄』はあまり評判が良くない。なぜそうなのか。いや、その理由を少しは想像できなくもないが、この映画にはそんなものを軽く一蹴してしまう膂力も魅力もある。そこを見なければ、神代辰巳のどの作品であれ、正当に評価することはできないのではないか。すくなくとも『地獄』は重要な作品だと私は考える。神代辰巳の『地獄』が公開されたのは1979年のことである。この年の作品は封切り順に『赫い髪の女』『地獄』『遠い明日』の三本だが、神代辰巳の最高傑作の一つと見なしていい『赫い髪の女』の次に『地獄』が並び、しかも片や中上健次原作、片やクローニン原作という二本の間に挟まっていることに注目しよう。神代辰巳の中期のピークがどのような域にあったかを告げる作品としての『地獄』があるように思われるからである。題名通り"地獄"の何たるかを生々しく描いたこの映画は、紛れもなく本格的な怪談映画で、神代辰巳のフィルモグラフィに於ける異色作として輝いている。そのことは、これが初の、そして結果的には唯一の東映京都撮影所での仕事であったことと結び付けてもよかろう。ラスト、えんえん描き出される主人公たちの地獄めぐりのおどろおどろしい光景は、まさしく東映京都の大ステージの産物以外なにものでもない。また冒頭からまもなく、ヒロインの死体から赤ん坊が生まれる場面は、原田美枝子の話によれば、当初、雪の中のシーンになるはずだったというが、完成作品では、あたり一面淫らなほど赤い花々の咲き乱れた山上の風景として、セット撮影ならではの強烈な印象を突き出してくる。『赫い髪の女』で、ロマンポルノという名の狂い咲きも表現としてのピークに達した。東映サイドにどんな思惑なり計算があったかは知らないが、神代辰巳にすれば、明らかに『地獄』は"ロマンポルノ"に於ける達成を踏まえての新展開に違いないと思われる。この映画でもドラマの軸は男女の性愛に置かれているとはいえ、本格的な怪談映画を目指す点で、神代辰巳が別の領域に突入していったことは歴然としている」などと論じ、本作の不評に大きく関わる地獄めぐりシーンのセット臭さ丸出し部分についても「神代辰巳の大異色作は同時に大いなる失敗作にほかならない。しかし神代辰巳はそんなことも百も二百も承知している。むしろ神代辰巳としては地獄のシーンの人工物製を強調したかったに違いない」などと擁護している[16]

同時上映編集

脚注編集

  1. ^ a b c d e f 「新作情報 東映が『地獄』に神代監督を起用」『キネマ旬報』1978年1月下旬号、 199頁。
  2. ^ a b 「邦画新作情報」『キネマ旬報』1978年6月上旬号、 172頁。
  3. ^ 『ぴあシネマクラブ 邦画編 1998-1999』ぴあ、1998年、327頁。ISBN 4-89215-904-2
  4. ^ 神代辰巳/地獄 - TOWER RECORDS ONLINE
  5. ^ INTRO | 「総力特集・監督神代辰巳」日本映画専門チャンネルに
  6. ^ a b 春日太一『あかんやつら 東映京都撮影所血風録』文藝春秋、2013年、371-373頁。ISBN 4-1637-68-10-6
  7. ^ 『東映映画三十年—あの日、あの時、あの映画東映、1981年、257頁。
  8. ^ a b c d e f g h 高田純「大特集 追悼神代辰巳 神代作品評 『地獄』」『映画芸術』1995年夏号 No376、編集プロダクション映芸、 70-71頁。
  9. ^ 映画秘宝『底抜け超大作』洋泉社、2001年、76-77頁。ISBN 9784896915532
  10. ^ a b c 『日本映画俳優全集 女優篇』キネマ旬報社、1980年、543頁。
  11. ^ 『日本映画俳優全集 女優篇』キネマ旬報社、1980年、276頁。
  12. ^ 引退35年の美少女アイドル「栗田ひろみ」を感涙キャッチ!超純粋美少女「栗田ひろみ」還暦を迎える | ニッポン放送 ラジオAM1242
  13. ^ 「シナリオメモランダム」『シナリオ』、日本シナリオ作家協会、1979年4月号、 74頁。
  14. ^ 佐藤忠男「日本映画月評 東映作品『地獄』」『シナリオ』、日本シナリオ作家協会、1979年8月号、 92-93頁。
  15. ^ 高橋克彦『幻想映画館 超刺激的傑作ホラー&名作シネマ選』PHP研究所、1996年、82-84頁。ISBN 4569550428
  16. ^ 山根貞男「大特集 追悼神代辰巳 神代作品評 『地獄』」『映画芸術』1995年夏号 No376、編集プロダクション映芸、 72-73頁。

外部リンク編集