堺ブレイザーズ(さかいブレイザーズ、SAKAI Blazers)は、大阪府堺市に本拠を置く男子プロバレーボールクラブチーム[2]。2022-23シーズンはV.LEAGUE DIVISION1(V1リーグ)に所属。

堺ブレイザーズ
原語表記 堺ブレイザーズ
ホームタウン 大阪府堺市和歌山県和歌山市福岡県北九州市
クラブカラー
創設年 1939年
所属リーグ V.LEAGUE DIVISION1
チーム所在地 大阪府堺市
体育館所在地 大阪府堺市
代表者 長谷川博之
監督 千葉進也
ホームページ 公式サイト
ユニフォーム
チームカラー チームカラー チームカラー
チームカラー
チームカラー チームカラー チームカラー
チームカラー
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株式会社ブレイザーズスポーツクラブ
BLAZERS SPORTS CLUB CO,. LTD
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
590-0901
大阪府堺市堺区築港八幡町1[1]
設立 2000年12月5日[1]
業種 サービス業
法人番号 9120101009787
事業内容 バレーボール等スポーツの興行、普及事業、スポーツスクールの企画・運営など[1]
代表者 代表取締役社長 本荘太郎[1]
資本金 1000万円[1]
主要株主 日本製鉄
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概要編集

日本製鉄の子会社『株式会社ブレイザーズスポーツクラブ』が運営するプロスポーツクラブ[1]。前身は新日本製鐵堺製鐵所を拠点としていた実業団チームの『新日鐵ブレイザーズ』[3]。チーム結成は1939年で、結成当初は、福岡県八幡市(現・北九州市)の日本製鐵八幡製鐵所を拠点としていた[3]

日本リーグ(現・Vプレミアリーグ)に第1回大会から参加している。新日鐵時代から獲得した全国タイトルは、歴代最多の計54回である。

チーム名のブレイザーズとは堺製鐵所にちなみ「炎の男たち」という意味が込められている[4]

練習場は日本製鉄堺体育館[注釈 1][5]であり、練習見学も可能である。2012年にはそこでV・プレミアリーグのホームゲームも開催された。ホームゲームは、堺市の堺市金岡公園体育館や、かつての本拠地でサブホームタウンである北九州市の北九州市立総合体育館などで開催されている。

チームマスコットは二代目・我王(ガオウ)で恐竜型マスコット。地元堺出身で背番号はGである[6]

バレーボール教室を多く開催し、一般からジュニア、キッズの世代ごとに分けるなど、幅広く指導してきた[7][8][9][10]。現在はバレーボールの他柔道(新日鐵堺柔道部から継承)の普及に取り組んでいる。

歴史編集

1939年(昭和14年)に福岡県八幡市(現・北九州市)の日本製鐵八幡製鐵所がバレーボール部を結成。戦時中は休部したが終戦の翌年に当たる1946年(昭和21年)に復活、翌1950年、全日本(9人制)実業団選手権で優勝し、以降も優勝を重ねて1962年までに通算5回優勝。また、1961年より開催された全日本6人制実業団選手権の第1回大会でも優勝している[3]。1967年に日本リーグ(現・Vプレミアリーグ)が始まり、初代チャンピオンに輝く。

1969年に大阪府堺市の八幡製鐵堺製鐵所に拠点を移し、1970年(昭和45年)に、八幡製鐵が合併で新日本製鐵(新日鉄)に社名変更することに伴い、チーム名も「新日鐵バレー部」と変更。1970/71シーズンの第4回日本リーグで6チーム中5位となり、入替戦でも連敗し、実業団リーグ(2部相当 現・Vチャレンジリーグ)に降格する。1971/72シーズンの第3回実業団リーグでは3位に留まるが、1972/73シーズンの第4回実業団リーグでは、中村祐造監督の厳しい練習の成果で柳本晶一小田勝美田中幹保を擁して優勝。入替戦でも勝ち3シーズンぶりの日本リーグ復帰となった。復帰戦となった1973/74シーズンの第7回日本リーグでいきなり優勝。以降、第10回大会まで4連覇を果たす。

全日本都市対抗優勝大会(現・黒鷲旗)でも1973-1976年に4連覇を果たした。第12-14回日本リーグ、第22-24回日本リーグでも3連覇を達成している。黒鷲旗でも1988-1990年に3連覇を果たす。日本リーグでは1993/94シーズンの第27回までに全部で12回の優勝を果たした。

