夜明けのスキャット

夜明けのスキャット」(よあけの - )は、1969年3月10日に発売された由紀さおりシングルレコードである。発売元は東芝音楽工業(現:EMIミュージック・ジャパン)。2009年7月1日に初めてCDシングル化された(TOWER RECORDS限定発売、規格品番:QIUS-1001)。

夜明けのスキャット
由紀さおりシングル
A面 夜明けのスキャット
B面 バラのためいき(EP
夜の果てまで(CD
リリース
ジャンル 歌謡曲
レーベル エキスプレス/東芝音楽工業
作詞・作曲 山上路夫(作詞)
いずみたく(作曲)
ゴールドディスク
チャート最高順位
  • 週間1位(オリコン
  • 1969年度年間1位(オリコン)
由紀さおり シングル 年表
夜明けのスキャット
1969年
天使のスキャット
1969年
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目次

解説編集

タイトルの通りに、1番目は具体的な歌詞が全く登場せず、大半が「ルー、ルールルルー…」というスキャットで歌われる楽曲である(2番目は普通に日本語の歌詞で歌唱)。大ヒットに至った火付け役として、ラジオ深夜放送が挙げられることがある[1]

なお、レコード発売の経緯については、1999年に発売されたCD「いずみたく作品集」にて次のように解説されている。

由紀が安田章子(本名)での歌手活動に区切りをつけた後に出演していたNHKおかあさんといっしょ」を機として受けたCM歌手オーディションに合格、これが縁となって作曲者いずみたくが作曲した番組テーマ曲をスキャット部分のみ録音した。放送開始後、番組リスナーから放送局やレコード店への問い合わせが相次ぐ事態となり、レコード化が決定した。ところが由紀は結婚を目前に控えていたことや過去の歌手活動での失敗を懸念して再デビューに消極的だったため、いずみが由紀を説得し、その間に山上路夫に作詞を依頼。漸くレコード発売にこぎつけたとされている[2]

2009年4月8日に放送されたTBS音楽番組『あなたが聴きたい! 歌の3時間スペシャル』では、1番に具体的な歌詞が全然無い理由として、もともと本楽曲が深夜ラジオ番組[3]内のBGMに使われていたためであると紹介されている[4]

本曲のタイトルを『夜明けのスキャット』と命名したのは、当時の東芝音楽工業のディレクターで由紀さおりを担当した高嶋弘之である[5]

レコード・ジャケットの上部には「日本初のスキャット・ヒット!!」と記載され、A面/B面曲の英語タイトルも表記されている(下記「収録曲」参照)。

オリコンのシングル週間ヒットチャートで8週に渡って第1位を獲得し、109万枚を売り上げるミリオンセラーとなった。また、1969年の年間ヒットチャートでも第1位に輝いた。オリコン調査が公式発表された時期は前年の1968年1月からだったため本楽曲がオリコン史上、通算2作目の年間1位獲得ソングである。なお、過去にオリコン総合ヒットチャートで第1位を獲得した全楽曲中、もっとも歌詞の短い楽曲としてテレビ等で紹介されることがある(インストゥルメンタルを除く)。

1969年大晦日の『第20回NHK紅白歌合戦』に、由紀は本楽曲で紅白初出場を果たした。また、同年の第11回日本レコード大賞で作詞の山上路夫が作詞賞を受賞した。2000年末の『第51回NHK紅白歌合戦』では他歌手の曲紹介をする合間に久保純子(紅組司会)と由紀がトークで絡む場面があったが、その中で由紀の方からそのころ急速に広まりつつあった携帯電話着メロが鳴り出すシーンがあり、そのメロディが「夜明けのスキャット」であった。さらに、2012年の『第63回NHK紅白歌合戦』でも、由紀自身紅白で43年ぶりに本楽曲を歌唱披露し、アメリカポートランドから生中継、ピンク・マルティーニとの共演で登場した。

シングルレコード発売から40周年を迎えた2009年、初CDシングル化された[6]カップリング曲は、CDシングル発売時点での最新スタジオ・アルバム『いきる』に収録されていた「夜の果てまで」をリカット。当楽曲も、イントロ部分でスキャットが挿入されている。ジャケット写真は1969年のオリジナルをベースに、B面タイトルの表記・規格品番等を改定したもので、歌詞カードには佐藤利明による解説を掲載している。

盗作説編集

1970年日本テレビ系『巨泉×前武ゲバゲバ90分!』にて、大橋巨泉は「夜明けのスキャット」と「いいじゃないの幸せならば」をピアニスト中島一郎に弾かせた上、サイモン&ガーファンクルの「サウンド・オブ・サイレンス」とサンバの名曲「クマーナ」を弾かせ、「これは明らかに盗作である」と言った[7]。対象が1969年レコード大賞受賞曲だったため、巨泉のこの指摘は大きな話題を呼んだ[7]

