大友 義路(おおとも よしみち)は、江戸時代後期の高家旗本

 
大友義路
時代 江戸時代
生誕 不明
死没 嘉永2年2月5日1849年2月27日
別名 丹次郎(通称
官位 従五位下侍従豊後守
幕府 江戸幕府高家旗本
氏族 久世氏大友氏
父母 父:久世綏之、養父:大友義智
大友義智の娘
義敬
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関宿藩久世広誉の長男久世綏之の子として生まれる。高家旗本大友義智の婿養子となり、文政4年(1821年)12月15日、将軍徳川家斉御目見する。文政7年(1824年)7月27日、家督を相続する。天保13年(1842年)12月8日、高家職に就き、従五位下・侍従・豊後守に叙任する。当時、49歳であった。嘉永元年(1848年)11月16日、辞職する。嘉永2年(1849年)2月5日、死去した。