1994年(平成6年)に日本リーグに替わりVリーグ開幕。チーム名も『新日鐵ブレイザーズ』となる。

Vリーグでは1994/95シーズンの第1回大会、翌シーズンの第2回大会と連続の準優勝に甘んじたが、1996/97シーズンの第3回大会では眞鍋政義植田辰哉中垣内祐一をはじめとする主力選手を擁して優勝[3]。翌シーズンの第4回大会も連覇した。

1998/99シーズンの第5回Vリーグは序盤で躓き6位。1999/2000シーズンの第6回Vリーグはレギュラーラウンドを1位突破するもの、決勝ラウンドでサントリーサンバーズに敗れ4位で終わる。

2000年(平成12年)、新日鉄のスポーツ事業運営の見直しを図る観点から新日鐵バレー部としては一旦幕を下ろし、本拠地の堺市に密着した総合スポーツクラブを目指し、新日鉄完全出資の子会社「ブレイザーズスポーツクラブ」を設立。チーム名もVリーグ開幕時からの「新日鉄ブレイザーズ」から現在の「堺ブレイザーズ」に変更され、実業団チームからVリーグ男子では初のプロクラブチームとなった[11]

2004年(平成16年)、かつてのスーパーエースだった中垣内が現役引退し、監督に就任(2009年5月まで)。

2005/06シーズン、第12回Vリーグで8年ぶりとなるクラブ化後初の優勝を果たす。大阪市立中央体育館で2試合行われ、サントリーサンバーズとの大阪対決となった。2試合共3-2で勝利し激闘を制した。また、同シーズンにおいて、堺市金岡公園体育館でのホームタウンマッチ3試合において、それぞれの試合における優秀賞に対する賞金を贈る事を決め、勝利チームのその試合の最優秀賞1名に20万円、敗戦チームにも敢闘賞1名に10万円を贈るとしている。

2008/09シーズン、決勝で東レアローズに0-3で敗れ優勝ならず。

2009年、2008/09シーズン終了をもって、中垣内が指導者海外研修のため監督を退任し、コーチの酒井新悟が監督に昇格した[12][13]

2009/10シーズン、2年連続決勝進出するもパナソニックパンサーズに0-3で敗れる。

2010/11V・プレミアリーグでも優勝を果たしたが、東日本大震災によるリーグ打ち切りにより、リーグ打ち切り時点の暫定成績の順位でシーズン順位を決められたものである。

2012/13V・プレミアリーグ決勝でパナソニック・パンサーズと対戦。セットカウント3-1で勝利し2年ぶりの優勝を果たす。セミファイナルラウンド・ファイナルラウンドを戦い抜いての優勝は7年ぶりである。新外国人のミラン・ペピチの活躍や、石島雄介松本慶彦などシーズン通してチームと選手が好調だった。

2013/14V・プレミアリーグは3位。3位決定戦で東レ・アローズに3-2で勝利。

2014年、酒井がJVAアンダーカテゴリープロジェクトである「TeamCORE」監督就任のため監督を退任[13]

酒井の後任として、ノルウェーで8年間指導を行ってきた印東玄弥が監督に就任した[14]。4枚同時攻撃を重要視したヨーロッパスタイルで挑み、1年目のシーズンは、天皇杯で3位、Vリーグ4位、黒鷲旗3位、2年目は6位の結果で、印東は2016年に契約満了をもって退任となった[15]。後任として、強豪チームやナショナルチームでの指導経験が豊富である真保綱一郎が就任[16]。しかし、チームは浮上せず、真保は2019年に契約満了をもって退任[17]。その後、チームOBである千葉進也が部長に就任し[18]、2002年から2シーズン監督を務めていたゴーダン・メイフォースが監督に再任した[19]。それでもチームは上昇せず、2021年にメイフォースは退任した[20]。後任として、2シーズン部長を務めている千葉が監督に就任した[21]

2021年、東京オリンピック終了後に代表監督を退任した中垣内祐一が4年半ぶりにチームに復帰し部長に就任した[22]

