大前元紀
大前 元紀(おおまえ げんき、1989年12月10日 - )は、神奈川県横浜市青葉区出身のプロサッカー選手。Jリーグ・ザスパクサツ群馬所属。ポジションはフォワード。
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名前 | ||||||
愛称 | ゲンキ | |||||
カタカナ | オオマエ ゲンキ | |||||
ラテン文字 | OMAE Genki | |||||
基本情報 | ||||||
国籍 |
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生年月日 | 1989年12月10日(31歳) | |||||
出身地 | 神奈川県横浜市青葉区 | |||||
身長 | 167cm | |||||
選手情報 | ||||||
在籍チーム |
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ポジション | FW | |||||
背番号 | 50 | |||||
利き足 | 右足 | |||||
クラブ1 | ||||||
年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
2008-2012 | 清水エスパルス | 83 | (24) | |||
2013-2014 | デュッセルドルフ | 7 | (0) | |||
2013-2014 | →清水エスパルス (loan) | 14 | (7) | |||
2014-2016 | 清水エスパルス | 95 | (35) | |||
2017-2019 | 大宮アルディージャ | 97 | (31) | |||
2020- | ザスパクサツ群馬 | 35 | (8) | |||
1. 国内リーグ戦に限る。2020年12月20日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
来歴編集
高校時代編集
帝京、桐蔭学園のセレクションを受けたが、勧誘を受けた流経大柏に入学。3年時の2007年に、エースストライカーとして高円宮杯全日本ユース選手権、全国高校選手権の2冠達成に貢献。自身もこの2大会に全国高校総体を加えた高校3大大会すべてで得点王を獲得するという史上初の快挙を成し遂げた。高校の同級生には比嘉祐介、中里崇宏、村瀬勇太が、一学年後輩には田口泰士、久場光がいた。
清水エスパルス編集
2008年にJ1・清水エスパルスに入団。高卒一年目からリーグ戦二試合に途中出場[1]。翌シーズンはリーグ戦での出場はなかったが、2009年6月13日ヤマザキナビスコカップ予選リーグ第7節のFC東京戦で、市川大祐の右サイドからのクロスにダイビングヘッドで合わせプロ初ゴールを記録した。
三年目の2010年3月6日のシーズン開幕戦でサンフレッチェ広島戦でロスタイムに藤本淳吾のフリーキックにヘッドで合わせJリーグ初ゴールを決めた。同年から清水は4-3-3を採用しており、大前は左ウイングとして出場機会を得た。
アフシン・ゴトビが新たに監督に就任し選手が大幅に入れ替わった2011年シーズンは右ウィングのレギュラーに定着。リーグ戦全34試合に出場した[2]。フリーキックのキッカーも任され、直接フリーキックを決めた2得点を含めリーグ戦ではチーム最多となる8得点を上げアシストも量産した[3]。
翌2012年シーズンも主力としてプレーし、2年連続でリーグ戦全試合出場。4月9日から宮城県で行われたロンドン・オリンピックに向けてのU-23サッカー日本代表候補合宿に初めて招集された。4月14日にアウスタで行われたJ1第6節・静岡ダービーでは2ゴールを决め勝利に貢献した[4]。
デュッセルドルフ編集
2012年12月6日、ドイツ・ブンデスリーガのフォルトゥナ・デュッセルドルフヘ完全移籍したことが発表された[5]。2013年1月20日、FCアウクスブルク戦でブンデスリーガデビューを果たした。2012-13シーズンは7試合に出場したものの、チームは2部に降格した。翌2013-14シーズンはわずか1試合の出場に留まった。
清水復帰編集
2013年8月に清水エスパルスに期限付き移籍で復帰することが発表された[6]。
2014年は背番号10を背負い、デュッセルドルフからの期限付き移籍期間終了後は完全移籍でチームに残った。このシーズンはリーグ戦全34試合に出場した。
2015年シーズンはチーム最多の11ゴールを上げるも、成績不振でJ2へ降格した。10月にはヴィッセル神戸が獲得に動いている事が報道されたが[7]、最終的に残留した。
2016年5月15日、J2第15節の群馬戦で2ゴールを決めるなど、J2一試合最多得点の8-0で勝利を納めた。しかし、第17節の町田戦で左肋骨骨折及び肺挫傷により、全治3ヵ月のケガを負った。9月11日の第31節山形戦で復帰、フリーキックを直接ゴールに沈め、勝利に貢献した。この年チームは2位でJ1復帰を決めている。
大宮アルディージャ編集
2017年1月10日に大宮アルディージャへの完全移籍が両クラブから発表された[8][9]。背番号は清水時代から着用している10番となった。しかし、成績不振による2度の監督交代に踏み切ったチームは18位でJ2へ降格した。
2018年7月13日、6月に行われた試合で5試合4得点の活躍を見せた事により6月度の月間MVPを獲得した[10]。8月12日、J2第28節・愛媛FC戦で自身J2リーグ初ハットトリックを達成[11]。その後も得点を続け、J2リーグ4年ぶりの日本人選手として、更に大宮の選手としてはJ1、J2を通してクラブ初となる得点王に輝いた[12]。
2019年、石井正忠から高木琢也へと監督が交代すると、主将を任されたものの先発出場機会は激減しゴール数も5得点と数字を落とした。このシーズン終了後、契約満了により大宮を退団した[13]。
ザスパクサツ群馬編集
プレースタイル編集
小柄ながらスピードに長け[15]、フリーキックやコーナーキックなどのプレースキックのキッカーを任せられるキック精度も持つ。
所属クラブ編集
- しらとり台FC(横浜市立藤が丘小学校)
- 2002年 - 2004年 町田JFCジュニアユース(横浜市立谷本中学校)
- 2005年 - 2007年 流通経済大学付属柏高等学校
- 2008年 - 2012年 清水エスパルス
