多良村

日本の岐阜県養老郡にあった村

多良村(たらむら)は、かつて岐阜県養老郡に存在したである。

たらむら
多良村
廃止日 1955年1月15日
廃止理由 新設合併
多良村牧田村一之瀬村時村上石津村
現在の自治体 大垣市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 中部地方東海地方
都道府県 岐阜県
養老郡
市町村コード なし(導入前に廃止)
面積 51.67km2.
総人口 3,451
(1955年)
多良村役場
所在地 岐阜県養老郡多良村宮218-3
座標 北緯35度17分16秒 東経136度28分02秒 / 北緯35.28769度 東経136.46722度 / 35.28769; 136.46722座標: 北緯35度17分16秒 東経136度28分02秒 / 北緯35.28769度 東経136.46722度 / 35.28769; 136.46722
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合併で上石津村(後の上石津町)になり、現在は大垣市上石津地域自治区の一部である。養老山地の西、牧田川上流部に位置する。西は三重県滋賀県と接する。

歴史編集

  • 江戸時代末期、この地域は美濃国石津郡であり、天領の他、交代寄合美濃衆(高木氏)などが領有していた。高木氏は陣屋西高木家陣屋)をこの地に設置していた。
  • 1874年明治7年) -
    • 鍛治屋村が上鍛冶屋村に改称する。
    • 前夫村と小山瀬村が合併し、前ケ瀬村となる。
    • 栃谷村、延坂村、屋敷村が合併し、西山村となる。
    • 堂ノ上村が上堂ノ上村と下堂ノ上村に分立する。
  • 1875年(明治8年) -
    • 宮村と羽ケ原村が合併し、宮村となる。
    • 祢冝村と上野村が合併し、祢冝上村となる。
    • 東山村、北脇村、渕ノ上村が合併し、下多良村となる。
    • 馬瀬村、松ノ木村、岩須村が合併し、三ツ里村となる。
    • 猪ノ尻村、樫原村、名及村、欠の脇村、上堂ノ上村が合併し、上多良村となる。
  • 1878年(明治11年) - 石津郡は上石津郡下石津郡に分割され、この地域は上石津郡となる。
  • 1889年(明治22年)7月1日 - 上多良村、下多良村、宮村、奥村、谷畑村、上鍛冶屋村、上原村、前ケ瀬村、西山村、祢冝上村、三ツ里村が合併し、多良村となる。
  • 1897年(明治30年)4月1日[1] - 郡制に基づき、上石津郡と多芸郡の一部が合併し、養老郡になる。
  • 1955年(昭和30年)1月15日 - 時村牧田村一之瀬村と合併して上石津村となり消滅。
  • 1969年(昭和44年)4月1日 - 上石津村が町制施行して上石津町となる。
  • 2006年(平成18年)3月27日 - 上石津町が安八郡墨俣町と共に大垣市へ編入される。

学校編集

神社・仏閣編集

史跡編集

脚注編集

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  1. ^ 揖斐郡志』、揖斐郡教育会、1924年12月、292-295頁

関連項目編集