2021-22シーズン、監督に就任した千葉は、優勝から遠ざかっているチームの意識改革に手をつけ、個人の技術力向上を掲げ、夏場から地味で厳しい練習に多く取り組んだ[23]V1では、12月までの試合で11勝3敗の2位につけ、意識改革の成果が出る[23]天皇杯では決勝に進出し、決勝でウルフドッグス名古屋にフルセットで敗れ準優勝となったが、ファイナルセットでもデュースに持ち込み優勝まであと一歩のところまで来た[23]。2022年に入ってからも勝ち星を重ね、V・レギュラーラウンド36試合中34試合を終えた時点で24勝10敗と大きく勝ち越し、ファイナルステージ進出に必要な同ラウンド3位以内も見えていた。しかし、チーム内で複数名が新型コロナウイルス感染症の陽性判定を受けたことにより2022年3月12日-13日のウルフドッグス名古屋戦2試合の出場を辞退したため[24][25]、その再試合を模索するが、リーグ終盤だったこともあり日程を確保できず、Vリーグの「新型コロナウイルス対策に関する規程」によりこの2試合が不戦敗扱いとなり、それが響きファイナルステージ進出はなくなり、5位で当シーズンを終えることとなった[26][27][28]

成績編集

主な成績編集

日韓Vリーグトップマッチ
  • 優勝 1回(2013年)
日本リーグ/Vリーグ/VプレミアリーグV.LEAGUE Division1
  • 優勝 18回(1967年度、1973-1976年度、1978-1980年度、1982年度、1988-1990年度、1996年度、1997年度、2005年度、2010年度、2012年度)
黒鷲旗全日本選抜
  • 優勝 14回(1952年、1953年、1957年、1960年、1967年、1974-1977年、1980年、1984年、1988-1990年)
全日本総合(6人制)
  • 優勝 6回(1958-1959年、1973年、1975-1976年、1979年)
国民体育大会成年男子(6人制)
国民体育大会一般男子(9人制)
NHK杯
  • 優勝 2回(1975-1976年)
全日本総合(9人制)
  • 優勝 2回(1952年、1958年)
全日本実業団(6人制)
  • 優勝 1回(1961年)
全日本実業団(9人制)
  • 優勝 5回(1950-1951年、1958-1959年、1962年)

年度別成績編集

日本リーグ / 実業団リーグ編集

所属 年度 最終
順位
参加
チーム数
試合 勝率
日本リーグ 第1回 (1967) 優勝 6チーム 10 9 1 0.900
第2回 (1968/69) 6位 6チーム 10 1 9 0.100
第3回 (1969/70) 4位 6チーム 10 3 7 0.300
第4回 (1970/71) 5位 6チーム 10 2 8 0.200
実業団リーグ 第3回 (1971/72) 3位 6チーム 10 8 2 0.800
第4回 (1972/73) 優勝 6チーム 10 9 1 0.900
日本リーグ 第7回 (1973/74) 優勝 6チーム 10 10 0 1.000
第8回 (1974/75) 優勝 6チーム 10 9 1 0.900
第9回 (1975/76) 優勝 6チーム 10 8 2 0.800
第10回 (1976/77) 優勝 6チーム 10 10 0 1.000
第11回 (1977/78) 準優勝 6チーム 10 8 2 0.800
第12回 (1978/79) 優勝 6チーム 10 10 0 1.000
第13回 (1979/80) 優勝 6チーム 10 10 0 1.000
第14回 (1980/81) 優勝 8チーム 14 14 0 1.000
第15回 (1981/82) 準優勝 8チーム 21 16 5 0.762
第16回 (1982/83) 優勝 8チーム 21 17 4 0.810
第17回 (1983/84) 準優勝 8チーム 21 15 6 0.714
第18回 (1984/85) 4位 8チーム 21 13 8 0.619
第19回 (1985/86) 5位 8チーム 21 11 10 0.524
第20回 (1986/87) 準優勝 8チーム 21 19 2 0.905
第21回 (1987/88) 3位 8チーム 14 10 4 0.714
第22回 (1988/89) 優勝 8チーム 17 16 1 0.941
第23回 (1989/90) 優勝 8チーム 17 12 5 0.706
第24回 (1990/91) 優勝 8チーム 17 14 3 0.824
第25回 (1991/92) 準優勝 8チーム 20 13 7 0.650
第26回 (1992/93) 4位 8チーム 20 11 9 0.550
第27回 (1993/94) 3位 8チーム 17 8 9 0.471