1970年3月28日付の新聞で、作曲家の塚原哲夫は「もし盗作でないというなら、訴えたまえ、いずみ君。それが出来ないならレコード大賞は辞退すべきだ」と呼びかけたが、いずみたくは何も反応しなかった[7]。巨泉は2004年の自伝の中で「今やいずみさんもこの世にないが、これもボクは主張を変えていない」と記している[7]

「夜明けのスキャット」と「サウンド・オブ・サイレンス」の類似については、社会学者の横山滋も『模倣の社会学』(丸善、1991年)のp.7で言及している。

収録曲編集

シングルレコード(1969年)編集

  1. 夜明けのスキャット -Scat In The Dark-
  2. バラのためいき -Whispering Rose-
    • 作詞:山上路夫、作曲:いずみたく、編曲:渋谷毅
品番:EP-1136
発売日:1969-03-10
※ダブル(二つ折り)ジャケット。
品番:ETP-2493
発売日:1971-08-05
※EP-1136の再盤。通常の1枚物ジャケット。

CDシングル(2009年)編集

  1. 夜明けのスキャット -Scat In The Dark-
    • 作詞:山上路夫、作曲:いずみたく、編曲:渋谷毅
  2. 夜の果てまで -Empty Eyes-
品番:QIUS-1001
発売日:2009-07-01
※「タワーレコード30周年記念 限定生産」

コラボアルバム「1969」編集

カバー編集

THE YELLOW MONKEYヴォーカル吉井和哉は好んで本楽曲を歌い、シングル『嘆くなり我が夜のFantasy』やTHE YELLOW MONKEYのメンバーが監修した唯一のベスト・アルバムMOTHER OF ALL THE BEST』に収録されている。吉井は今でもラジオなどで同曲がかかると体が止まるという。 活動中にライブで披露されることは無かったが、バンド解散後となる2012年には吉井和哉がソロとしてファンクラブ限定ライブで同曲を初披露。そして再結成した2016年に出演したSUMMER SONIC 2016の東京公演では由紀とのコラボで同曲を披露した。

  • 2001年には香西かおりもカバーした(アルバム『綴織百景VOL.8 のすたるじい』に収録)。
  • 小島麻由美もライブでよくカバーしている(ライブアルバム『Songs For Gentlemen』に収録)。
  • レイモン・ルフェーブル・グランド・オーケストラは1972年の初来日公演に際してスタジオ録音しているほか、同年のコンサートで演奏されたものがライブ・アルバムにも収録されている(但し、スタジオ録音は既にCD化されているが、ライブ音源はマスターテープが散逸しておりCD化はされていない)。

関連作品編集

関連項目編集

脚注編集

  1. ^ 泉麻人著『僕の昭和歌謡史』(講談社文庫刊)において、泉が本楽曲について「大ヒットする直前頃に深夜放送でよくかかっていた」と懐述している。
  2. ^ 「いずみたく作品集」(EMIミュージック・ジャパン TOCT-24197/8)解説(執筆:土龍団)
  3. ^ 使用されていた番組は、TBSラジオの「夜のバラード」(5つ目のテーマソングとして使用された。スキャットの言葉は由紀さおりが考えて付けた。当初テーマソングで使われた時は1番のスキャット部分のみ【由紀さおり・安田祥子『あの時、この歌』東京書籍、1995年、43頁】。レコード発売後に2番の歌詞が始まる「あ」の部分からフェードアウト【所出:「たぬきだんな」の記憶】)。
  4. ^ 番組司会者の安住紳一郎アナウンサーにより紹介された。番組には由紀も出演しており、本楽曲を披露した。
  5. ^ マスメディアを巻き込んだ「演出術」~由紀さおり「夜明けのスキャット」がヒットするまで 『ヒットの法則はビートルズが教えてくれた』ビートルズ初代担当ディレクター / プロデューサー 髙嶋弘之 Musicman-net
  6. ^ 当CDシングルは、2009年で日本上陸30周年を迎えたTOWER RECORDSでのみ発売。なお、CDシングル化は初めてであるが、楽曲自体のCD化は初ではない。
  7. ^ a b c d 大橋巨泉『ゲバゲバ70年!』p.256-257
  8. ^ 但し実姉・安田祥子とのユニット共演も合わせれば、由紀の紅白出場は、2001年の『第52回NHK紅白歌合戦』以来11年ぶり23回目。