墨染

京都市伏見区の地名

墨染(すみぞめ)は、京都市伏見区の地名。深草地区の南端、墨染町(後述の墨染寺が所在する)と深草墨染町が存在するが、「墨染」を冠した施設はその周辺にもある[1]

歴史編集

墨染の地名は、平安時代、上野岑雄かむつけのみねおが友人である藤原基経ふじわらのもとつねの死を悼み、「深草の野辺の桜し心あらば今年ばかりは墨染めに咲け」と歌ったところ、この地の桜が墨染色に咲いたという伝説が由来とも言われる[2]

この地は京街道奈良街道大津街道が交差し、宿場町として栄えた事もあり、1699年元禄12年)、茶屋株(お茶屋の営業権)が墨染の南部(現在の関西電力墨染発電所の西側)で許可される。そこから、撞木町(しゅもくちょう)の花街が生まれ、忠臣蔵でおなじみの大石内蔵助もここのでも遊んだ伝説が語り継がれている[3]

墨染寺編集

日蓮宗の寺院。墨染桜(すみぞめざくら)で知られ、桜寺、墨染桜寺とも。山号は深草山。

墨染通編集

竹田街道国道24号線)から墨染町を抜け、深草大亀谷から八科峠を経て六地蔵までの東西の通りを墨染通と呼ぶ。竹田街道から師団街道までは東向きの一方通行となっている。墨染から六地蔵までは、明治時代には「郡山街道(奈良街道)」の一部として位置付けられた。

参考文献・出典編集

  • 『亡くなった京の廓 上』田中緑紅 京を語る会、1958年
  • 『京都遊廓見聞録』田中泰彦編集 京を語る会、1993年

脚注編集

  1. ^ たとえば、2015年現在、伏見墨染郵便局は深草山村町、京都銀行墨染支店は深草北新町に所在する。
  2. ^ 観光ガイド春爛漫 「桜物語」に耳を傾けて」『そうだ 京都、行こう。』JR東海、2011年3月(2015年5月17日閲覧)。『スーパー大辞林』三省堂、2013年。
  3. ^ 墨染遊廓と呼ばれた記述が見受けられるが、この名前は実際には使われたことがない。

関連項目編集