多気郡

三重県の郡
三重県多気郡の範囲(1.多気町 2.明和町 3.大台町 薄黄:後に他郡に編入された区域[1]

多気郡(たきぐん)は、三重県伊勢国)の

人口46,239人、面積506.96km²、人口密度91.2人/km²。(2018年4月1日、推計人口

以下の3町を含む。

目次

郡域編集

1879年明治12年)に行政区画として発足した当時の郡域は、上記3町から多気町の一部(上出江・下出江)と明和町の一部(大淀・有爾中の各一部・明星字妻ヶ広)を除き、松阪市の一部(東黒部町・神守町・垣内田町・大垣内町・蓮花寺町・乙部町・土古路町・柿木原町・出間町・牛草町・飯南町向粥見)を加えた区域にあたる。

歴史編集

古くは「竹郡(たけのこおり)」と呼ばれ、後に表記を「多気郡」に改めた。その後読みが「たけのこおり」から「たきのこおり」に変化した。

近世以降の沿革編集

知行 村数 村名
藩領 紀伊和歌山藩 93村 新茶屋村、下有爾村、蓑村、池村、上村、岩内村、金剛坂村、荒蒔村、兄国村、朝長村、弟国村、河田村、西池上村、東池上村、土羽村、笠木村、矢田村、森庄村、田中村、野中村、成川村、相鹿瀬村[2]、千代村、五桂村、油夫村、四神田村、五佐奈村、西山村、仁田村、平谷村、前村、神坂村、長谷村、津留村、上牧村、中牧村、北牧村、井内林村、佐伯中村、三疋田村、四疋田村、車川村、土屋村、古江村、色太村、片野村、波多瀬村、朝柄村、向粥見村、栃原村、柳原村、新田村、下楠村、上楠村、粟生村、奈良井村、高瀬村、長ヶ村、下三瀬村、上三瀬村、上菅村、川合村、下菅村、佐原村、弥起井村、下真手村、上真手村、本田木屋、菅木屋、小切畑村、江馬村、天ヶ瀬村、栗谷村、明豆村、南村、神滝村、小滝村、御棟村、滝谷村、大井村、岩井村、檜原村、久豆村、大杉村、大ヶ所村、清水村、赤滝木屋、薗村、平野木屋、茂原村、熊内村、唐櫃村、神瀬村
伊勢津藩 19村 前野村、田屋村、志貴村、大垣内村、垣内田村、神守村、牛草村、蓮花寺村、乙部村、東黒部村、柿木原村、出間村、土古路村、川尻村、北藤原村、南藤原村、中村、内座村、養田丹川村[3]
下野吹上藩 4村 行部村、根倉村、八木戸村、浜田村
志摩鳥羽藩 3村 坂本村、中海村、馬之上村
上総一宮藩 3村 大堀川新田、山大淀村、中大淀村
吹上藩・鳥羽藩 1村 佐田村
その他 伊勢神宮 5村 斎宮村、上野村、平尾村、有爾中村、竹川村
伊勢外宮御師上部太夫領・同春木太夫領・和歌山藩 1村 相可村
  • 慶応4年7月6日1868年8月23日) - 伊勢神宮領などが度会府の管轄となる。
  • 明治2年7月17日1869年8月24日) - 度会府が改称して度会県となる。
  • 明治3年(1870年)10月 - 一宮藩領が度会県の管轄となる。
  • 明治4年
  • 明治初年(125村)
    • 上牧村・中牧村・下牧村が合併して牧村となる。
    • 成川村が野中村に合併。
    • このころ平野木屋が薗村に合併したとみられる。
  • 明治4年(1871年)(123村)
    • 奈良井村・高瀬村が合併して高原村となる。
    • 川合村・下菅村が合併して菅合村となる。
  • 明治5年(1872年) - 清水村・赤滝木屋が合併して清滝村となる。(122村)
  • 明治9年(1876年
  • 明治10年(1877年) - 飯高郡鍬形村の所属郡が本郡に変更。(124村)
  • 明治12年(1879年2月5日 - 郡区町村編制法の三重県での施行により、行政区画としての多気郡が発足。郡役所が相可村に設置。
  • 明治15年(1882年) - 中大淀村が度会郡中郡村を合併。
  • 明治16年(1883年) - 養田丹川村が改称して養川村となる。
  • 明治22年(1889年) - 有爾中村が度会郡世古村の一部を合併。

