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堀 直利(ほり なおとし、明暦4年1月1日1658年2月3日) - 享保元年7月10日1716年8月26日))は、越後村松藩の第3代藩主。直寄系支流堀家3代。第2代藩主・堀直吉の次男。母は堀直清の娘。正室は戸田光永の娘。子は堀直道(長男)、堀直為(次男)、堀直英(三男)、酒井忠刻(四男)、娘(成瀬正幸正室)、娘(福原資祇正室)。官位は従五位下、左京亮丹後守。

延宝4年(1676年)、父の死去により家督を相続した。宝永2年(1705年)、奏者番寺社奉行に就任した。正徳元年(1711年)、廃嫡した長男・直道に代わって世子となっていた次男・直為に家督を譲り隠居した。享保元年(1716年)に死去した。