Vリーグ / 実業団リーグ・V1リーグ編集

所属 年度 最終
順位
参加
チーム数
試合 勝率
Vリーグ 第1回 (1994/95) 準優勝 8チーム 21 10 11 .476
第2回 (1995/96) 準優勝 8チーム 21 13 8 .619
第3回 (1996/97) 優勝 8チーム 21 14 7 .667
第4回 (1997/98) 優勝 8チーム 21 17 4 .810
第5回 (1998/99) 6位 10チーム 18 10 8 .556
第6回 (1999/00) 4位 10チーム 18 15 3 .833
第7回 (2000/01) 5位 10チーム 18 10 8 .556
第8回 (2001/02) 3位 10チーム 18 12 6 .667
第9回 (2002/03) 6位 8チーム 21 8 13 .381
第10回 (2003/04) 4位 8チーム 21 12 9 .571
第11回 (2004/05) 6位 8チーム 28 11 17 .393
第12回 (2005/06) 優勝 8チーム 28 17 11 .607

V・プレミアリーグ / V・チャレンジリーグ編集

所属 年度 最終
順位
参加
チーム数
レギュラーラウンド ポストシーズン
順位 試合 試合
プレミア 2006/07 6位 8チーム 6位 28 9 19 -
2007/08 4位 8チーム 4位 28 15 13 4 0 4
2008/09 準優勝 8チーム 3位 28 15 13 4 2 2
2009/10 準優勝 8チーム 3位 28 18 10 4 1 3
2010/11 優勝 8チーム 1位 24 19 5 中止
2011/12 4位 8チーム 3位 21 13 8 4 1 3
2012/13 優勝 8チーム 3位 28 17 11 4 3 1
2013/14 3位 8チーム 2位 28 19 9 4 2 2
2014/15 4位 8チーム 5位 21 8 13 5 2 3
2015/16 6位 8チーム 5位 21 10 11 5 0 5
2016/17 6位 8チーム 6位 21 8 13 5 2 3
2017/18 7位 8チーム 7位 21 7 14 -

V.LEAGUE編集

所属 年度 最終
順位
参加
チーム数
レギュラーラウンド ポストシーズン 備考
順位 試合 試合
DIVISION1 2018-19 6位 10チーム 6位 27 15 12 5 1 4
2019-20 5位 10チーム 5位 27 15 12 1 0 1
2020-21 7位 10チーム 7位 36 17 19 -
2021-22 5位 10チーム 5位 36 24 12 - 不戦敗2を含む。

選手・スタッフ(2022-23)編集

選手編集

背番号 名前 シャツネーム 生年月日(年齢) 身長 国籍 Pos 在籍年 前所属 備考
1 松本慶彦 MATSUMOTO (1981-01-07) 1981年1月7日(41歳) 193   日本 MB 2008年- NEC
2 樋口裕希 HIGUCHI (1996-04-27) 1996年4月27日(26歳) 191   日本 OH 2019年- 筑波大学 副将
4 高野直哉 TAKANO (1993-04-30) 1993年4月30日(29歳) 190   日本 OH 2016年- 東亜大学
5 堀江友裕 HORIE (1997-06-23) 1997年6月23日(25歳) 183   日本 L 2020年- 早稲田大学
7 出耒田敬 DEKITA (1991-08-13) 1991年8月13日(30歳) 200   日本 MB 2014年- 筑波大学 主将
9 迫田郭志 SAKODA (1996-05-01) 1996年5月1日(26歳) 183   日本 OH 2021年- FC東京
11 重留日向 HYUGA (1999-10-25) 1999年10月25日(22歳) 191   日本 OH 2022年- 大阪産業大学 新加入
13 シャロン・バーノンエバンズ (en SHO (1998-08-28) 1998年8月28日(23歳) 206   カナダ OP 2021年-   ペルージャ
14 山口頌平 YAMAGUCHI (1994-07-21) 1994年7月21日(27歳) 174   日本 S 2017年- 早稲田大学
17 深津旭弘 FUKATSU (1987-07-23) 1987年7月23日(34歳) 183   日本 S 2021年- JT
18 梅本鈴太郎 UMEMOTO (1998-04-09) 1998年4月9日(24歳) 193   日本 MB 2021年- 中央大学
20 山本智大 YAMAMOTO (1994-11-05) 1994年11月5日(27歳) 171   日本 L 2018年- FC東京 副将
21 竹元裕太郎 TAKEMOTO (1995-02-21) 1995年2月21日(27歳) 199   日本 MB 2017年- 東京学芸大学
22 赤星伸城 AKAHOSHI (2000-01-19) 2000年1月19日(22歳) 180   日本 S 2022年- 愛知学院大学 新加入
23 鵜野幸也 UNO (1996-06-28) 1996年6月28日(26歳) 190   日本 OH 2019年- 早稲田大学
出典:チーム新体制リリース[29] チーム公式サイト[30] Vリーグ公式サイト[31]
更新:2022年7月5日

