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大久保 教業(おおくぼ のりなり、文化5年8月5日1808年9月24日) - 文政13年8月8日1830年9月24日))は、相模荻野山中藩の嫡子。2代藩主・大久保教孝の長男。正室は堀直庸の娘。幼名は岩丸、通称は帯刀。官位は従五位下・右近将監。

荻野山中藩嫡子として生まれたが、家督相続以前の文政13年(1830年)に23歳で死去。代わって、弟の大久保教義が嫡子となった。

法名は慈明院秋岳道諦。