多古町

日本の千葉県香取郡の町

多古町(たこまち)は、千葉県の北東部に位置し、香取郡に属する

たこまち ウィキデータを編集
多古町
Nichihonji temple 2.jpg
日本寺(中村檀林)のアジサイ園
多古町旗
多古町章
多古町旗 多古町章
1975年6月18日制定
日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 千葉県
香取郡
市町村コード 12347-1
法人番号 3000020123471 ウィキデータを編集
面積 72.80km2
総人口 13,521[編集]
推計人口、2021年8月1日)
人口密度 186人/km2
隣接自治体 匝瑳市香取市成田市山武郡芝山町横芝光町
町の木 サザンカ
町の花 アジサイ
多古町役場
町長 所一重
所在地 289-2292
千葉県香取郡多古町多古584番地
北緯35度44分8.2秒 東経140度28分3.9秒 / 北緯35.735611度 東経140.467750度 / 35.735611; 140.467750
TakoTownOffice.JPG
外部リンク 公式ウェブサイト

多古町位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町 / ― 村

ウィキプロジェクト
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都市雇用圏における成田都市圏弥生時代から稲作が盛んであり、多古米はブランド米として知られる。

地理編集

千葉県北東部に位置し、県庁所在地である千葉市から約35キロメートルの距離である。東京都都心から60 - 70キロメートル圏内である。西は成田国際空港に接している。都市雇用圏における成田都市圏に含まれており、成田市への通勤率は19.6%(平成22年国勢調査)。

関東平野に位置し、下総台地九十九里平野に挟まれ、町の中央部を栗山川が流れている。

隣接する自治体編集

歴史編集

 
祇園際のしいかご舞

沿革編集

行政区域変遷編集

  • 変遷の年表
多古町域の変遷(年表)
月日 現多古町町域に関連する行政区域変遷
1889年(明治22年) 4月1日 町村制施行に伴い、以下の村がそれぞれ発足。[1]
  • 多古村 ← 多古村・島村・千田村・林村・五反田村・染谷村・喜多村・飯笹村・間倉村・一鍬田村
  • 東条村 ← 船越村・牛尾村
  • 常磐村 ← 川島村・方田村・坂村・松崎村・南玉造村
  • 久賀村 ← 香取郡久賀村と下埴生郡十余三村
  • 中村 ← 南中村・北中村・南並木村・南借当村・南和田村・中村新田
1891年(明治24年) 6月29日 多古村は町制施行し多古町となる。
1951年(昭和26年) 4月1日 多古町・東条村が合併し多古町が発足。
1954年(昭和29年) 3月31日 多古町・久賀村・中村・常磐村が合併し多古町が発足。
  • 変遷表
多古町町域の変遷表
1868年
以前
明治元年 - 明治22年 明治22年
4月1日
明治22年 - 昭和19年 昭和20年 - 昭和64年 平成元年 - 現在 現在
香取郡 多古村 多古村 明治24年6月29日
町制
昭和26年4月1日
多古町
昭和29年3月31日
多古町
多古町 多古町
島村
水戸村
千田村
林村
五反田村
染谷村
東佐野村 明治10年
喜多村
中佐野村
東台村
井野村
大原村
飯笹村
間倉村
一鍬田村
牛尾村 東条村 東条村
船越村
井戸山村 明治10年
久賀村
久賀村 久賀村 久賀村
寺作村
御所台村
高津原村
大門村
檜木村
出沼村
本三倉村
次浦村
西古内村
谷三倉村
下埴生郡 明治5年
十余三村の一部
香取郡 川島村 常磐村 常磐村 常磐村
方田村
坂村
松崎村
南玉造村
南中村 中村 中村 中村
北中村
南並木村
南借当村
南和田村
中村新田

人口編集

平成27年国勢調査より前回調査からの人口増減をみると、7.99%減の14,724人であり、増減率は千葉県下54市町村中48位、60行政区域中54位。

 
多古町と全国の年齢別人口分布(2005年) 多古町の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 多古町
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性

多古町(に相当する地域)の人口の推移
総務省統計局 国勢調査より


行政編集

首長編集

町議会編集

定数:14[3]

