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堀江城(ほりえじょう)は、遠江国敷知郡(現在の静岡県浜松市西区舘山寺町堀江)にあった江戸時代には堀江陣屋(ほりえじんや)と称されて高家大沢氏の陣屋となった。

概要編集

大沢基久が鎌倉時代に築城したと伝えられている。

戦国時代も大沢氏が城主であったが、今川氏の勢力下に入り、宇津山城、浜名城などとともに、三河に対する抑えとして機能した。

永禄12年(1569年大沢基胤は、徳川家康に攻められ、遠江における今川方最後の拠点として激しく防戦したが、結局は和睦する形で降伏した。基胤の子、大沢基宿は、1,550石を与えられ旗本になり、慶長8年(1603年)に高家となり幕末まで続いた。だが、明治維新に乗じて不正に石直しを申告して大名になろうと画策して一旦は成功したものの、廃藩置県後に不正が発覚して処罰された(堀江藩)。

現在は舘山寺温泉となり遠鉄観光開発が経営する遊園地浜名湖パルパルや旅館ホテル九重の敷地になっており、遺構は残っていない。

関連項目編集