町村制以降の沿革編集

 
1.相可村 2.東黒部村 3.下御糸村 4.大淀村 5.上御糸村 6.明星村 7.斎宮村 8.西外城田村 9.佐奈村 10.津田村 11.丹生村 12.五ヶ谷村 13.大杉谷村 14.川添村 15.三瀬谷村 16.荻原村 17.領内村(桃:松阪市 紫:多気町 赤:明和町 橙:大台町)
  • 明治22年(1889年4月1日 - 町村制の施行により、以下の町村が発足。(17村)
    • 相可村 ← 相可村、荒蒔村、兄国村、西池上村、東池上村、弟国村、朝長村、河田村(現・多気町)
    • 東黒部村 ← 東黒部村、神守村、垣内田村、大垣内村、蓮花寺村、乙部村、土古路村、柿木原村、出間村、牛草村(現・松阪市)
    • 下御糸村 ← 中村、川尻村、北藤原村、南藤原村、田屋村、志貴村、内座村、養川村、浜田村、八木戸村、根倉村[大部分](現・明和町)
    • 大淀村 ← 中大淀村、山大淀村、大堀川新田(現・明和町)
    • 上御糸村 ← 坂本村、馬之上村、中海村、佐田村、行部村、前野村、根倉村[一部](現・明和町)
    • 明星村 ← 上野村、下有爾村、新茶屋村、有爾中村、蓑村(現・明和町)
    • 斎宮村 ← 竹川村、金剛坂村、斎宮村、平尾村、池村、上村、岩内村(現・明和町)
    • 西外城田村 ← 野中村、田中村、森庄村、矢田村、笠木村、土羽村、相鹿瀬村(現・多気町)
    • 佐奈村 ← 仁田村、西山村、五佐奈村、四神田村、油夫村、五桂村、平谷村、神坂村、前村、長谷村(現・多気町)
    • 津田村 ← 佐伯中村、三疋田村、四疋田村、井内林村、鍬形村、牧村、津留村(現・多気町)
    • 丹生村(単独村制。現・多気町)
    • 五ヶ谷村 ← 古江村、朝柄村、片野村、波多瀬村、車川村、土屋村、色太村(現・多気町)
    • 大杉谷村 ← 岩井村、檜原村、久豆村、大杉村(現・大台町)
    • 川添村 ← 千代村、柳原村、栃原村、新田村、神瀬村、下楠村、上楠村、粟生村、高奈村(現・大台町)
    • 三瀬谷村 ← 長ヶ村、上三瀬村、下三瀬村、佐原村、弥起井村、上菅村、菅合村、大ヶ所村(現・大台町)
    • 荻原村 ← 下真手村、上真手村、本田木屋、小切畑村、江馬村、天ヶ瀬村、栗谷村、熊内村、茂原村、薗村、清滝村、菅木屋(現・大台町)
    • 領内村 ← 明豆村、御棟村、小滝村、神滝村、滝谷村、大井村、南村、唐櫃村(現・大台町)
    • 向粥見村が飯高郡粥見村の一部となる。
  • 明治30年(1897年9月1日 - 郡制を施行。
  • 大正8年(1919年6月20日 - 相可村が町制施行して相可町となる。(1町16村)
  • 大正12年(1923年)4月1日 - 郡会が廃止。郡役所は存続。
  • 大正13年(1924年2月11日 - 大淀村が町制施行して大淀町となる。(2町15村)
  • 大正15年(1926年7月1日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
  • 昭和28年(1953年)4月1日 - 三瀬谷村が町制施行して三瀬谷町となる。(3町14村)
  • 昭和29年(1954年10月15日 - 東黒部村が松阪市に編入。(3町13村)
  • 昭和30年(1955年
    • 3月31日 - 相可町・佐奈村・津田村が合併して多気町が発足。(3町11村)
    • 4月1日 - 大淀町・上御糸村・下御糸村が合併して三和町が発足。(3町9村)
    • 4月15日(3町7村)
      • 斎宮村・明星村が合併して斎明村が発足。
      • 五ヶ谷村・丹生村が合併して勢和村が発足。
    • 8月1日 - 勢和村が松阪市の一部(上出江・下出江)を編入。
  • 昭和31年(1956年
  • 昭和33年(1958年9月3日 - 三和町・斎明村が合併して神郷町が発足。神郷町が即日改称して明和町となる。
  • 昭和34年(1959年
    • 1月10日 - 宮川村・大杉谷村が合併し、改めて宮川村が発足。(3町5村)
    • 4月15日 - 西外城田村が多気町に編入。(3町4村)
  • 平成18年(2006年
    • 1月1日 - 多気町・勢和村が合併し、改めて多気町が発足。 (3町1村)
    • 1月10日 - 大台町・宮川村が合併し、改めて大台町が発足。(3町)

変遷表編集

脚注編集

  1. ^ 但し、隣接する度会郡との境界変更は未反映
  2. ^ 東相鹿瀬村・西相鹿瀬村に分かれて記載。
  3. ^ 養田村・丹川村に分かれて記載。

参考文献編集

関連項目編集