- 2013年1月 - 2014年5月 フォルトゥナ・デュッセルドルフ
- 2013年8月 - 2014年5月 清水エスパルス(期限付き移籍)
- 2014年5月 - 2016年 清水エスパルス
- 2017年 - 2019年 大宮アルディージャ
- 2020年 - ザスパクサツ群馬
個人成績編集
国内大会個人成績 | |||||||||||
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年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
日本 | リーグ戦 | リーグ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
2008 | 清水 | 22 | J1 | 2 | 0 | 3 | 0 | 1 | 0 | 6 | 0 |
2009 | 0 | 0 | 2 | 1 | 0 | 0 | 2 | 1 | |||
2010 | 13 | 3 | 6 | 0 | 6 | 1 | 25 | 4 | |||
2011 | 11 | 34 | 8 | 4 | 2 | 4 | 1 | 42 | 11 | ||
2012 | 34 | 13 | 10 | 5 | 1 | 0 | 45 | 18 | |||
ドイツ | リーグ戦 | リーグ杯 | DFBポカール | 期間通算 | |||||||
2012-13 | デュッセルドルフ | 39 | ブンデス1部 | 7 | 0 | - | - | 7 | 0 | ||
2013-14 | ブンデス2部 | 1 | 0 | - | 1 | 0 | 2 | 0 | |||
日本 | リーグ戦 | リーグ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
2013 | 清水 | 50 | J1 | 14 | 7 | - | 2 | 2 | 16 | 9 | |
2014 | 10 | 34 | 6 | 6 | 2 | 5 | 3 | 45 | 11 | ||
2015 | 32 | 11 | 4 | 1 | 1 | 0 | 37 | 12 | |||
2016 | J2 | 29 | 18 | - | 1 | 0 | 30 | 18 | |||
2017 | 大宮 | J1 | 25 | 2 | 3 | 0 | 1 | 0 | 29 | 2 | |
2018 | J2 | 41 | 24 | - | 1 | 0 | 42 | 24 | |||
2019 | 31 | 5 | - | 2 | 1 | 33 | 6 | ||||
2020 | 群馬 | 50 | 35 | 8 | - | - | 35 | 8 | |||
通算 | 日本 | J1 | 188 | 50 | 38 | 11 | 21 | 7 | 247 | 68 | |
日本 | J2 | 136 | 55 | - | 4 | 1 | 140 | 56 | |||
ドイツ | ブンデス1部 | 7 | 0 | - | - | 7 | 0 | ||||
ドイツ | ブンデス2部 | 1 | 0 | - | 1 | 0 | 2 | 0 | |||
総通算 | 332 | 105 | 38 | 11 | 26 | 8 | 396 | 124 |
その他の公式戦
- 2018年
- J1参入プレーオフ 1試合0得点
タイトル編集
個人編集
代表歴編集
- U-19日本代表(2008年)
- カタールU-19国際親善トーナメント
- 日本高校選抜
- 第68回ベリンツォーナ国際ユース大会(4試合フル出場、6得点でトップタイ)
脚注編集
- ^ 清水FW大前元紀ジャパンズエイトに参加日刊スポーツ、2009年5月27日
- ^ “関塚ジャパンの七不思議”だった…大前ついに初招集スポニチ、2012年4月9日
- ^ 清水FW大前ダービーで五輪アピール弾だ日刊スポーツ、2012年4月13日
- ^ 大前2発で五輪アピール 清水、逆転でダービー勝利スポニチ、2012年4月14日
- ^ 大前元紀選手 フォルトゥナ・デュッセルドルフ(ドイツ ブンデスリーガ)へ完全移籍決定のお知らせ清水エスパルス公式サイト、2012年12月6日
- ^ Genki Omae kehrt auf Leihbasis zu Shimizu S-Pulse zurückフォルトゥナ・デュッセルドルフ公式サイト、2013年8月13日
- ^ “神戸が大前元紀を獲得へ 清水J2降格で争奪戦か”. 日刊スポーツ. (2015年10月19日) 2018年11月27日閲覧。
- ^ 清水エスパルス 大前元紀 選手 大宮アルディージャ加入のお知らせ大宮アルディージャ、2017年1月10日
- ^ 大前元紀選手 大宮アルディージャへ完全移籍決定のお知らせ清水エスパルス、2017年1月10日
- ^ 6月のJ2月間MVPはFW大前元紀! 5試合4得点の活躍で大宮をけん引サッカーキング(2018年7月13日)
- ^ “2018明治安田生命J2リーグ 第28節 大前 元紀 選手(大宮)ハットトリック達成” (プレスリリース), J.LEAGUE.jp, (2018年8月12日) 2018年11月17日閲覧。
- ^ “J2得点王は大宮FW大前元紀。24ゴールで4年ぶりの日本人得点王に”. FOOTBALL CHANNEL (2018年11月17日). 2018年11月17日閲覧。
- ^ “大宮、大前元紀と契約満了を発表「期待に応える結果を残せませんでした」”. サンケイスポーツ. (2019年12月7日) 2020年1月13日閲覧。
- ^ “トップチーム】大前元紀 選手 2020シーズン加入のお知らせ” (プレスリリース), ザスパクサツ群馬, (2020年1月6日) 2020年1月13日閲覧。
- ^ 日本人ブンデスリーガーの貢献度を測るドイツ人記者が分析する今後の活躍指数 スポーツナビ 2013年3月6日
関連項目編集
外部リンク編集
- 大前元紀 - J. League Data Siteによる選手データ (日本語)
- 注目選手紹介: 大前元紀 (nikkansports.com, 高校サッカー2007特集より)
- 大前元紀 公式ブログ
- 大前元紀 (@genki39o) - Twitter