国政編集

県政編集

  • 千葉県議会
    • 選挙区:香取市・神崎町・多古町で1つの選挙区となっており、定数2人。

経済編集

産業編集

 
多古町の水田地帯

基幹産業は第1次産業であり、農業が盛んである。

農業協同組合

特産品編集

  • 多古米(コメ)
  • 多古やまといも(ヤマノイモ)
    • 生産量全国2位、生産額全国1位

本社・本店を置く企業編集

地域編集

教育編集

高等学校編集

千葉県立多古高等学校
わせがく高等学校

中学校編集

小学校編集

※廃校・統合

交通編集

 
JRバス関東東関東支店

鉄道編集

町内の飛び地(一鍬田の一部分[7])をわずかに京成東成田線が通過しているものの、駅はない。1911年明治44年)から1946年昭和21年)までは成田鉄道多古線が通っており、五辻駅・飯笹駅・染井駅・多古駅の各駅が存在した。

現在、鉄道を利用する場合の最寄り駅は、芝山鉄道芝山鉄道線芝山千代田駅。ただし、JR東日本成田線成田駅および、京成電鉄京成本線京成成田駅の方が電車の本数が多く、利用しやすい。

バス路線編集

 
多古台バスターミナル(パークアンドライド)

中心となる停留所:多古台バスターミナル

多古台バスターミナルがあり、パークアンドライド駐車料金は無料)にも対応している。ジェイアールバス関東東関東支店が隣接している。

高速バス編集

路線バス編集

道路編集

 
道の駅多古(あじさい館)
高規格幹線道路
一般国道
主要地方道
都道府県道
道の駅

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事編集

名所・旧跡・観光スポット編集

祭事・催事編集

  • 多古祇園祭
しいかご舞千葉県指定無形民俗文化財

文化財編集

国・県指定および国登録文化財一覧[8]

番号 指定・登録 類別 名称 所在地 所有者または管理者 指定年月日 備考
1 県指定 有形文化財(彫刻) 木造伝妙見菩薩倚像 香取郡多古町多古2550 妙光寺 昭和52年3月8日 1躯
2 有形文化財(考古資料) 多古台遺跡群No.3地点5号墳出土遺物 多古町コミュニティプラザ 多古町 平成18年3月14日 107点
3 塙台遺跡弥生再葬墓出土遺物 多古町立久賀小学校 多古町 平成19年3月16日 157点
4 有形民俗文化財 農村生活用具 千葉県立多古高等学校 千葉県 昭和41年12月2日 一括
5 無形民俗文化財 多古のしいかご舞 八坂神社 八坂神社しいかご舞保存会 昭和50年12月12日
6 記念物(史跡) 北条塚古墳 香取郡多古町東松崎1747-1他 松崎神社 昭和50年12月12日
7 しゃくし塚古墳 香取郡多古町南玉造 個人 平成3年2月15日
8 国登録 登録有形文化財(建造物) 渋谷嘉助旧宅正門 香取郡多古町北中83 個人 平成11年8月23日 1件
9 木内家住宅主屋他 香取郡多古町多古2613 個人 平成11年10月14日 3件

著名な出身者編集

脚注編集

[脚注の使い方]

注釈編集

  1. ^ 九十九里浜の名前のいわれに頼朝伝説があり、49本目の矢を立てた所が山武市蓮沼の箭挿神社とされ、99本目の矢を立てた旭市の矢指ヶ浦に矢指神社があり、100本目の矢を多古町の次浦に埋め、矢指塚と呼ばれた。
  2. ^ 起源は定かではないが、使用される面の箱書きに天明元年(1781年)の記載があることから、少なくとも18世紀以前にはさかのぼるとされ、江戸時代中期から続くものと推定されている。
  3. ^ 開通後は「多古インターチェンジ」になる予定[要出典]

出典編集

  1. ^ 角川日本地名大辞典編纂委員会『角川日本地名大辞典 12 千葉県』、角川書店、1984年 ISBN 4040011201より
  2. ^ 町長のあいさつ | 多古町ウェブサイト”. www.town.tako.chiba.jp. 2019年6月3日閲覧。
  3. ^ 多古町議会のあらまし”. 多古町. 2019年7月31日閲覧。
  4. ^ アプレス合同会社. “千葉県香取郡[多古町の農作物 | 冬にんじん ミツバ 山芋 | 生産/収穫/作付面積 | 千葉県と日本の中の順位 | 市町村 | ジャパンクロップス]” (日本語). japancrops.com. 2019年6月3日閲覧。
  5. ^ やまといも | 多古町ウェブサイト”. www.town.tako.chiba.jp. 2019年6月3日閲覧。
  6. ^ 道の駅 多古 | 多古米とやまと芋の郷”. michinoeki.around-japan.jp. 2019年6月3日閲覧。
  7. ^ - googlemap
  8. ^ 千葉県. “多古町の県指定および国登録文化財” (日本語). 千葉県. 2019年6月12日閲覧。

関連項目編集

外部リンク編集