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堀田 一郎(ほりた いちろう、1974年4月18日 - )は、北海道広尾郡広尾町出身[1]の元プロ野球選手外野手)。

堀田 一郎
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 北海道広尾郡広尾町
生年月日 (1974-04-18) 1974年4月18日(45歳)
身長
体重
181 cm
81 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手
プロ入り 1996年 ドラフト6位
初出場 1997年4月29日
最終出場 2006年10月15日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

経歴編集

プロ入り前編集

北海高校時代、夏の甲子園出場。

中央大学では主将として、4年春に東都大学リーグ二部三冠王に輝く。また、4年時には東都大学リーグのプロ・アマ交流戦に出場し、安打を放つ。

1996年にドラフト6位で読売ジャイアンツへ入団。

巨人時代編集

走攻守3拍子揃った選手として注目され、細身の体型ながら打撃はパンチ力があり、1998年にはフレッシュオールスターゲーム出場果たすも、一軍ではなかなか結果を残せなかった。二軍では2002年に本塁打王、2003年に首位打者に輝くなど[1]毎年のように本塁打、盗塁は常に上位に名を連ねた。

2003年5月5日の対広島東洋カープ戦で、プロ入り初本塁打を高橋建から東京ドームのバックスクリーンへ放ち、感極まりベンチ裏で号泣した。堀内恒夫監督時代(2004 - 2005年)は主に試合終盤での代走や守備固めで出場し、手薄な外野陣を走守面でカバーするなど活躍した。

2006年シーズン終了後に現役を引退。同年10月15日、神宮球場でのヤクルトスワローズ戦で、山部太投手の引退登板に代打で打席に立ったが、この打席が現役最後の打席となった(結果は三振)。なお、堀田はプロ初安打を山部から打っている。引退会見では球団職員に就職した実弟に記念の花束を渡され、複雑な苦笑いを浮かべながら現役を退いた。

引退後編集

引退後は、球団職員となり2019年現在は運営部長を務めている。

詳細情報編集

年度別打撃成績編集

















































O
P
S
1997 巨人 29 26 24 4 4 0 0 0 4 0 0 0 1 0 1 0 0 8 0 .167 .200 .167 .367
1998 19 10 8 2 2 0 0 0 2 0 1 2 1 0 1 0 0 1 1 .250 .333 .250 .583
1999 11 3 3 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000 .000 .000 .000
2000 13 10 9 3 3 1 1 0 6 1 0 0 0 0 1 0 0 2 0 .333 .400 .667 1.067
2001 35 12 9 6 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 2 0 1 7 0 .000 .250 .000 .250
2002 16 17 17 3 2 2 0 0 4 2 0 0 0 0 0 0 0 4 1 .118 .118 .235 .353
2003 17 20 20 3 2 0 0 1 5 1 2 0 0 0 0 0 0 8 0 .100 .100 .250 .350
2004 24 56 50 6 13 3 1 3 27 8 0 0 2 0 4 0 0 12 0 .260 .315 .540 .855
2005 71 74 64 11 16 1 0 0 17 6 2 1 2 1 2 0 5 17 0 .250 .319 .266 .585
2006 8 11 11 0 1 1 0 0 2 0 0 0 0 0 0 0 0 2 0 .091 .091 .182 .273
通算:10年 243 239 215 39 43 8 2 4 67 18 5 3 6 1 11 0 6 61 2 .200 .258 .312 .570

記録編集

背番号編集

  • 61 (1997年 - 2000年)
  • 44 (2001年 - 2006年)

脚注編集

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  1. ^ a b 『完全版 プロ野球人国記』北海道・東北編、ベースボール・マガジン社、2004年7月10日、17-18頁。ISBN 4583038054

関連項目編集

外部リンク編集