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大塚 金之助(おおつか きんのすけ、1892年5月15日 - 1977年5月9日)は日本経済学者一橋大学名誉教授。近代経済学から始め、ベルリン大学留学後、マルクス経済学者となり、治安維持法で検挙された。日本の降伏後復帰し、日本学士院会員、日本ドイツ民主共和国友好協会会長等を務めた。フンボルト大学名誉哲学博士、ドイツ国立図書館名誉終身閲覧者。

人物編集

東京府神田生まれ[1]。旧制神戸第一中学校(現兵庫県立神戸高等学校[1]神戸高等商業学校(現神戸大学)授業料免除特待生を経て、1916年東京高等商業学校(現一橋大学)専攻部卒[1]。神戸高商坂西由蔵ゼミ出身[1]。一橋では坂西の師にあたる福田徳三ゼミで指導を受けた[1]

1916年東京高等商業学校講師嘱託[1]、1917年同教授[1]。1919年コロンビア大学に入学し統計的経済理論を学んだ[1]。1920年にはロンドン大学に入学しシドニー・ウェッブ教授の社会思想史講義を受講[1]。同年、ベルリン大学に入学し、初めオーストリア学派を、のち戦間期ドイツヴァイマル共和政の惨状を前にマルクス主義に傾倒し社会科学を専攻[1]

当時はちょうど東京高商の大学昇格にあわせ拡充がなされていた時期で、多くの教員が留学に出ており、同僚の本間喜一渡邉大輔井藤半彌金子鷹之助増地庸治郎吉田良三や、神戸高等商業学校から留学していた八木助市坂本彌三郎石田文次郎田中金司五百籏頭眞治郎北村五良平井泰太郎名古屋高等商業学校宮田喜代蔵赤松要らと、日本料理店や日本人クラブで研究会を開いたり将棋をしたりするなどして交流した。ただ、加藤由作は大塚や井藤、本間らの将棋の誘いなどに応じず、一人で研究に没頭していたという[2]

1923年、関東大震災発生の報を聞き帰国し、1924年東京商科大学(現一橋大学)助教授、1927年同教授と歴任し、やがてマルクス経済学者として名を馳せるようになる[1]。1927年、渋沢栄一の孫である尾高豊作尾高朝雄の支援を得て設立された東京社会科学研究所の所長に就任し、杉本栄一高島善哉が所員として参加した[1][3]。1931年からは『日本資本主義発達史講座』編集に参加[1]

1933年、治安維持法違反で河上肇京都帝国大学教授とともに検挙され、豊多摩刑務所に収監される。その後懲役2年執行猶予3年の刑が確定し大学を免官となる[4][1]。さらに、公職につくことを禁じられ、終戦まで無職で過ごした[1]

戦後教授に復帰[1]。1947年には高瀬荘太郎に代わり東京商科大学経済研究所所長に就任し、1949年に中山伊知郎と代わるまで組織再編にあたった[5][6][1]岩波新書戦後第1号『解放思想史の人々』を執筆[1]。1950年日本学士院会員。同年経済学史学会創立発起人[1]

1956年一橋大学定年退官、名誉教授、一橋大学社会学部講師[1]。同年より1974年まで慶應義塾大学経済学部講師[1]。1957年明治学院大学経済学部教授[1]。1966年フンボルト大学名誉哲学博士及びドイツ国立図書館名誉終身閲覧者[1]。1973日本ドイツ民主共和国友好協会会長[1]

アララギ派歌人としても知られたが、マルクス主義傾倒後は大熊信行主催短歌雑誌『香圓』に歌論「無産者短歌」を発表し社会主義的立場をとることを表明[1]。戦時中から戦後に自由律に移行。

門下編集

主な弟子に高島善哉(一橋大学名誉教授)、水田洋(名古屋大名誉教授)、杉山忠平(元一橋大学教授)、末永隆甫神戸商科大学元学長、北九州市立大学元学長)、都築忠七(一橋大学名誉教授)、富永祐治大阪市立大学名誉教授)、良知力(元一橋大学教授)、津田内匠(一橋大学名誉教授)などが挙げられる。他にゼミ出身者として、江田三郎(元社会民主連合代表、元参議院議員)[7]安居喜造(元東レ会長、元経団連副会長)、永井大三(元朝日新聞社常務)、土肥東一郎(元監査法人中央会計事務所代表社員)[8]など。

著書編集

  • 世界経済恐慌と国際消費組合 鉄塔書院 1931
  • 世界資本主義発達史文献解題 岩波書店 1932 (日本資本主義発達史講座 第4部 日本資本主義発達史資料解説)
  • 資本蓄積と経済恐慌 渡辺謙吉共著 岩波書店 1932 (日本資本主義発達史講座 第2部 資本主義発達史)
  • 経済思想史(要領) 岩波書店 1933 (日本資本主義発達史講座 第2部 資本主義発達史)
  • 解放思想史の人々 国際ファシズムのもとでの追想一九三五-四〇年 1949 (岩波新書)
  • 岩波小辞典社会思想 編 岩波書店 1956
  • 人民 歌集 新評論 1979.7
  • 大塚金之助著作集 全10巻 岩波書店 1980-81
  • 朝あけ 歌集 復刻版 大塚会 2006.5

翻訳編集

  • 経済学原理 アルフレッド・マーシアル 佐藤出版部 1919
  • ゲーテ批判 ウイツトフオーゲル 隆章閣 1933

脚注編集

参考文献編集