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堀 直温(ほり なおはる、天明元年11月8日1781年12月22日) - 文化9年5月18日1812年6月26日))は、江戸時代中期の大名で、越後椎谷藩第10代藩主。直之堀家12代。備前岡山藩主・池田治政の四男。正室は堀直起の娘。幼名は悦之助。初名は池田方忠通称は内膳。官位は従五位下、筑後守。

寛政10年(1798年)4月25日、先代藩主・直起に男子がなかったため、婿養子となる。享和2年(1802年)4月28日、将軍徳川家斉御目見する。文化元年(1804年)12月16日、従五位下・筑後守に叙任する。文化5年(1808年)5月22日、直起の死去により家督を相続する。文化6年(1809年)4月、日光祭礼奉行を命じられる。文化9年(1812年)2月、大坂加番を命じられるものの、病気のために辞退した。同年5月18日に死去した。跡を養子の直哉が継いだ。