スタッフ編集

役職 名前 備考
部長 長谷川博之 新任
副部長 清川健一
監督 千葉進也
コーチ 長江祥司
コーチ 千々木駿介 新任
S&Cトレーナー 阪本敏夫
メディカルトレーナー 中川祐斗
マネージャー 野口将秀
通訳 堀井京子
チームドクター 松村健一
広報 藤野翔太
チームサポートスタッフ なおき
顧問 田中幹保
顧問 北島武
アシスタントコーチ 木内学
アナリスト 林佑河
広報 大森大
広報 名里陽
出典:チーム新体制リリース[29] チーム公式サイト[30] Vリーグ公式サイト[31]
更新:2022年7月5日

在籍していた主な選手編集

参考文献編集

発行年順
  • 増山光洋「バレーボールのクラブ化--Jリーグクラブのバレーボール競技への取り組み」『育英短期大学研究紀要』第24巻第09143351号、育英短期大学、2007年2月、 57-70頁。NAID 110006406421
  • 高津勝、尾崎正峰、坂なつこ 著、一橋大学大学社会学部3年ゼミ 編 『スポーツクラブはどこへ行く : 垂水区団地スポーツ協会、加古川総合スポーツクラブ、堺ブレイザーズ』一橋大学、2008年。 NCID BB21464871https://ci.nii.ac.jp/ncid/BB21464871 
  • 二戸部優、石丸出穂「日本のバレーボールの「組織」論に関する一考察--競技力向上に向けた視点から」『仙台大学紀要』第41巻1 (03893073)、仙台大学学術会、2009年10月、 97-109頁。NAID 110007337136
  • 出口順子「サポーターズクラブにおける顧客ロイヤルティプログラム選好 -V リーグチームを対象とした事例研究-」『東海学園大学研究紀要 : 社会科学研究編』第20号、2015年3月、 49–59。

脚注編集

[脚注の使い方]

注釈編集

  1. ^ 2012年10月、メインスポンサーの新日本製鐵が住友金属と合併したことに伴い、体育館名称が『新日鐵堺製鐵所体育館』から『新日鐵住金堺体育館』に変更。さらに2019年4月に日本製鉄の商号変更により変更

