城北村 (大阪府)

日本の大阪府東成郡にあった村

城北村(しろきたむら)は、大阪府東成郡にあった。現在の大阪市旭区都島区の各一部にあたる。

しろきたむら
城北村
廃止日 1925年4月1日
廃止理由 編入合併
西成郡・東成郡計17町27村→大阪市
(大阪市第二次市域拡張)
現在の自治体 大阪市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 近畿地方
都道府県 大阪府
東成郡
総人口 8,800
国勢調査1920年
隣接自治体 大阪市北区)、
西成郡豊崎町西中島町豊里村
東成郡古市村榎並町
城北村役場
所在地 大阪府東成郡城北村大字中
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地理編集

歴史編集

村名は榎並城跡の北に位置することに由来する。

沿革編集

経済編集

産業編集

農業

『大日本篤農家名鑑』によれば城北村の篤農家は、「服部寛二郎、服部伊左衛門、寺西圓治郎」などがいた[1]

商工業

寺西米三郎は金融業を営んでいた[2]

地主編集

寺西善右衛門、寺西小十郎は荒生の地主である[2]

交通編集

道路編集

現在は旧村域に阪神高速12号守口線が通過するが、当時は未開通。

鉄道編集

旧村域をおおさか東線が通っており、城北公園通駅が設置されているが、当時は前身の城東貨物線および都島信号場を含めて未開業。

出身・ゆかりのある人物編集

脚注編集

  1. ^ 『大日本篤農家名鑑』188頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2020年9月28日閲覧。
  2. ^ a b 『日本紳士録 第26版』大阪て之部249頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2020年9月28日閲覧。

参考文献編集

  • 大日本篤農家名鑑編纂所編『大日本篤農家名鑑』大日本篤農家名鑑編纂所、1910年。
  • 交詢社編『日本紳士録 第26版』交詢社、1921年。
  • 角川日本地名大辞典 27 大阪府』。

関連項目編集