出典編集

  1. ^ a b c d e f ブレイザーズについて”. 堺ブレイザーズ. 2013年10月28日閲覧。
  2. ^ 【男子バレー】Vリーグ創設と松平康隆が最後に見た夢”. web Sportiva (2012年3月12日). 2013年10月18日閲覧。
  3. ^ a b c d チーム沿革”. Vリーグ機構. 2012年10月18日閲覧。
  4. ^ チーム概要”. Vリーグ機構. 2013年10月28日閲覧。
  5. ^ メインスポンサー社名変更について”. 堺ブレイザーズ (2012年10月1日). 2012年10月2日閲覧。
  6. ^ publisher=堺ブレイザーズ 二代目 我王(ガオウ)”. 2020年7月2日閲覧。
  7. ^ 高津、尾崎、坂 2008.
  8. ^ 出口 2015, pp. 49–59.
  9. ^ 増山 2007, pp. 57–70.
  10. ^ 二戸部、石丸 2009, pp. 97–109.
  11. ^ (日本語) 『SAKAI Blazers YEAR BOOK (ブレイザーズスポーツクラブ): 2001』ブレイザーズスポーツクラブ。 
  12. ^ 全日本男子監督 中垣内祐一(なかがいち ゆういち) プロフィール (PDF)”. 日本バレーボール協会. 2016年10月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年7月4日閲覧。
  13. ^ a b 久光製薬スプリングス総監督、新監督就任のお知らせ (PDF)”. 久光スプリングス (2016年10月25日). 2021年7月4日閲覧。
  14. ^ 新加入のチームスタッフについて”. 堺ブレイザーズ (2014年6月9日). 2017年4月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年7月4日閲覧。
  15. ^ チームスタッフの退任・退団について”. 堺ブレイザーズ (2016年4月15日). 2016年8月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年7月4日閲覧。
  16. ^ 監督・コーチの就任および外国籍選手の加入について”. 堺ブレイザーズ (2016年6月30日). 2021年7月4日閲覧。
  17. ^ チームスタッフの退団について”. 堺ブレイザーズ (2019年5月8日). 2021年7月4日閲覧。
  18. ^ 堺ブレイザーズ2019-20シーズン体制について”. 堺ブレイザーズ (2019年7月9日). 2021年7月4日閲覧。
  19. ^ 監督及びチームスタッフの就任について”. 堺ブレイザーズ (2019年9月4日). 2021年7月4日閲覧。
  20. ^ 堺ブレイザーズ選手及びチームスタッフの退団について”. 堺ブレイザーズ (2021年5月7日). 2021年7月4日閲覧。
  21. ^ 堺ブレイザーズ2021-22シーズン体制・スローガンについて”. 堺ブレイザーズ (2021年7月1日). 2021年7月2日閲覧。
  22. ^ 堺ブレイザーズ部長の就任について”. 堺ブレイザーズ (2021年9月27日). 2021年10月9日閲覧。
  23. ^ a b c 市川忍 (2021年12月21日). “千葉監督は、なぜ時代と逆行する「地味でキツい練習」を課したのか? バレー天皇杯初優勝に迫った堺ブレイザーズの意識改革”. Number Web (文藝春秋). https://number.bunshun.jp/articles/-/851240 2022年3月31日閲覧。 
  24. ^ 堺ブレイザーズ選手の新型コロナウイルス感染症陽性判定及び2021-22 V.LEAGUE 稲沢大会の辞退について”. 堺ブレイザーズ (2022年3月9日). 2022年3月31日閲覧。
  25. ^ 2021-22 V.LEAGUE DIVISION1 MEN 中止試合のお知らせ(3/9決定分)”. V.LEAGUE (2022年3月9日). 2022年3月31日閲覧。
  26. ^ 3月12日・13日稲沢大会ウルフドッグス名古屋戦の取扱について”. 堺ブレイザーズ (2022年3月31日). 2022年3月31日閲覧。
  27. ^ 2021-22 V.LEAGUE DIVISION1 MEN 中止試合の成績(勝敗)の取り扱いと順位の決定方法の変更について”. V.LEAGUE (2022年3月31日). 2022年3月31日閲覧。
  28. ^ 順位表・公式記録 2021-22 V.LEAGUE DIVISION1 MEN V・レギュラーラウンド”. V.LEAGUE (2022年3月31日). 2022年3月31日閲覧。
  29. ^ a b 堺ブレイザーズ2022-23シーズン体制・スローガンについて”. 堺ブレイザーズ (2022年7月4日). 2022年7月5日閲覧。
  30. ^ a b チーム情報”. 堺ブレイザーズ. 2021年10月10日閲覧。
  31. ^ a b 堺ブレイザーズ”. V.LEAGUE. 2022年2月10日閲覧。

関連項目編集

関連資料編集

  • 『SAKAI Blazers YEAR BOOK』、ブレイザーズスポーツクラブ、2001年 - 2009年。
  • 高橋豪仁、浦上雅代「企業チームからクラブチームへ:―堺ブレイザーズの地域を基盤とした事業展開―」『スポーツ産業学研究』第14巻第2号、日本スポーツ産業学会、2004年。25-37頁。ISSN 1343-0688doi:10.5997/sposun.14.2_25
  • 市川忍「TOPICS MANAGEMENT ILLUSTRATIONS 堺ブレイザーズの挑戦。「企業スポーツ新時代の開拓者」。」『データスタジアム』第5巻、SMR 18813313、2007年。42-45頁。NAID 40015467456
  • 長谷川健司、清川、健一、出口、順子「V・プレミアリーグ観戦者におけるファンコミュニティ・アイデンティフィケーション:チーム・アイデンティフィケーション,行動意図との関係性の検討」『太成学院大学紀要』第19巻、学校法人天満学園 太成学院大学、2017年。63-70頁。ISSN 1349-0966doi:10.20689/taiseikiyou.19.0_63
DVDシリーズ
  • メイフォース, ゴーダン『リードブロックシステムの基本』(DVD)、ジャパンライム〈Japan Laim original DVD series〉、2008年。549-1「ゴーダン・メイフォースの「トータル・ディフェンス」 ; 1。
  • メイフォース, ゴーダン『トータル・ディフェンスの実践』(DVD)、ジャパンライム〈Japan Laim original DVD series〉、2008年。549-2「ゴーダン・メイフォースの「トータル・ディフェンス」 ; 2。

外部リンク編集